玖:神の裁き
気付けば、一度噴火した火山は嘘のように静かになっていた。
なんというか、暁の女神のブチギレの様に、山さえも怯えているように思えてならない。
と、彼女が右手を挙げて何か唱えた瞬間、その場に五人の人間が姿を見せた。
「……え」
愕然とする。五人のうち四人は知っている顔だった。
リベラグロ王国の元宰相、モルドレッド・アコード。
トリブスの元第二王子、マヌエル・ディグニティ・トリブス。
イアスピスの元女王、ノーラ・アイ・イアスピス。
帝国の元神官長、ゴーチエ・パッソ。
そして一番端にいる人物。彼女を見て、オロチが目を瞠った。
「アリス様、あの者です。薬屋にヘルバの魔薬を流していた人物は」
金髪碧眼の四十歳くらいの女性。身なりからしてかなり高貴な地位だと推測される。
「イザベラ・エッセ・ロレンマグナ……ロレンマグナの第一王子妃です」
ということは、あのロレンマグナの気弱そうな第一王子、現王兄の妃か。
彼女の顔つきと身なりを見て、夫を尻に敷いて贅沢三昧していたんだろうな、と容易に想像できてしまった。
いずれにしても、どんな偶然か、そこにいたのは全員直近一年以内に罪を犯していた人物たちだった。
「……ふぅん、全員今の人生でも罪を犯しているのねぇ……」
暁の女神は、五人を見て目を眇めた。
突然召喚された五人は、何が何やらわからない様子でいるが、魔術で身動きを封じられているのか、微動だにしない。
「……ねぇ、コイツらはアタシに預けてくれない? 罪を徹底的に暴いて、骨の髄まで反省するよう、罰を与えてあげるから」
暁の女神は、美しい顔でうっそりと微笑んだ。
「……えっと、まだこちらでも把握しきれていない罪があるんですが……」
「そんなもの、こちらで全部やってあげるわよ。罪状と動機、洗い浚い自白させて、必要があれば書面にして送ってあげるわ」
《裏》の世界って、次元を隔てた別の世界だという認識だったんだけど、書面を送るとかそんなこともできるのか。
「……わ、わたくしが何をしたと言うのです! 無礼な! 私はロレンマグナの王太子妃ですのよ!」
イザベラが声を上げた。女神は彼女を一瞥するや、ものすごく馬鹿にしたように盛大な溜め息を吐いた。
「誰が口を利いて良いと言った? ん?」
ぎろり、と睨まれて、彼女は小さく息を呑む。
「大体、お前は現在ロレンマグナの第一王子妃であって、王太子妃じゃないだろうが。このアタシを騙せると思っているのか? アァン?」
ずいと詰め寄る女神に、イザベラはどんどん青褪めていく。
そんな彼女に、女神は右手を翳した。
「ふーん? ファブリカティオ帝国やプレアデス聖王国にヘルバの魔薬を流布させたのか」
「な……!」
何かを読み取った様子の女神が淡々と口にしたそれを聞き、イザベラが言葉を失う。
「動機と理由は? へぇ、そう。自分の夫が王太子ではなくなったことに対する逆恨みか。帝国に対する報復のつもりだった、と……ついでに魔物が集まる所にも魔薬を撒いて、凶暴化させ、帝国民を襲わせたりしていたのね」
「な、何故それを……」
「アタシに隠し事は不可能よ。暁の女神の名に於いて、アンタ達の罪は全てアタシが暴く。千年前から何度か《表》の世界に転生しているでしょうけど、その間の罪も全部よ。本来は前世の罪までは問わないんだけど、アンタ達は特別にね」
暁の女神に対して隠し事ができないのなら、どうして五人の王は黄昏の王を封じた罪を問われなかったのだろう。
そう思って彼女を見ると、彼女は親に悪戯がバレた子供のように渇いた笑みを浮かべた。
「ビュートが消えた最初の百年くらいは、《裏》の世界で死者を導くやり方がよくわからなくて、適当にやっちゃってたのよねー、あはは」
