壱:同行者の選定
プレアデス聖王国は、別名結界の国と呼ばれている。
国土自体はさほど大きくないが、全体を強靭な結界で覆い尽くし、中には魔物一匹いないと言われている。
当然、入国するにも審査があり、そう簡単には入ることもできないのだが、今回のように聖王国側から招待された場合は、用意された紙に名前を書く事でそれが許可証となり、結界を素通りできるという仕組みになっているのだ。
行くことに決め、用紙に自分の名前を書いたところで、私は隣の部屋のジャンを訪ねた。
手紙を見せて、正式に訪問しようと思う、と告げると、ジャンは少々戸惑った様子を見せた。
「お一人で行かれるのですか? クロヴィス殿下は……?」
「クロヴィスは忙しいみたいだから、一人で行くわ。一人と言っても、ガリューは連れて行くし、オロチも呼べば来られるように事前に名前は書いておくから心配いらないでしょう?」
「それでも、帝国の聖女として正式訪問するのであれば、せめて大神官か神官を二名はお連れください。神殿の威信にも関わりますので」
それもそうか。王国からの正式な招待に対して、帝国の聖女が一人で訪問してきたら、神殿は護衛を付けるつもりもない、つまり今代の聖女は人望がないのだと思われかねない。
「神官二名……」
今の神官は、ジルベルト、クラリス、ハリー、ケイド、ニール、リーゼルの六人。
大神官は、ガスパル、アネット、リュカ、トリスタン、ロジェの五人。
この中から選ぶとして、誰を連れて行ったらいいのか。
うーんと唸ると、ジャンは僅かに笑みを零した。
「本人たちの意向聞いてみてはいかがですか?」
「そうね。聖王国に興味があるかもしれないしね」
私はすぐさま神官位以上の者を会議室に招集した。
事情を説明すると、聖王国の名前に目を輝かせたのは四人、アネット、ジルベルト、クラリス、リーゼル、全員女性だった。
そうか、よく考えたら、プレアデス聖王国の王都は大きな湖に面した美しい町並みで有名だ。それこそ、御伽話に登場しそうだと謳われている。
しかも宝石が特産で、帝国よりも大きな宝石が安く買えるのだ。神官とはいえ女性であれば一度は行ってみたい国の一つであろう。
「……プレアデス聖王国への訪問に、二人程同行者をつけたいんだけど……」
そう切り出すと、その四人が前のめりに手を挙げた。
ジルベルトまでそんな反応を見せるのは流石に予想外だ。
四人の女性に圧倒された様子ながら、控えめにロジェも手を挙げている。
「あら、ロジェも行きたいの? 意外ね」
思わず本音を呟くと、彼は指で頬を掻いた。
「あ、ええ……不純な動機で恐縮なんですが、折角の機会なら合間に町へ行って、聖王国特産の宝石で、結婚指輪を作れないかなー、なんて……」
あはは、と笑うロジェに、ジルベルトが真っ赤になって俯く。
あー、と察した私はジャンを振り返った。
ジャンも苦笑しつつ私の意を汲んで頷いてくれたので、私は同行者をロジェとジルベルト、それとクラリスとトリスタンの四名に決めた。
「トリスタンですか? 希望を出してなかったのに……」
アネットがやや不満そうに尋ねてきたので、私はこほんと咳払いした。
「ええ。まず、ロジェとジルベルトは、表向きは私の同行者だけど、現地に着いたら自由にしてもらって構わないわ。婚前旅行だと思って、ゆっくりしてね」
「えっ! それは流石に……」
「私からの婚約祝いってところね。でもそうすると、城を訪問する時の同行者が不在になってしまうから、クラリスとトリスタンに来てもらうわ。トリスタンなら転移魔術が使えるから何かあっても即座に移動できるし、同行者としては適任でしょう?」
「私ではなくクラリスなのは何故です?」
アネットが尚も食い下がるので、私は苦笑いするしかなかった。
「アネットには申し訳ないけど、大神官三人を連れて行くのは流石に大仰かなって……」
ロジェとトリスタンを選んだ時点で、大神官は二名になっている。
迎える側も、私が大神官を三人も伴って現れたら驚くだろう。そもそも大神官はそういった遠出にほいほい同行せず、神殿での職務を全うすることが多いのだ。
アネットは転移魔術が使えないので、トリスタンの代わりにならない。
私の意図を理解した彼女は大人しく頷いたのだった。
「アネット様、お土産買ってきますね」
クラリスが気を遣ってそう言うと、彼女は「後で買い物のリストを渡すから」と呟いた。
「じゃあ早速名前を書いて飛ばすわね。明日の朝出発しましょう。同行が決まった四人は、明日の朝八時に神殿の正面入り口に集合してね」
一同が解散したのを確認して、私は書面に、ロジェとジルベルト、トリスタンとクラリスの名前に加えてオロチとガリューの名前も書いて、窓から空に飛ばした。
紙は鳥の形になってパタパタと飛んでいく。
その姿を見送って、私は妙に胸騒ぎを感じていた。。




