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零:目前に迫った結婚式

 太古の魔物ビュートの騒動が解決してから、あっという間に時間が流れ、私とクロヴィスの結婚式は三日後に迫っていた。


 最終確認事項が山のようにあり、私は昨日から城に滞在して各方面から来る書類に目を通していた。


「……皇族の結婚式ってこんなに大変なのね……」


 思わずげんなりしながら呟くが、クロヴィスは常に上機嫌だ。


「負担をかけてすまない……だが、いよいよだ……」


 ずっとクロヴィスが待ち詫びていた結婚式。これが終われば、私達は正式に夫婦となる。


 なんだか感慨深くなって嘆息する。

 一年前は、まだ神官見習いだったというのに、今こうして帝国の皇太子であるクロヴィスの隣にいることが不思議で仕方ない。


「……ん? この書類ってどういうこと?」


 目を通していた書類の意図がわからずクロヴィスに差し出す。


「うん? ああ、結婚式前夜の城内警備の強化について、か」

「結婚式前夜に警備強化が必要なの?」


 結婚式当日は、国内外から王族貴族がやってくる。

 帝都は帝国の中心よりやや北に位置しており、帝国外からはかなり遠方になるが、転移魔術が使える魔術師を抱えている国は当日にこちらが指定した場所に転移してくる算段になっている。

 転移魔術を扱える魔術師がいない国の場合は、馬車で数十日かけてやって来る。皆前日までに到着し、客室に宿泊してもらう予定だが、そのために城内の警備を強化するにしては、この計画書の内容が不自然なのだ。


 警備の内容が、外部からの侵入者への対策というより、城内で事件が起きることを懸念するようなものになっている。


「まるで、来賓を警戒しているみたいな……」

「あー、違うんだが……うーん、これについては、この警備案の発案者に話を聞いた方が確実だろうな」


 歯切れ悪くそう言ったかと思うと、クロヴィスはイーサンにローレル公爵夫人を呼ぶように伝えた。


 私に貴族のマナーなどを叩き込んでくれた先生でもあり、イーサンの母でもあるローレル公爵夫人こと、ヘレナ・ローレルは、とても四十代には見えない凛としていて美しい女性だ。

 

「ローレル公爵夫人が発案者?」

「ああ……正直俺は半信半疑なんだが、彼女がどうしてもと言うからな」


 奥歯にものが挟まったような言い方に首を捻る。

 と、程なくしてイーサンがヘレナを連れて戻ってきた。


 クロヴィスから、結婚式前夜の城内の警備強化について説明してほしいと言われた彼女は、形の整った眉を僅かに顰め、小さく嘆息して話し始めた。


「あれは二十一年前、現皇帝陛下と第一皇妃殿下の御結婚式の前夜のことでございました。わたくしは当時結婚前で、現第一皇妃フローラ様の侍女を務めておりました」


 そういえば、彼女は元々侯爵令嬢で、現第一皇妃の侍女を務め、その縁でクロヴィスの教育係になったのだと、授業の中で話してくれたことがあった。

 侍女として城で働くうちに、ローレル公爵家の長男だった現公爵に見初められて結婚することになったそうだ。

 

 ちなみに、現第一皇妃フローラ様はローレルとは別の公爵家の令嬢で、ヘレナとは貴族学校の同級生だったとか。

 皇帝との結婚が決まった時、当時から仲が良く、気心知れたヘレナを、是非侍女にと推薦したそうだ。


 そんなフローラ様は身体があまり丈夫ではなく、表に立つのは最低限の公務だけで、普段はほとんど城の自室で過ごされている。

 私も数回会った程度であるが、とても穏やかで優しい雰囲気の女性だった。


「結婚式の前夜、私は第一皇妃殿下のドレスなどの装飾品類の準備で、夜遅くまで作業をしておりました……作業が終わり、城内の自室に戻ろうとした時です。突然、廊下に飾られていた肖像画の絵が動き出したのです」

「っ!」


 予想だにしない怪談話に、思わず息を呑む。

 私は所謂幽霊や亡霊といったもの、得体の知れない怪談話が大の苦手だ。

 何故なら、自分の拳が通用しないから。夜な夜な凶悪な魔物が現れて襲われるというような話なら全く怖くないのだけど。


「絵が、動く……?」

「はい。三階の北階段の前に飾られてる、魔王を討伐した勇者様の肖像画です」


 魔王を討伐した勇者は実は女性で、おそらく聖女であったはずの人物だ。

 その肖像画は、おそらく勇者を男性だと印象付けるためにわざわざ描かせたものだろう。


「肖像画の中の勇者様は、私を見てにやりと笑い、絵から抜け出て、フローラ様のドレスを保管している部屋に壁を擦り抜けて入っていったのです……すぐに夜警い当たっていた騎士を呼び、追いかけて部屋に入ったところ、施錠してあったはずの部屋から、フローラ様の靴が一足無くなっていたのです」

「靴が?」

「ええ。他にも高価な指輪やペンダントがあったにも関わらず、無くなったのは靴だけでした。幸い、靴はドレスの裾でほとんど見えませんので、当日は普段履かれているのもので対応したのです」

「その後、その靴は見つかったの?」

「いえ。結婚式の後、使用人が総出で城内を探しましたが、見つかりませんでした」


 花嫁の靴が無くなるとは、結婚式前夜の怪、全てが謎に包まれている。


「それで、今回このような夜間警備の提案を?」

「はい。前回は靴でしたので、当日になんとか対応ができましたが、もしティアラや指輪などが紛失するようなことになったら、代えが利かず結婚式の決行もできなくなってしまいますから」


 なるほど、それは確かにその通りだ。


「……よし。じゃあ、私のドレスや装飾品は、全て私の部屋に運んで。私の部屋にあれば、万が一侵入者が来ても私が守れるし、ガリューもいるから」


 私の提案に、クロヴィスが渋い顔をしつつ頷いた。

 本音は、彼は自分の部屋に運べと言いたかったに違いない。しかし、実際彼の部屋に運んでしまうと当日の準備が大変になる。私の部屋にあった方が何かと効率が良い。


「そうしよう。ついでに、その勇者の肖像画がある北階段の付近は警備を手厚くしておくとしよう」


 肖像画が動いて部屋に侵入し、花嫁の靴を盗んだとは俄かには信じ難いが、ローレル公爵夫人が嘘を言っているようには思えない。

 私とクロヴィスは、顔を見合わせて頷くのだった。

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