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漆:怪物の心臓

 ルクスコリス火山に到着した私は、すぐにクロヴィスに事情を話した。


「何だと? パオ遺跡が……?」


 青褪めたクロヴィスは、すぐさま思考を巡らせ、魔術師団に結界魔術と防御魔術を更に強化するよう指示を出した。


 ビュートの飛行速度は、人間の魔術師が使う飛翔魔術とは比にならないくらい速い。

 胴体のみの時点で、プレアデス聖王国からパオ遺跡の距離を数十分で移動したのだ。


 両手両足と頭を得て、間違いなく保有する魔力量も増えている今、パオ遺跡からルクスコリス火山まで、十分程度で移動しても不思議はない。


「それと、騎士団は下がらせて。ビュートには、剣じゃ太刀打ちできない」

「そうだな……魔剣を所持している者のみ残し、他は撤退させよう。それと、すぐに国中の魔術師を招集させて……」


 テキパキと状況に応じて最善の方法を採ろうとするクロヴィスの判断力には舌を巻く。


 一方の私は、魔晶から魔力を吸収しつつ、オロチに呼びかけた。


『オロチ、聞こえる? 状況は?』

『薬屋の男達は滞りなく国王に引き渡しました。黒幕の名前も聞き出しています。しかし、つい先程、別で城に潜入させていた分身が一体やられました。影は未だ見つけられておりません』

『オロチの分身がやられた? 気配は絶っていたんでしょう?』

『はい。相手も遮蔽魔術で気配を絶っており、誰にやられたのかはわかりません。引き続き調査を……』

『調査は一旦中止して、ルクスコリス火山に来て。ビュートが頭の封印を解いて、心臓を取り戻しにこっちへ向かっているの』

『承知しました』


 返事と共に、目の前に黒髪緋眼の青年が現れる。


「オロチ、全力でここを守るわよ」

「御意」


 オロチが頷いた、その時だった。


 背筋が凍るような、嫌な気配が急接近してくるのを感じた。

 それはその場にいた全員が感じていて、一様に同じ方向を振り返る。


「……ビュート……!」


 すぐに、あの黒い人影が視界に映る。


 胸に穴の開いた、黒い不気味な人影は、物凄い速さでこちらに向かって飛来してきている。


防御魔術ディフェンシオ!」


 無駄だとわかっていても、私は高出力の防御魔術を空へ展開した。


 しかしその直後、ビュートから閃光が放たれ、私の防御魔術を貫いた。


「っ!」


 一撃で私の防御魔術が粉砕されてしまった。

 こんなこと、今まで一度もなかったのに。


 それを目の当たりにしたクロヴィスが、愕然としつつも右手を振り払う。


風刃魔術ヴェントスフェルム!」


 クロヴィスがおそらく最大出力で攻撃系の魔術を放つのを、初めて見た。


 しかし、それさえもビュートは、腕を一振りしただけで弾き飛ばしてしまう。


「……何なんだ……この化け物は……!」


 かつて五人の国王が、力を合わせて封じることがやっとだったという怪物。

 その強さを目の当たりにして、ようやく理解した。


 本当に、こんな化け物、倒せると思う方がどうかしている。

 暗黒竜(ダークネスドラゴン)三体を倒した、隕石を落とす極大魔術でさえ、通用する気がしない。


 まして心臓が封じられた状態でこれだけの強さなのだ。

 心臓を取り戻したら、魔力量はこれの比ではなくなるはず。


 と、その時だった。


「……アリス様! 何かが来ます!」


 突然、ビュートと反対方向の空を振り返ったオロチ。

 彼の視線を追うと、鳥型の魔物が群れを成してこちらに飛んできているのが見えた。

 ビュートが喚んだのか、ビュートの魔力に引き寄せられたのか。


「……っ! こんな時に、次から次へと……!」


 歯噛みした直後、ビュートが腕を掲げたのが視界の隅に映った。


「っ! 防御魔術(ディフェンシオ)!」


 私とクロヴィスの声が重なる。

 二重の防御魔術が織り成された瞬間、ビュートの放った魔力の弾がぶつかり、空中で爆発した。

 防御魔術は呆気なく四散する。


「何なんだ! こんな攻撃、見たことないぞ……!」


 このままでは防戦一方の消耗戦だ。

 しかもこちらの限界はそう遠くない。


 ビュートに勝つ方法は、今のところ、千年前に五人の国王によってなされたという、五人の生贄を用意した古代の封印魔術しかない。


 しかし、五人もの人間を犠牲にするなんて、絶対に嫌だ。

 でも、このままでは五人どころではない死傷者が出るのは明白。

 生贄を捧げて封印するしかないのか。


 それも、それなりに強い魔力を有した者を。


 いや、待てよ。


 ふと思いつき、私は空を見て唇を吊り上げる。


「オロチ、魔力を借して」

「仰せのままに」


 オロチは私に跪いて右手をさっと差し出した。その手を左手で掴んで、反対の右手を頭上に掲げる。


「暁の女神、黄昏の王……!」


 古代魔術の呪文は、前半は大体同じだ。覚えやすくて助かる。


「我が声に応え、今此処に太陽の力を示し、悪しき魔物を封じよ!」


 ああ、この感じ。そうそう、古代魔術は体中の魔力がごっそり持っていかれるのだ。

 魔晶の魔力を吸収したとはいえ、元々かなりすり減っていた私の魔力だけでは発動に充分な量とはいえなかった。オロチが魔力を提供してくれたおかげで、何とかなりそうだ。


 私は意識を集中させて、近付いて来る魔鳥たちの群れを、生贄に指定した。


「封印魔術、地獄堕とし(クストディア)!」


 今こちらに向かっているあの群れは、ざっと見積もっても数十体いる。

 その辺にいる『ある程度強い魔力を有する人間』五人よりも、遥かに強い魔力をもった集団だ。


 しかも、彼らは()()()()()でこちらに向かってきている。

 これを、生贄になることへの()()だと強引にこじつける。


 私の足元に巨大な魔法陣が顕現し、そこから光が無数に飛び出した。

 それは上空にいるビュートと魔鳥達に絡みつき、動きを封じ込める。


「やった……!」


 これで、魔鳥も倒せてビュートも封じられる。まさに一石二鳥だ。


 勝利を確信した、その時だった。

 魔鳥の群れの先頭にいた一体が、光の拘束を逃れ、何を思ったのか火山の火口に突っ込んだ。


 ルクスコリス火山は数百年以上噴火が確認されていない休火山だ。

 火口といっても固まった溶岩が蓋となっていて、その上を人が歩ける状態になっている。


「まずい……! 攻撃魔術インペタム!」


 察したクロヴィスが唱えたが、遅かった。

 魔力の刃が魔鳥を切り裂くより早く、魔鳥は固まった溶岩に突っ込み、地面を穿った。

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