拾:太古の魔物の封印場所
図書室は帝国の神殿内にあるそれと同程度の規模だった。
かなりの蔵書量だ。
「オロチ、ガリュー、古代の魔物やパオ遺跡に関する記述がある本を片っ端から探し出して」
「御意」
「はいよー!」
命じると同時に、オロチとガリューが図書室の奥へ消えていく。
「クロヴィスも疲れているんじゃない? 私に付き合わないで食堂へ行けば良かったのに」
「いや、転移魔術を二回使ったくらいじゃ魔力切れなんて起こさないから大丈夫だ」
相変わらず有能な魔術師だ。
王立魔術師団の魔術師ですら、転移魔術を一回使うだけで疲労困憊で倒れてもおかしくないというのに。
「アリス様、めぼしい本はこちらに集めました」
オロチに声を掛けられ、振り向くと、図書室に置かれた大きなテーブルの上に、古い本が山積みになっていた。
「……これ全部……?」
「はい。少しでも太古の魔物に関する記述や、パオ王国の歴史に触れている部分があるものを対象としていますので……しかし有用な情報が記載されているのは、この中の一部です」
それでもかなりの量の本に目を通さなければならない。
読書はあまり得意ではない私はげんなりとした気持ちで溜め息を吐いた。
と、クロヴィスが何かに気付いたように手を伸ばした。
「……これは……」
一冊の分厚い本を取り出して開く。
「古い歴史書ですね。著者は聖王国の当時の聖女のようです」
オロチが覗き込みながら呟く。
「……ファブリカティオ帝国の皇帝ベンジャミンが、パオ王国への進行を開始。それについて聖王国としても猛抗議したが、聞き入れられず、パオ王国の抵抗虚しく王都は陥落した……かつて五人の国王らが力を合わせて封じたとされる太古の魔物ビュートの頭部を封じているパオ王国は、その使命を全うするため、クレア王女が命と引き換えに封印の魔術を施した。ビュートの胴体を封じている聖王国としても、この封印を見守らなくてはならない」
神殿にあった、当時の帝国聖女の日誌とも一致するような内容だ。
ベンジャミンという当時の皇帝は、パオ王国のもつ使命を知らなかったのだろうか。
「ビュートは、全ての天災を操る怪物だといわれている。解き放てば人間では歯が立たない。絶対に封印を解いてはならない」
天災を操る、とは、考えるだけで恐ろしい。
大嵐や地震、洪水や土砂崩れなど、ひとたび起きれば多くの命が失われることになるのだ。
そんなものを意のままに操れる魔物がいるなんて。
「武帝ベンジャミンは、帝国の領土拡大に貢献した名君と謳われていたが……これじゃとんだ暴君だな」
「その横暴さを隠すために、パオ王国のもつ役割などが表に知られることがないように、当時の側近らがパオ王国に関する情報を隠蔽したのでしょうね」
臭い物に蓋をして、大問題を未来に丸投げしただけの当時の連中に、もしも今会えるなら全員ぶん殴ってやりたい。
「……ビュートは、古代の魔術によって頭、胴体、両手、両足、心臓に分けて封印された。両手はリベラグロ王国、両足はモンフォスリウム王国、心臓が、ルクスコリス火山……」
「ルクスコリス火山……」
ルクスコリス火山、それは古代神話に登場する天地創造の神の名を冠する、大陸の中心に聳える大きな火山だ。
普段人間は寄り付かないほど険しく、火山の周りは深い森に囲まれていて、強い魔物がうようよしているような場所だ。しかし一方で、魔物が封じられているなんて聞いたことがない。
ちなみに、モンフォスリウム王国は帝国の真南に位置する国で、古くからの友好国だ。
リベラグロもそうだが、いずれにしても両国が魔物を封じ、それを守っているなんて聞いたことがない。
「……さっきの胴体、もしかして両足や両手、それか心臓を解放しに行ったんじゃないか……?」
「ありうるわね……」
嫌な予感が胸を過る。
「すぐにリベラグロとモンフォスリウムの王族に連絡を取って、魔物を封じている場所がないかと、あるなら厳重警戒をするように伝えるか……」
「そうね。あと、ルクスコリス火山の警戒もしないと……」
「あそこは魔物の吹き溜まりでもあるから、相当腕の立つ騎士と魔術師でないと厳しいぞ……」
ただでさえパオ遺跡に警備の人員を割いているのに、火山にまで回す余裕はあるのだろうか。
「取り合えず、俺は帝都に戻る。アリスも、聖王国が問題無さそうなら、なるべく早めに戻って来てくれ」
「わかったわ」
クロヴィスが転移魔術でその場から掻き消えたので、私はその後残りの本をもう少しだけ見てみることにした。
ビュートを封印した経緯と、パオ王国が滅びた経緯はわかった。
ならば、ビュートを封じたという古代の魔術について調べておかなくては。
以前、暗黒竜が三体現れた時、たまたま読んでいた古代魔術の知識で助かった。
今回も、万が一ビュートの封印が解かれてしまった時にもう一度封印するため、その方法について知っておくのは有用だろう。
「アリス、この本は?」
ガリューが、一際古い魔術書を指した。
手に取ってそっと開く。
千年前に記されたそれには、古代の封印魔術についての記述があった。
「……きっとこれだわ……!」
しかし読み進めるうちに、その魔術が現実的ではないことを悟る。
その封印魔術は、生贄を必要とするものだったのだ。
それも、強い魔力を有する人間を、五人も。
「古代魔術らしいといえばそうだけど……」
魔術で何かを成すためには対価がいる。
基本的にはそれは術者の魔力で賄われるのだけど、それでも足りない場合には別のものを用意する必要がある。
特に、古代魔術と呼ばれる古い魔術は魔力の消費効率も悪いため、そうした生贄を用意していたという記録も多い。
パオ王国最後の王女クレアも、自らの命を捧げて封印の楔を打ったとしているが、それはつまり自らを生贄にして封印魔術を成立させたということだ。
「……古代魔術が、何かの手掛かりになればいいんだけど……」
そう思って、一応目を通しておく。
分厚い魔術書を読み終えたところで、クラリスが私を呼びに来た。
「聖女様、そろそろ聖女様も休憩なさってはいかがでしょうか? ……あら? 皇太子殿下はご一緒ではないのですか?」
「クロヴィスは一足先に城に戻ったわ。私ももう神殿に戻るけど」
「で、でも皆はまだ魔力が……」
「うん、だから皆は一晩休んでから帰ってきて。元々今日は一泊する予定だったし」
本当はビュートのことを考えると、一刻も早く神官全員神殿にて待機させておきたいところだが、今のクラリス達は魔力切れを起こしているので、無理に神殿に引き上げたとしてもそこで何かが起きた時に役に立たない。
私の言葉に、クラリスは少々不満そうな顔をしつつも頷いたのだった。




