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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第十二章 太古の魔物

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壱:手掛かり

 アネット達が私の指示通りにシエンタ子爵領へ出発した、そのすぐ後のこと。

 入違うように、ラウルが現れた。どうやら今日は休日らしい。


 クラリスに会えると意気揚々としていたラウルだったが、彼女が不在と知って露骨に不満そうな顔をした。

 そんな彼に私は声を掛ける。


「丁度良かったわ。ラウル、聞きたいことがあるんだけど」

「何だ」


 ぶっきらぼうながらに応じてくれるのは、以前クラリスに叱られたのが効いているからだろう。


「ヘルバって薬草は知っている?」

「そりゃ知ってるさ。トリブスの影は皆ヘルバで創った解毒薬を常備しているからな」


 ヘルバはロレンマグナの特産品であるはずだが、トリブスでもヘルバから創り出された薬が当たり前に使われているのか。

 ロレンマグナとトリブスは古くから親交が深いらしいから、あり得ない話ではない。


「そのヘルバから創られた魔薬が、シエンタ子爵領に蔓延し始めているみたいなのよ。何か知らない?」

「ヘルバの魔薬? ロレンマグナでも魔薬の調合は禁止されているはずだぞ? 俺の祖父の時代には見かけることも多かったらしいが、取り締まりが厳しくなって今じゃほとんどお目に掛れないと聞いている」

「その禁止された魔薬が見つかっているのよ。少し前にプレアデス聖王国でも摘発されたし……」


 私がそう答えると、ラウルは腕組みをしてうーんと唸った。


「ヘルバの魔薬については俺もあまり詳しくはないが……ヘルバを魔薬にするための配合や調剤手順は、国が管理して一般的には知られていないはずだ。つまり、巷に出回るヘルバの魔薬はロレンマグナの国家薬剤師が創っている可能性が高いということだ」

「……じゃあ、ロレンマグナの国家薬剤師に反逆者がいるってこと?」

「おそらくな。国家薬剤師が単独でそんな真似をしたのか、はたまた逆らえない何者かに依頼されて調合したのかわからないが……勿論、無資格の人間が独自に魔薬になる配合を見つけた可能性も捨てきれないが……」


 ヘルバを魔薬にするための調合手順は特殊だと聞いたことがある。独自にできるものなのだろうか。

 不可能ではないだろうが、少なくとも薬草に関するド素人が一朝一夕でできることではないのは確かだ。


「ラウル、ちょっとお願いがあるんだけど」

「今日の俺は非番だ。仕事はしないぞ」

「個人的な依頼よ。報酬も出すわ」

「……聞くだけ聞いてやる」


 報酬という言葉に釣られたラウルが、むすっとしたまま続きを促して来たので、私は依頼内容を口にした。


「ロレンマグナへ行って、魔薬の出どころを探ってきて欲しいの」

「一日で終わらないような仕事内容なら無理だ。休みは今日だけで明日からは帝都で仕事がある」

「私から皇帝陛下に許可を取るわ。それなら問題ない?」

「……報酬は?」

「調査に行くだけで金貨五枚、魔薬の出所を突き止めたら更に五枚でどう?」

「っ! 本当だな?」

「勿論。聖女の名に懸けて嘘は言わないわ」

「よし、のった。陛下の許可取りは任せたぞ」


 急に張り切り出したラウルに、思わず笑ってしまう。


 金貨十枚は、一般市民の年収を上回る額だ。

 実際、ラウルの給金も月に銀貨五枚と聞いている。それでも一般市民の平均的な給金の五倍はある。

 ちなみに銀貨十枚が金貨一枚と同等の価値である。


 聖女は自分のために使うお金は持たないが、帝国から神殿に毎年与えられる予算と、市民からの寄付金を財源にしていて、聖女と神官長の采配でやりくりしている。

 金貨十枚というのは高価ではあるが、魔薬の出所調査で並の人間十人に依頼して一人一枚ずつ支払うか、精鋭一人に支払うかの違いで考えれば、決して高すぎる額ではない。


 そもそも、ラウルはトリブスの影として活躍していた、諜報のプロだ。

 並の人間十人集めるよりも、彼一人の方が良い仕事をしてくれるだろう。


 私はすぐにクロヴィスに通信の魔具で連絡を取り、事情を説明した。

 ラウルの特別任務についてはクロヴィスから皇帝陛下へ直接報告してくれることになったので、ラウルには即座にロレンマグナへ向かってもらうことにした。


 随時報告をしてもらうために、伝書魔術を掛けた紙を数枚渡しておく。

 内容を書いて折り畳み、空へ投げれば私の元へ飛んで来るというものだ。


「万が一、予期せぬ危険が迫った時は無地の手紙を飛ばして。必ず助けに行くから」


 私がそう言うと、ラウルは意外そうに眉を上げた。


「助ける? 俺を?」

「ええ、当然でしょう? ラウルは私の依頼でロレンマグナに向かうんだもの。そうでなくても、ラウルは今帝国民なんだから、危険に晒されたら助けるのは当たり前よ」


 そう答えると、ラウルは何かを噛み締めるように俯いてしまった。


「……はは、そんなこと、初めて言われた……国のために死ぬことは、最低限の覚悟だった……自分の失敗で国に危害が及ぶくらいなら、自ら命を絶てと言われて育ったくらいだ……」


 ラウルは確か二十二歳と聞いている。

 ずっとそんな環境下で生きてきたのか。


「私はそんなこと言わないわ。自分の命を最優先にして。これは命令よ。命が危険に晒されるくらいなら撤退しなさい」

「っ……帝国側について良かったって、今改めて思ったよ……ありがとな、聖女様」


 ラウルは一瞬泣きそうに顔を歪め、それを誤魔化すように踵を返して窓から飛び出して行ってしまった。


「……前世を思い出しちゃうわね」


 私がラウルを憎めないと感じるのは、前世の自分と重ねているからかもしれない。


 前世の私にとっても、仕事に己の命を懸けるのは最低限のことだった。

 依頼を受けて他者の命を奪う。当然、ヘマをすれば死ぬのは自分。誰も助けてはくれない。


 そんな世界で孤独に生きることは、辛い。


 前世の私はそれしか生きる世界を知らなかった。

 だから前世を生きている時に辛いと思ったことはなかったが、今の人生が幸せだからこそ、あの人生が辛いものであったのだと思い知った。


 あんな人生を歩む人間を、この世界で生み出したくない。


 世界平和のためにも、そういう闇の部分のない国にしなくてはならない。

 国として諜報員は大事な仕事だが、そこで無駄に命を懸ける必要は無い。

 少なからず危険の伴う仕事ではあるが、失敗を死で償うようなことを強要するのは間違っている。


「……世界平和まで、まだまだ道のりは遠そうね」


 窓の外を見やりながら、私は小さく呟いた。

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