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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第十二章 太古の魔物

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肆:黒幕の尻尾

 妙に慎重な手つきで蓋を開けると、紫色の液体が入った小瓶が入っていた。


「これは……!」


 クロヴィスの顔色が変わる。

 私も、その液体の色には見覚えがあった。


「おや、ご存知とはお目が高い。そう、これは《死神の呼び水》だ。その場に撒き散らすだけで大勢の人間を殺すことができる兵器さ」


 そうだ。ゴーチエが私に、最後の悪足掻きとして投げ付けてきた毒薬だ。

 帝国内では所持すらも禁止されている毒薬。ロレンマグナの法律はどうか知らないが、配下に下っている以上、これだけで逮捕案件だ。


 しかし、おそらくこの男が持っている禁止薬物はこれだけではない。


「……こんな危険なもの、一体何処で?」

「それは言えねぇな。ただ、これの材料にもヘルバが必要でね……それついて、我々には強い味方がいるのさ」

「強い味方?」

「ああ。だから俺達ぁ捕まらねぇんだ。安心して取引してくれ」


 男はにやり笑う。

 クロヴィスは口元に手を当てて、一瞬何か考える素振りを見せた。


「……もしかして、これ以外にも何か特別な薬も売っているのか?」


 その言葉に、男の眉がぴくりと動いたのを、私は見逃さなかった。


「……具体的に何かを探しているのかい?」

「いや、そういう訳じゃないんだ。ただ、さっきも言った通り、アプローズでの仕入れは今回が初めてだからな。珍しい薬があるなら是非売って欲しいと思ったんだ。勿論、珍しさに応じて礼は弾むぞ」


 言いながら、クロヴィスは懐から金貨を何枚か取り出して提示して見せる。


 男はそれを見て目の色を変えた。


「……おい、アレを持って来い!」


 案内役の男は、店の奥に一度下がり、それから黒塗りの、妙に高級そうな箱を手に戻って来た。


「いやぁ、お兄さんは本当に幸運だ。実はついさっき、ヘルバから創り出した万能薬が手に入ってね」

「万能薬?」

「ああ。一口飲めばあらゆる病を治すことができるといわれている神の薬さ」


 黒い箱を開けると、そこには虹色に揺らめく液体が入った小瓶があった。


「……これが?」

「ええ、万能薬ですよ。これは非常に珍しい薬でね。その分お値段は上がっちまうんだけど……」


 男はにやりと笑いながらクロヴィスを一瞥する。

 どうやらこれで金額を吊り上げるつもりだ。

 ごく普通の解毒薬を破格で提示したのは信用を得るためか。


『アリス様、あれはヘルバの魔薬です。間違いありません』


 オロチが囁く。

 やはりそうか。


 私は一歩前に出た。


「どんな病も治す万能薬……もし健常者が飲んだらどうなりますか?」


 その問に、男は一瞬動揺して目を泳がせた。


「ええ? そ、そりゃあ、疲労回復に効果が出ますよ。万能薬ですから、飲めばとにかく健康になります」

「そうですか……では、それを買い取りましょう。金貨十枚でどうです?」

「金貨十……! そ、そりゃあ、喜んで……!」

「ただし」


 食いついた男の言葉を遮って、私はまっすぐに椅子に座っている男を見下ろした。


「本物かどうか確かめたいので、貴方がそれを一口飲んでください」

「は? そ、そんなことしたら、商品が……」

「一口で効くんでしょう? 貴方が一口飲んだとしても、充分な量が残りますし、問題ありません。」


 私が強く迫ると男はちっと舌打ちし、ぎろりと私を睨んだ。


「ごちゃごちゃうるせぇ女だな……本物だって言ってんだろうが。疑うなら買わなくて良いんだぜ?」


 急に強気になり、男は黒い箱に蓋をした。

 私は溜め息を吐き、クロヴィスを見る。彼は私の意図を汲み取って小さく頷く。


「……万能薬なんて、ある訳ないでしょう? 信じるとでも思ったの?」


 盛大に煽るつもりで、馬鹿にするように鼻を鳴らしてやると、男はかっとなって立ち上がった。

 テーブル越しに私の胸倉を掴もうと手を伸ばして来たので、その手を掴んで引き、右手で男の頭を押さえてテーブルに叩きつける。


「かはっ!」

「なっ! テメェ! 何すんだ……!」


 案内役の男が、隠し持っていたらしいナイフを引き抜く。

 しかし。


束縛魔術セルビートス


 クロヴィスが唱えたことで、その男は身動きも取れずにその場で凍りついた。


「ねぇ、さっき言っていた、強い味方って、誰のことかしら?」


 男の左腕を捻り上げながら尋ねると、男は鼻を鳴らした。


「はっ! 答える訳が……!」

「そう?」


 容赦なく、男の腕をへし折る。

 ばき、と嫌な音が響く。


「ぎゃぁ……!」


 耳障りな声を上げる男に、今度は逆の腕を掴みながら、もう一度問いかける。


「強い味方って誰? 答えないならそれでも良いけど、次は右腕、その次は左脚と右脚、四肢がもげたら耳を削ぎ、次は目をくり抜くわ。根競べ、してみる?」


 私が冷たく囁くと、男はひっと息を呑んだ。

 この男、悪党ではあるようだが、どうやら拷問の訓練を受けたことがある訳でもなく、痛みに弱いらしい。

 そういう男は落ちるのも早い。


「ああ、私がやると、骨は二度と同じ形にくっつかないから、後遺症の覚悟をしてね。右腕を折ったら二度とペンもフォークもまともに握れなくなるでしょうし、脚を折ったら普通に歩くこともできなくなるわ」


