肆:試験開始
昼食を終え、各組が指定された開始地点に移動していく。
リュカは南、ロジェは西、トリスタンは東から遺跡の中心である城を目指すのだ。
御者は試験終了まで馬車の見張りのため残るが、この辺りは魔物が出没する事もあるので、彼らの護衛としてガリューを置いてく。
ガリューがいればよほど上級の魔物でない限り安心だし、万が一手に負えないようなトラブルが発生したとしても私にすぐ報告することができる。
私が仔狐を護衛にすると言ったら御者の二人は動揺していたが、聖女の眷属だと伝えると安心した様子で頷いた。
「……アリス、気を付けろ。妙なニオイがする」
別れ際に、ガリューが意味深な様子で呟いた。
「妙なニオイ?」
「ああ。嗅いだことのないニオイだ……ちょっと胸騒ぎがする」
ガリューは魔物だ。当然人間より鼻も利く。
「試験を続けて大丈夫かしら?」
「そこまでは僕に判断できないけど……用心はした方が良い。もしかしたたら、何かが潜んでいるかもしれない」
「わかった。気を付ける。ガリューも何かあったらすぐに報せてね」
「わかってる」
念のため、馬車を中心に簡易的な結界を張っておく。御者にも、極力馬車から離れないように伝えて、私達は飛翔魔術を使って一足先に城へ向かった。
唯一魔術が使えないシェイドは、当然のようにクラリスが飛翔魔術を掛けて手を繋いで飛んでいて、それを見たアネットがニヤニヤしていた。
「……さて、じゃあ、改めてそれぞれの役割について説明するわね」
朽ちた城の入口に降り立った私は、皆を振り返って用意していた紙を取り出した。
「私が透視魔術で各組の様子を映し出すから、私とジャンとクロヴィス、それからアネットは、それを見て各組の行動を審査して」
言いながら、審査員となる彼らに紙を一枚ずつ手渡す。
そこには、審査基準と、各昇格希望者の名前を一覧にした表が記されている。
彼らの行動を観察しながら、逐一評価を書き込んでいく、という形式だ。
「クラリスは私達が誰か個人に対して理不尽な評価をしていないかと客観的に見ておくこと。シェイドは、審査に集中する私達の代わりに、この場所を警戒して、魔物の接近やその他何か危険を察知したらすぐに報せて」
「承知しました」
「おう」
今回のクラリスのような立場は、これまでになかった役割だ。
だが、ゴーチエのように私情でお気に入りの神官見習いを昇格させたという事実がある以上、試験の責任者と審査員、全員に不正がないことを証明する者が必要となる。
神殿全体での不正が疑われた場合に備えるならば、神殿とは関係のない第三者に依頼すべきだろうが、神官の昇格試験となると、機密事項もあり部外者を入れられないので、ジャンとも相談した結果、試験を受けない神官にその任を担ってもらうことにしたのだ。
ちなみに、今日同行していない大神官ガスパルと神官のジルベルトについては、試験で多くの神官が不在となるため、神殿の警護という名目で留守番だ。
というのも、ジルベルトは婚約者であるロジェが、ガスパルは娘であるデボラが受験者なので、幇助や不正の疑いを掛けられないためにも同行の許可を出せなかったのだ。
「じゃあ早速始めるわよ」
私は全員を一瞥すると右手を掲げた。
「創造魔術!」
唱えると同時に、そこに茂っていた樹の一部が変形して、ベンチとテーブルを創り出す。
そしてその向かいに枝が大きく渦を巻き、すり鉢状になったかと思うと、そこに透明の液体が溜まり出した。
これは樹液だ。
透視魔術で視るだけならば呪文を唱えるだけだが、その視たものを他者に共有するには媒体が必要なので、鏡面となりうるものを生成したのだ。
「透視魔術!」
私が唱えると、樹に溜まった樹液の表面に、三つの映像が映し出された。
リュカ、ロジェ、トリスタンの三組の様子だ。
視点はそれぞれの頭上からである。
ちなみに、透視魔術は視覚を飛ばして遠方を見晴るかす魔術だが、この魔術は禁術とされている。
理由は当然、この魔術を乱用すれば女風呂だろうと覗けてしまうからだ。
そのため、この魔術の習得が許されているのは、聖女のみとなっている。
この魔術の詳細は、神殿の図書室に保管されている魔術書に書かれているが、常時施錠されており、聖女しか閲覧を許されていないのである。
「……この魔術が使えたら、離れていてもアリスの様子がわかるのか……」
クロヴィスがぼそっと呟いた。
万が一彼が皇族の権限を最大限振り翳して、透視魔術を皇族も使用できるようにすると言い出したら、断固拒否しよう、と心に誓う私だ。
「……三組とも、開始地点に到達したようですね」
ジャンが映像を見て呟いた直後、西と東の二か所から狼煙が上がった。
皆一斉に城を目指すため、彼らには、開始地点に到着したら合図を送るように伝えてあったのだ。
南から開始するリュカ組については、そもそも馬車が到着したのが南側だったのでほぼ移動はなく、そのまま待機していたので問題ない。
私は右手を頭上に掲げた。
「狼煙魔術!」
彼らが使ったのと同じ初歩の魔術だ。
私の右手から煙が噴き出し、天へ昇っていく。
映像に視線を戻すと、私の上げた狼煙を確認した各組が、互いに顔を見合わせて歩き出した様子が映っている。
その様子を眺めてから、クロヴィスが私を見る。
「さて、始まったな……ところで、遺跡内には何か仕掛けでもしたのか?」
「ええ。罠魔術が仕掛けられているわ」
そう、ジャンとアネットには昨日のうちに下調べも兼ねて現地に入ってもらい、遺跡内に罠を仕掛けてもらっておいたのだ。
「あとは低級の魔物がうろついていると思うから、それの対処する様子を見るつもりよ」
私の言葉に納得した様子で頷き、クロヴィスが視線を映像に戻す。
その時、早速ロジェ組の前に魔物が現れた。




