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終:収束

 その後、私は宣言通りに神殿内を点検し、浄化して回った。

 普段ならば気にも留めない程度の穢れの兆候も見逃さず、徹底的に浄化したおかげで、一周りした頃には神殿が神々しく光を帯びて見える程の効果があった。


 それにより、今回の騒動など知る由もない神殿の丘の麓住民が、新聖女である私が就任した事による奇跡だと騒ぎ立て、その新聖女を一目見ようと神殿に押し掛けるという事態が発生した。


 更に、噂が噂を呼び、周辺の村や町にも伝播して、その騒ぎは三日三晩続いた。

 私は大聖堂の祭壇の前でニコニコしているだけだったが、それがなかなかにしんどい。面白くもないのに笑顔を保持する事にほとほと疲れ果てていた。


 そんな事があり、ようやく落ち着きを見せた四日後、私は自室でぐったりしていた。


「聖女様、お食事をお持ちしました」


 声がしたので応じると、神官見習い時の同期であるメルが、トレーに乗った食事を運んできてくれた。


「メル、別に今まで通りで良いのに」

「そうはいきません。アリス様は、もう立派な聖女様なんですから」


 メルはそう言って笑顔を見せる。それが少し寂しくもあった。


「あーあ。なんかもう疲れちゃったよ……友達とも疎遠になるなら、聖女辞めよっかな……」


 溜め息を吐きながらテーブルに着くと、メルが目を三角にして腰に手を当てた。


「聖女様! そんな事を仰ってはいけません! 聖女様は神に選ばれた、完璧な浄化魔術を扱える唯一無二の存在なんですから!」


 友人に叱られてしまい苦笑する。

 先日の一件で、私が完璧な浄化魔術を扱えるという事は周知され、大神官からも、私が『お飾り聖女』ではなく『本物の聖女』であると認められた。


 神官見習い達には、元々浄化魔術に完璧という概念は無かった。

 『お飾り聖女』の実態を隠すために、その辺りの情報も伏せられていたからだ。

 だから聖女に選ばれる前の私も、漠然と聖女は強い浄化魔術を使う事ができる、とだけ思っていた。


 それが今回、全てが露見し、大神官との相談の末、これまでの事を公表し、聖女はあくまでも『完璧な浄化魔術』を使える者のみが就くことで意見はまとまった。

 そして、今後聖女不在の間は、神官長と大神官、神官が協力して浄化に当たり、穢れを取り込むことは絶対にしてはならず、誰かが禁を犯したら別の誰かにすぐにわかる仕組みづくりをしていくことになった。


 そして、ゴーチエの逮捕により空いた神官長の座には、私の推薦でジャンが就任する事になり、しばらくは神官長一名、大神官二名で運営していくことになったのだが、当然ガスパルが異を唱えて揉めに揉めた。

 それを私が黙らせたのだけど、ガスパルの挙動からして、良からぬ事でも企みそうだった。しばらくは用心した方が良さそうだ。


 一方のアネットは、まるで憑き物が落ちたように穏やかな顔で会議に参加していた。

 聞くところによると、事件の数日前から記憶が全くないらしい。

 曰く、ゴーチエを尊敬していたが、あくまでも先輩神官としてであり、決して男女の恋慕などではなかったそうだが、彼女の心酔具合は神官見習い達の間でも随分前から有名だったので、どこまで本当かはわからない。


「あ、そういえば、少し前に城から使いが来たそうですよ」


 お茶をカップに淹れながら、メルが思い出したように口にした。


「城から?」

 