 言いながら、男の右腕を掴む手に力を込める。


「三、二、一……!」

「わ! わかった! 話すっ! 話すからやめてくれっ! 頼む!」


 カウントダウンすると、男は引き攣った声を上げた。


 私は男に束縛魔術を掛けた上で、ぱっと手を放した。


「……俺がバラしたってことは、絶対に誰にも言うなよな……バレたら俺が殺される」

「わかったわ」

「俺にこの薬を渡して、国外の商人に売りつけろと言ってきたのは……第一王子の……」


 男がそこまで言いかけた、その時だった。


 クロヴィスが所持している通信の魔具がけたたましく鳴り、懐からそれを取り出した瞬間、騎士団長ガレスの、これまでに聞いたことがないほど緊迫した様子の声が響いてきた。


『殿下! 大変ですっ! リベラグロ王国とモンフォスリウム王国から緊急連絡があり、両国の太古の魔物の封印が破られたと……!』

「何だとっ?」

『アルバート殿からの報告では、優秀な魔術師に警護させていたそうですが、突如黒い魔物が飛来し、封印を破壊、地下から黒い影が飛び出し、魔物と共に飛び去って行ったと……!』


 とんでもない一大事だ。

 まさか、胴体に続いてビュートの両手と両足の封印が立て続けに解かれてしまうなんて。


「オロチ!」

「此処に」


 即座に姿を見せたオロチ。分身が話を聞いていたはずなので、説明なしですぐに尋ねる。


「ビュートの気配は探知できる?」

「いえ、今し方探知魔術を行使しましたが、気配は掴めませんでした……」

「……クロヴィス、どうしよう……パオ遺跡に行った方が……」


 私が振り返ると、彼はすぐさま思考を巡らせて首を横に振った。


「いや、確かエルガが狐と一緒に竜王国付近にいるんだよな? すぐに連絡して、エルガをパオ遺跡に向かわせよう。俺達は、ルクスコリス火山に行く」

「コイツらはどうする?」

「ひとまずウェズリーに引き渡そう」

「それでしたら私が。ラウルという青年の捜索も終わっておりませんし、この町の調査を終え次第、アリス様に合流いたします」


 オロチがそう申し出てくれたので、その案を採用する。


「じゃあオロチ、さっきの尋問の続きもついでにお願い。容赦は不要だから、殺さない程度に痛めつけて必要な情報を聞き出して」


 あえて強めの言葉を選んで命じると、黙って成り行きを見守っていた男はまたひっと小さく息を呑んだ。

 既に一度心折れているので、おそらくもう反抗することなく自白するだろう。


「時間がない。転移魔術で行くぞ」

「ええ」


 私とクロヴィスは、オロチをアプローズに残し、ルクスコリス火山に向った。


 大陸の中心に位置するルクスコリス火山は、大陸随一の規模を誇る火山で、その周りは深い森に覆われている。

 ビュートの胴体が解放された後、襲撃に備えて帝国の王立騎士団と魔術師団からの選抜隊を組織して、火山の頂上付近に小屋を構えて常時火山を見張っていた。


 私達が到着した時は、封印も火山自体にも異変はなく、たまたま当番で火山に来ていた騎士団の副団長オリヴァーは、クロヴィスから状況を聞いて愕然とした。


「……では、もしや……?」

「ああ、両手両足を手に入れたビュートが、頭を狙ってパオ遺跡、もしくは心臓を狙ってここへ来る可能性が高い。厳重に警戒しろ」

「はっ!」


 オリヴァーはすぐさま踵を返して部下に指示を出し始める。

 騎士達は警戒態勢に入り、魔術師団の者も皆火口付近まで行き、結界魔術を強化し始めた。


「……大丈夫かしら」


 さっきクロヴィスがオリヴァーに事情を話している間に、私はガリューに念じて状況を伝え、エルガと共にパオ遺跡に向かってもらった。

 異変があればガリューが伝えてくれるはずだ。


 竜人族の戦闘能力は相当なものだ。その中でもエルガは特に強い。

 だが、太古の魔物であるビュートという怪物の詳細がわからない以上、戦闘の相性が不明なのは正直不安だ。


 と、その時、突然白い鳥が飛んできて、私の目の前で旋回し、ひらりと一枚の紙に変化した。


「伝書魔術……トリスタンだわ」


 几帳面な性格のトリスタンにしては、慌てて書いたのが伝わって来る筆跡だった。


『アリス様 ニールが何者かに騙されたらしく、ヘルバの魔薬を口にしたようです。

 どういう訳か、解毒魔術でも解毒しきれず、暴れています。

 申し訳ありませんが、一度子爵領のラウムという町に来ていただきたく。

 現在、催眠魔術で眠らせていますが、あまりもちそうにありません。

 トリスタン・デイズ』


「ええ……?」


 思わず声が漏れる。

 よりにもよってこの緊急時に呼び出されるとは。


 ニール、騙されて魔薬を口にするなんて、一体何があったというのだ。

 詳細はわからないが、神官としての自覚が足りなさすぎるぞ。


 オロチ曰く、ヘルバの魔薬は一回飲んだ程度では致死性はないとのことだ。

 しかし、依存性があり、長期にわたって服用することで徐々に精神を摩耗し、やがて死に至らしめると聞いたことがある。


「……クロヴィス、私ちょっと行ってくるわ。魔力温存のために、飛翔魔術で行ってくるけど、緊急事態になったら転移魔術で戻って来るから、その時は呼んで」

「わかった。聖女も大変だな」


 クロヴィスは苦笑しつつも、私を送り出してくれた。


 私は一度深く息を吸って、気持ちを落ち着けてから飛翔魔術を唱えるのだった。

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