零:皇太子からの呼び出し
晴れ渡った麗らかな空とは裏腹に、私はどんよりとした気持ちで溜め息を吐いた。
やたらと豪華な馬車の中、向かうは皇帝が住まう帝都の城。
「何で……私が……」
頭を抱える私を見て、私付きの侍女として付いてきたメルが苦笑した。
「聖女様、皇太子殿下とご婚約なんて、大変名誉な事ではありませんか」
「そう思うならメルが代わってくれても良いのよ?」
「そんな滅相もない! クロヴィス皇太子殿下ご自身が、聖女アリス様とのご結婚を強くお望みなんですよ!」
私、アリス・ロードスターは、このファブリカティオ帝国の聖女である。
実は前世が、別の世界で《血濡れの乙女》と呼ばれた殺し屋だった。
今回の人生は、金のために沢山の人を殺めた前世の罪を贖うための時間だと解釈している。
聖女に選ばれた日に、ひょんなことから前世の記憶が蘇り、その後色々あって、どういう訳かこの国皇太子、クロヴィス・シーマ・ファブリカティオに気に入られて婚約者にされてしまったのだ。
今はその皇太子に呼び出されて、帝都に向かっているという訳だ。
「一体何の用なのかしら……」
「そりゃあ、婚約式や結婚式の話じゃないですか?」
「うう、逃げたい……」
婚約者に決まったと言われた日、私はそれを完全に拒否せず、「考えておきます」と答えてしまった。
それを今猛烈に後悔している。
私は皇妃なんてガラじゃないし、何よりもこの人生は世界平和のために使うと決めている。
それを聞いたクロヴィス皇太子殿下は、自分も次期皇帝として世界平和に尽力すると言っていた。だから皇妃になれば私の目的も達成できる、と。
うっかり絆されて納得しかけたが、別に皇妃にならなくても世界平和のために尽力できるし、何なら単身の方が動きやすい。
この人生そのものが贖罪でもあるので、嫌な事でもしなければならない覚悟でいるが、それはあくまでも世界平和のために必要であるならばの話だ。
独り身の方が世界平和のために動きやすいのならば、わざわざ皇妃などという足枷を自らに課す意味はないのだ。
そう結論づけてお断りの回答をしようとしたが、クロヴィス皇太子殿下は既に神殿を出てしまっていた。
そこで婚約辞退の手紙を書いたら、その返事が登城の要請だったという訳だ。
神殿のある町から帝都までは休まず進んで馬車で丸一日掛かる。
間に村や町もあるが、中間地点にはないので、馬車で最短を行く場合は野営をする事になる。
急ぎなら早馬で半日、急ぎでなければ馬車で二泊かけて移動するのが一般的だ。
今回は残念ながらそこそこ急ぎなので、馬車で移動して帝都と町の中間である湖の畔で一泊する予定になっている。
ちなみに、今回の移動に際して同行しているのがジルベルト・ジムニー、トリスタン・デイズ、クラリス・アルトの神官三名、それから神官見習いの少年少女が一人ずつだ。
馬車は二台。私とメル、神官三人で別れた。神官見習いがそれぞれの御者を務めている。
日が暮れる頃、野営を予定していた湖の畔に到着したので、私は馬車を降りた。
オレンジ色に染まる美しい湖を眺め、妙な胸騒ぎを覚えて胸に手を当てた。
どうかこの先、厄介ごとに巻き込まれませんようにと願いながら、野営の準備を手伝うのだった。
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