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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第十章 神官昇格試験

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漆:トリスタン組

 飛翔魔術で近付いた時、トリスタンは防御魔術を展開してハリーとリーゼルを背後に庇っていた。

 ハリーが攻撃魔術を唱えているが、魔牛は素早く回避したり、当たっても掠っただけで大してダメージを与えられていない。


 半球状に展開された防御魔術に、魔牛は何度も体当たりを繰り返している。

 それに対し、トリスタンは防戦一方。


 実際、防御魔術を展開した状態で、攻撃魔術を放つのは高難易度の技術だ。


 もし防御魔術を保持した状態で攻撃魔術を発動できたとしても、不慣れなうちは本来の半分程度の威力にも満たなくなることが多い。中級クラスの魔物相手にそれでは通用しない。


 トリスタンなら防御魔術を保持しながら攻撃魔術も放てるのではと思ったけど、おそらく、魔牛に通じるほどの領域には達していないのだろう。

 だからこそ、悪戯に魔力を消費するような真似はせず、防御に注力して助けを待った。


 自分一人なら防御魔術を一瞬解除して、その隙に攻撃魔術に魔力を割くこともできただろうが、今彼の背後には二人の神官見習いがいる。彼らを守ることも、この試験においてトリスタンに与えられた課題なのだ。


「っ! このままでは破られるっ……」


 前世譲りの耳の良さで、そう呟いたトリスタンの声が聞こえた。

 いつも無表情なトリスタンが、珍しく苦悶の表情を浮かべている。


 助けなければ。


攻撃魔術(インペタム)!」


 私は頭上から攻撃魔術を降らせ、魔牛を一撃で倒した。

 浄化魔術を唱えようと、倒れた魔牛に手を翳して、眉を寄せる。


「……何、このニオイ……」


 薬草のような、妙なニオイが魔牛の口元から香ってきた気がした。

 もしかして、ガリューが言っていた嗅いだことのないニオイとは、これのことか。


「聖女様! ありがとうございますっ!」


 リーゼルの声にはっとして、とりあえず浄化魔術を唱える。

 はらはらと塵となって消えてゆくのを確認してから、三人振り返った。


「魔牛が出るとは予想外だったけど……よく二人を守って持ちこたえたわね、トリスタン」

「お褒めに預かり光栄です」


 あ、もう無表情に戻っている。


「……しかし、あのままでは防御魔術が破られていました……防御魔術を保持したまま攻撃魔術を放っても魔牛を倒せるほどの威力が出せないので、助かりました。ありがとうございます」

「何かあったら守るって言ったでしょう? 中級クラスの魔物の出現は想定外であって、魔牛を倒すことができなかったことは減点にはならないわ。それより、試験は続行よ。気を付けて進みなさい」

「はい。ありがとうございました」


 三人は私に一礼して、再び進み始める。私はをそれを見送ってから、魔力を薄く広く放出して、遺跡一帯の気配を探った。


 もしかしたら他に中級クラス以上の魔物が入り込んでいるかもしれない。

 本来中級クラス以上の魔物が近付けばすぐに気配でわかるのだが、魔物側が気配を絶っていると気付けない恐れもある。


 魔牛のような大きさもそれなりにある中級クラスの魔物がここまで遺跡に入り込んできていたのに、誰も気づかなかったのは魔牛が気配を絶っていたからだろう。

 

