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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第十章 神官昇格試験

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終:束の間の休息

 クロヴィスに相談した結果、パオ遺跡については、今後帝国の国立魔術師団が、今までよりも高頻度で定期的に見回っていくことになった。


 ひとまず現時点で異常が見られていないので、これ以上できることはない。


 まさかパオ遺跡に魔物が封じられているなどと夢にも思わなかったが、ひとまず今後の方針が決まったことは安心だ。

 四ケ月後の結婚式に向けて、これからますます忙しくなっていくのだから。


「……私は何でも良いんだけど……」


 目の前に何枚ものデザイン画が広げられ、私は額を押さえた。


「何でも良くないですっ! 聖女様と皇太子殿下のご結婚とあらば、帝国中の貴族令嬢が挙って聖女様のドレスを真似するでしょう! これは帝国内の流行を生み、経済が動くきっかけにもなります!」


 力説するメル。


 しかしながら、私はドレスや宝飾品類にとことん興味がない。

 興味がなさ過ぎて、クロヴィスがある程度絞り込んだ候補からデザインがを選べずにいた。


「……これかなぁ。フリルとか、レースとか、宝石とか余分な装飾は要らないんだけど……」


 一番シンプルなデザインのものを手に取る。

 シンプルと言っても、フリルやレースが皆無な訳ではない。


「こんなにごちゃごちゃしたドレスを着ていたら、いざという時戦えないじゃない」

「結婚式で戦う新婦はいませんよ」


 メルがぴしゃりと言い切る。

 

「私だって戦わなくて済むならそんなおめでたい日に、自分から好き好んで戦ったりはしないわよ。ただ、皇太子と聖女の結婚式なんて、何か起きる予感しかしないっていうか……」


 何故か私に好意を寄せていて、かつ未だに諦めている様子のないエルガを思い出して溜め息を吐く。


 今のままいけば、結婚式の最中に竜の姿で飛来して「攫いに来たぞ!」とかやりかねない気がする。

 いや、帝国配下となっている以上、竜王国の女王と王太子は来賓となる予定だ。流石にそれはないか。

 いやいや、ないとも言い切れないのがエルガの怖いところだ。


 それだけではない。


 ノーラのように、未だに皇太子であるクロヴィスを狙う者はいる。

 結婚が成立する前に何か良からぬことを企てる可能性は充分にあるだろう。


「……本当に、厄介な相手と結婚することになっちゃったなぁ……」


 溜め息をつきながら呟くと、テーブルの上にいたガリューが後ろ足で頭を掻いてから私を見た。


「……そう言う割には、満更でもなさそうな顔してるよ」


 図星を指されてぐっと言葉に詰まる。

 丁度お茶を持って来てくれたメルが、私の顔を見てにやにやと笑う。


「……今のお顔、是非皇太子殿下にもお見せしたいですね」

「み、見せなくていいっ! 変なこと言わないでよね」


 急に恥ずかしくなってぶんぶんと首を横に振る。


 と、同時に背後に急な魔力の顕現を感じて慌てて顔を伏せた。


「……アリス、急にすまない。こちらの書類にも目を通してほしくて……ん? どうした?」


 クロヴィスが書類の束を手に現れたのが気配でわかった。

 なんというタイミングだ。


 視界の隅で、メルがにやにやしながら退出していくのを捉える。


「それでは聖女様、ごゆっくりー!」


 元同期の気安さで、メルは足取り軽く去っていった。


「……どうかしたのか?」


 クロヴィスが怪訝そうに私の顔を覗き込む。

 私は両手で顔を覆った。でも、耳が熱い。


「アリス?」

「何でもないっ!」

「顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」

「何でもないってばっ!」


 こんな時ばかり妙に鈍感で、クロヴィスはずいと詰め寄って来る。


 助けを求めてガリューを見ても、彼はテーブルの上に丸まって寝たふりを決め込んでいる。

 狸寝入りか。狐のくせに。


「く、クロヴィスは、何か用があって来たんでしょう?」


 慌てて話題を戻すと、彼は手にしていた書類を差し出してきた。


「ああ、城に届いている国内での穢れの報告をまとめたものと、デザイナーからドレスのデザインがもう一枚提出されたから持ってきたんだ」

「ええ、まだあるの……?」


 ずっとドレスのデザイン画と睨めっこしていた私は辟易する思いでそれを受け取り、そしてばっと顔を上げた。


「これ……!」


 私の顔を見たクロヴィスが、優しく微笑む。


「多分、アリスはこういう方が似合うんじゃないかと思って、俺が無理を言って追加で描かせたんだ」


 最後のデザイン画は、まるで一枚の布だけで作られたような、フリルやレースなどの装飾が一切ないとてもシンプルなものだった。

 体のラインが出るようなタイトなシルエットで、太ももの当たりから緩やかに裾が広がっている。


「極力装飾の無い、着た者の魅力を最大限引き出すような、そんなドレスを要求した。ただ、装飾を削った分、生地は最高級のシルクを使う」

 

 私の、言葉に出してさえいない希望を、クロヴィスは正確に読み取ってくれていた。

 それが嬉しくて、私は込み上げる涙を堪えながら、そのデザイン画をクロヴィスに示した。


「……うん、ありがとう、クロヴィス……私、このドレスがいい」


 クロヴィスは、私が座っていた椅子の背もたれに手を掛け、頬に触れてキスを落とした。


「決まりだな……そんな顔が見られて、デザイナーに無理を言った甲斐があった」


 破顔するクロヴィスに、私はくすぐったい気持ちになりながら、これからのことに想いを馳せるのだった。

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