 思わず、パンを食べようとした手を止める。


 嫌な予感がする。

 皇太子の来訪でも知らせに来たか。


「皇帝陛下のお加減が、聖女様のおかげでかなり回復されたと、感謝されているそうです」

「それは何より」

「それで、感謝を意を表して、近々来訪されるそうです」

「は? 皇帝陛下が?」

「はい」


 まさか、皇帝が直接神殿を訪れようとは。

 まぁ、皇帝からしてみれば、私が命を救ったことになる訳だしな。


「食事の用意中に会話が少し聞こえたんですけど、聖女様に直接お手紙があるみたいですよ」

「私に手紙?」


 ますます怪しい。

 まさか、皇帝の御璽でも使った招待状という名の召喚状じゃないだろうな。


 と、その時部屋のドアがノックされた。

 妙な胸騒ぎがする。いや、これは嫌な予感だ。


 メルが応じるためにドアを開けると、部屋の外に立っていた人物を見て驚いた顔で一礼し、何か言われたのかそそくさと部屋を出て行ってしまった。


 彼女のその反応に、猛烈な嫌な予感が、確信に変わる。


「……私の許可なく、この部屋に入らないでいただけますか? クロヴィス皇太子殿下」


 冷たい声で言うと、彼は楽しそうに笑った。


「つれない事を言うな。わざわざ会いに来たのに」

「ご用件は何ですか? 聖女は忙しいんです。まずは神殿宛に書面で用件を連絡して、面会申請をしてください」


 嫁にする、という宣言を受けている以上、警戒するに越したことはない。

 ましてや、今、この部屋に二人きりだ。油断してはならないと、私の本能が大音量で警鐘を鳴らしている。


「神殿と皇室の間には面会申請は不要だ。それは昔から決まっている。逆にお前も、いつだって俺に会いに来て良いんだぞ?」


 ドヤ顔で言ってのける殿下に、心底嫌な顔をしてしまう。

 しかし、そんな私を見ても、彼はくつくつと笑うだけだ。


「用件は、聖女アリス・ロードスター、お前が俺の婚約者に決定した」

「謹んで断固お断りします」


 食い気味に即答すると、予想通りだったのか、彼は不敵な笑みを浮かべた。


「残念ながら皇帝陛下の了承を得ている。そう簡単に拒否できると思うなよ」

「じゃあ、聖女アリスは死んだ事にでもしましょうか」


 正直、魔術さえ使えれば、この世界で名前を変えて生きていくことは造作もない。

 人生何度でもやり直せる。そう思ったら怖いものなど何もない。


「……そこまで俺と結婚するのが嫌なのか?」


 ここにきて悲しそうな顔を見せる殿下に、流石に罪悪感が芽生える。

 だが、現世での人生は、前世で依頼主の命ずるままに大勢の人間の命を奪った私の、贖罪のための時間なのだ。

 この世界の平和のために力を尽くす。


 結婚する事で、その使命を全うできなくなっては困る。

 

「……私は、結婚をするつもりがないのです。私には、使命がありますから」

「使命?」

 

 殿下が首を捻る。

 本当は話すつもりなど無かったが、まっすぐ私に求婚して来た殿下には、誠意を見せなければなるまい。


「デボラが言っていた私の前世について、覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、殺人鬼がどうの言っていたな」


 不愉快そうに眉を顰める殿下に、私は頷く。


「ええ。殺人鬼とは違いますが、私の前世は、依頼主の命じるがままに人を殺める暗殺者でした。この世界ではない別の世界の話です。信じる信じないは殿下にお任せしますが、私は、この世界での人生は、前世の贖罪の時間だと解釈しています。この世界の平和のために力を尽くします。だから、結婚なんて……」

「なら、尚更俺と結婚したら良い」


 遮って断言した殿下に、私は思わず間抜けな顔をしてしまう。


「……は?」

「俺は皇太子だ。つまり次期皇帝。俺も、この国の平和のために尽力する義務がある。目的は同じだろう?」

「私はこの国だけでなく、世界の平和と……」

「同じことだ。平和じゃない国は全て帝国の傘下に収めて平和にする。俺は、平和な他国を無理に侵略する真似はしない。俺が目指すのも、平和な世界そのものだからだ」


 そう言われてしまうと、妙に納得してしまった。


 ちょっと待て。

 だとしたら、私は殿下と結婚した方が使命を果たすにも都合が良いという事か。


 皇太子妃、ゆくゆくは皇后にまでなるのは、正直不本意だ。皇族や貴族とのしがらみなど、この上なく面倒だ。

 だが、そうする事で世界平和のために役立つのなら、『嫌な事』を受け入れるのも贖罪のうちだろう。


 しかし、すぐに受け入れられるものではない。


「……考えておきます」


 そう答えるのがやっとだったが、拒絶以外の回答を初めて聞いた殿下は、それはもう嬉しそうな顔をした。


 その笑顔に、うっかり胸が高鳴ってしまった。それが悔しいので、私と結婚したければもう少し筋肉を増やしてくれと言っておこうと思う。

このお話はこれで一旦完結です。

最後までお付き合いくださりありがとうございます。


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