参:パオ遺跡
試験会場となるパオ遺跡に到着して、馬車を降りた私は息を呑んだ。
予想を遥かに超える光景が、そこにあった。
大樹が繁る鬱蒼とした森の中は、ところどころ木漏れ日が射しこんではいるが、まだ正午頃だというのにかなり薄暗い。
石造りの家の残骸が点在し、向こうに城と思われる建物の一部が見える。
荘厳であると同時に、妙におどろおどろしい。
正直、前世だったら間違いなく亡霊が出ると噂されるであろう雰囲気が漂っている。
「……なるほど、これは呪われていると噂されても納得だわ」
思わず呟く。
「パオ遺跡は呪われている、って噂の話か?」
よく知る気配を感じると共に聞き慣れた声が背後から聞こえてきて、思わずぎょっとする。
目の前の光景に気を取られて背後への警戒が薄れてしまっていた。私としたことが。
振り返ると、そこにはクロヴィスが立っていた。
「クロヴィス? 何でここに……」
まさか幻か、と思った直後、彼は半眼になった。
「あのなぁ、大神官を選出するのは、帝国としても一大事なんだよ。毎回皇族が立ち会うのが習わしだ。父上は公務と重なっていたから俺が来ることになった。ジャンから聞いてないのか?」
そう言われて振り返ると、ジャンが「あれ、言いませんでしたか?」と目を瞬いた。
多分本当にただの言い忘れなのだろうが、心臓に悪いからやめてほしい。
どうやら彼は転移魔術で来たらしく、馬や馬車は見当たらない。
「クロヴィス様! お久しぶりでございますわっ!」
デボラとエルヴィラが目をキラキラさせて一礼する。
抱き付こうとしなくなっただけ、二人共成長したな、なんてぼんやりと考える。
「ああ、久しいな。今日の試験については俺も審査を担当するから、そのつもりで」
クロヴィスがそう言うと、二人共ぴしっと背筋を伸ばした。
一度は好きになった相手が自分を審査するとなれば、それは気合も入るだろう。
「では、試験の詳細について説明します。ここに並んでください」
私が声を掛けると、馬車から降りて来ていた昇格希望者がさっと並んだ。
「ご存知の通り、ここはファブリカティオ帝国が二百年前に滅ぼした王国の跡地であるパオ遺跡です。皆さんには、神官一名、神官見習い二名の三人一組となって、遺跡の中心にある王城まで向かってもらいます」
私の説明に、皆が顔を見合わせた。
「組み分けは公平を期すため、魔術の力量などからこちらで決めさせてもらいました。説明の最後に発表します」
私はジャンを一瞥する。
彼は頷いて、神官三名に一枚ずつ紙を差し出した。この遺跡の簡単な地図だ。
「期限は今日の日暮れまで。皆さんはこの遺跡の西、東、南から同時に飛翔魔術は原則使わずに王城を目指してください。尚、この遺跡には低級の魔物が棲み付いていることが確認されています。戦闘するか回避するかは各自の判断に任せますが、行動の一つ一つが審査基準だと思ってください。また、戦闘か回避のためであれば、一時的に飛翔魔術を使用することも許可します」
「行動の一つ一つが審査基準、ということは、審査員となる方がつきっきりで見ているということでしょうか?」
リュカが手を挙げた上で質問をしてくる。
「いいえ、私とジャンとクロヴィスが終着地となる城から魔術で皆さんを視て審査します。それで万が一、試験中に中級以上の魔物が現れるなどの、試験続行に差し支えるような危険が発生した場合には即座に助けに入ります。何か他に質問はありますか?」
皆が黙り込んだので、私は事前に書き記しておいた紙に視線を落とした。
「では組み分けを発表します。名前を呼ばれた神官見習いは神官の元へ移動してください。リュカ組はケイドとエルヴィラ、ロジェ組はニールとデボラ、トリスタン組はハリーとリーゼル」
私が名を呼ぶと、皆直にそれぞれの神官の元に集まった。
「この後昼食を摂り、午後一時から試験を開始します。昼食の時間は好きに過ごして構いません」
私はクラリスに視線を送り、神殿から運んできた昼食を馬車から下ろしてもらった。
神殿の食堂に頼んでサンドイッチを作ってもらったのだ。一人分ずつに分けて包んでもらった物を手渡していく。勿論御者二名の分と、クロヴィスの分も用意されていた。
「では一時解散」
私が声を掛けると同時に、皆自然と各組に分かれて座り、食べながら何か話し始めた。
「アリスは俺とな」
妙に上機嫌なクロヴィスに促されて、皆から少し離れた大樹の根元に座らされる。
「五日ぶりだな」
「そうね。試験の準備で忙しかったから……」
試験の準備期間に一度、神殿の用事で登城した時以来クロヴィスとは会っていなかった。
皇族の行事やら結婚式の打ち合わせやらでちょくちょく会っていたので、これだけ顔を合わせないのは初めてだ。
「それは仕方ないしわかっているが……アリスは俺に会いたくなかったのか?」
「そんな訳ないじゃない。でも、別に会えないからって気持ちが変わる訳じゃないし」
サンドイッチを頬張りながらそう答えると、クロヴィスは虚を突かれたような顔をして、それから片手で顔を覆い深々と溜め息を吐いた。
「……何で今ここは俺の部屋じゃないんだ。何でまだ結婚してないんだ……」
何かぶつぶつ呟いている。
「何言っているの?」
「本当に、アリスには勝てる気がしないってことだよ」
何だか誤魔化されたような気がする。
首を傾げるが、クロヴィスは曖昧に笑うばかりで答えようとはしない。
私は諦めて、残りのサンドイッチを口に放り込んだ。
 