 遺跡全体の気配を探っていくと、私の魔力が何かに触れた。


「っ!」


 はっとしてそこに意識を集中させる。


 漏れている魔力としては大して強くない。しかし、妙だ。何かがおかしい。


 はっきりと形がわからない。

 魔物なら、その魔物が持つ魔力で形が何となくわかるはずなのに。


 まるで靄が掛かったかのように、その魔力の主が何なのかよくわからないのだ。


 本能が、僅かに危険を察知した気がした。

 神経の末端がちりちりとするような、そんな感覚に私はすぐさま飛翔魔術を唱えて、その場所へ向かった。


 移動しながら、クロヴィスに通信の魔具で連絡を入れる。


「クロヴィス、聞こえる? 妙な気配を感じたからちょっと見に行ってみるわ。そちらでは異常はない?」

『ああ、こっちでは異常はない。皆順調にこちらへ向かってきている』

「わかった。気配がしたのは、城から見て西南、丁度、ロジェ達とリュカ達が今いる場所の中間くらいの位置よ」


 各組の現在地も、先程探知済みだ。


 謎の気配と二組とはそんなに近くないから大丈夫だとは思うが、この後彼らに妙なことをしてくれるなと祈るばかりだ。


 と、謎の気配を感知した場所に降り立った私は、再度周囲に魔力を広げた。


「……ん?」


 朽ちた石壁の向こうに、ぼんやりとした影が見えた。


 形が判然としない。謎の気配の正体はあれだと察すると同時に、得体の知れない何かへの畏怖で肌が粟立った。


 おかしい。この世界には、亡霊という概念はないのではなかったか。


 影は徐々に人の形になっていく。

 そこに、青白い顔の女性の姿が浮かび上がる。


「ひっ……」


 声も出せずに、私はその場に凍りついた。

 

 女性の影は、ゆらゆらと揺めきながら、こちらに近寄ってくる。


「嫌、来ないで……っ!」


 自分のものとは思えないか細く頼りない声に驚くと同時に、この感覚を思い出した。


 実は、私は前世から、幽霊や亡霊といったホラーものが大の苦手だった。

 何故なら、自分の拳が通じないから。


 猛獣相手なら何とかなる。実体がある以上攻撃を当てさえすれば少なからずダメージを与えられるのだから。

 しかし幽霊はダメだ。

 物理攻撃の効かない相手を、倒せる気がしない。


 青白い女性の影は、恨みがましい視線をこちらに向けてきている。


 と、影が私の目の前に来たと思った直後、ふっと掻き消えてしまった。


「アリスっ!」


 クロヴィスの声が聞こえ、これまで感じたことのないほどの安堵感に包まれた。

 クロヴィスと会えることがこんなにも嬉しいと感じたのは、正直初めてだ。


「クロヴィス!」

「大丈夫かっ? 俺も妙な気配を感じて、心配になって来たんだが……」


 クロヴィスが言い終えるより早く、私はほとんど無意識に彼に抱きついていた。


「あ、アリスっ? どうしたっ? どこか怪我でもしたかっ?」

「違うの……ごめ、こ、怖くて……」

「怖い?」


 信じ難い単語を聞いたかのように、クロヴィスが聞き返してくる。


 カタカタと震える私に、それほどの強敵がいたのかと、辺りを見渡して首を傾げる。


「そんなに強い魔力は感じなかったぞ? それに、竜三体を前にしても平然としていたアリスがここまで怖がるなんて、一体何がいたんだ?」

「ゆ、幽霊、が……」

「ユーレイ? 何だそれは? 魔物か?」


 そう、この世界に幽霊や亡霊の概念は無い。当然、そんな単語も存在しない。


「魔物より質が悪いわ……私の前世の世界ではよくある話だったんだけど……」


 幽霊とは一体何かを簡単に説明してやると、クロヴィスは盛大に笑い出した。


「死者の魂が現世に残って、生きてる人間に無念を訴えてくるのか! それは斬新な発想だな!」

「笑いごとじゃないわよ」

「その幽霊って奴は生きている人間では触れないから、アリスでも倒せない、だから怖いのか」


 まだおかしそうに喉の奥を鳴らしている。

 何だか悔しくなってきた。


「そんなに笑うことないじゃない」


 唇を尖らせると、クロヴィスは私の頭を少し乱暴にわしゃわしゃと撫でた。


「心配するな。俺がついているから」

「……うん」


 物理攻撃の通じない相手にクロヴィスが立ちっ向かったところで私と同じなのだけど、一人でいるより心強いのは確かだ。


 というか、今更だけど幽霊には魔術による攻撃も通じないのだろうか。

 浄化魔術で成仏してくれないか、それも次に遭遇したら試してみよう。


「じゃあ、ちょっとこの辺りを軽く見て来る。もしかしたらまだ近くにいるかもしれないしな」


 そう言ってクロヴィスが歩き出そうとするので、思わず服の裾を掴んでしまった。


「あっ……」


 すぐにぱっと手を放したが、クロヴィスがまた顔を片手で覆って天を仰いだ。


「……可愛すぎる……」

「……は?」

「こんな風にアリスに頼られるのも、悪くないって話だ」


 クロヴィスは私の右手を左手で握った。

 誤魔化された気がするが、彼の手の温もりが、私の心に安心をもたらしてくれているのは事実だ。


「一緒に軽く見回って、早く戻ろう」


 クロヴィスに促されて、私達は近辺に異変が無いことを確認した後、城跡まで戻ったのだった。


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