なるほど、そこでちゃんと仕事をしていたら、五人の王が寿命で死んだ時点で黄昏の王を封じた罪を知ることができたのに、その頃《裏》世界での仕事をよくわかっていなかった暁の女神が適当こいたおかげで、彼女自身も黄昏の王の行方に気付かず、千年もの時が流れてしまった、と。
嫌な偶然が重なったものだな。
今回聖王国での事件がなければ、黄昏の王は永遠に封じられたままだったかもしれない。
「……まぁ、アンタが流布した魔薬を飲んだ聖王国のお嬢様が暴走してくれたおかげで、ビュートの一部が解放されたみたいだから、多少は罰を軽くしてあげないこともないけど……まぁ、それは余罪全部を暴いてから決めるわ」
つらつらと独り言のように言って、女神は私を振り返った。
「って訳だから、コイツらは貰っていくわね。処遇は書面で報告するってことでよいかしら?」
「あ、お願いします」
「はいよー! 罰は《裏》の世界で、徹底的に下すから、安心してね! こっちの世界で人間が人間に下すぬるい罰とは比べものにならないくらい、きっつーいのを与えてやるからさ!」
最後の方は、背筋が凍るような笑みを浮かべていた。
本来ならば《表》の世界で平和を維持するはずの暁の女神だが、封じられた黄昏の王の代わりに《裏》の世界での仕事をこなす内に、性格も歪んでしまったのだろうか。
「千年経っても、性格というのは変わらないものだな……」
黄昏の王が呆れ気味に呟いたのが聞こえてきて、彼女の性格は元々あんな感じなのだと悟る。
「じゃあ、アタシ達は《裏》の世界に戻るねー! 落ち着いたらアタシは《表》の世界にも顔出すようにするから、そん時はよろしくー!」
からっと笑って、彼女は黄昏の王の首根っこを再び掴み、黒い靄の渦巻きを顕現させると躊躇いもなくそこに入っていった。
直後、靄が大きく広がり、震えるばかりで声も出せずにいた五人を呑み込んで消えた。
「……消えた……」
「これで、一件落着、か……?」
「……思っていたような大惨事にならずに済んだのは良かったけど……どっと疲れたわね」
古代の封印魔術を行使したせいで、魔力をほとんど使い果たしている。
身体的な疲労も相俟って、頭が全然働かない。
「ええと、シエンタ子爵領にいる神官達に連絡して、ロレンマグナ王国に潜入中のラウルも探し出して、ついでにイザベラが魔薬を流布させていたことをウェズリーに報告して、あとエルガとガリューにも無事だって伝えなきゃ。それと聖王国とリベラグロとモンフォスリウムにも経緯を説明しないと」
言いながら、やることが山積みでげんなりしてくる。
しかしそこはクロヴィスがテキパキと動いてくれた。
まずは騎士団長のガレスに連絡を取り、皇帝陛下とリベラグロとモンフォスリウムの王族にことの次第を伝えるよう指示を出した。
その間に私はガリューに経緯を伝え、遺跡の騎士団たちを帝都に運び次第、エルガと共に神殿に集合するよう伝える。
「あとはロレンマグナのウェズリーね」
「それなら転移魔術で行こう」
「それでしたら私が」
オロチがさっと名乗り出る。
「オロチ、アンタも魔術連発してるし、さっき私に魔力を貸したりしたのに、その上転移魔術使って大丈夫なの?」
「ええ、流石に今回は少しばかり疲れましたが、あと二回くらいならば転移魔術を行使しても問題ございません」
あれだけ乱発しておいて、更にあと二回使っても大丈夫って、とことんオロチの魔力量と魔力操作力には驚かされる。
「じゃあお願いするわ。ああ、その前に、アネット達に落ち着いたら神殿に戻るよう手紙を飛ばさないと」
懐に入れておいた紙に素早く、今の状況と可能であればトリスタンの転移魔術で神殿に戻ってくるよう書き記して飛ばした。紙は白い鳥に変化して羽ばたいていく。
「よし、じゃあ早速行こう。ウェズリーの所に行けば、ラウルの行方も掴めるはずだ」
伝書魔術を見送って、クロヴィスがオロチに転移魔術を発動するよう促す。
オロチは頷いて呪文を唱えたのだった。




