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最強の殺し屋だった私が聖女に転生したので世界平和のために悪を粛清することにしました  作者: 結月 香
第一章 聖女覚醒

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玖:死神の呼び水

 全く動揺しない私の反応が予想外だったらしく、ゴーチエは眉を寄せた。


 私はわざとらしく勝ち誇った笑みを浮かべてやった。


「他人を操作する魔術はいくつかあるけど、浄化魔術で解けないってことは、物理的な衝撃で目覚める可能性が高いって事よね。それなら簡単だわ」


 そう言い切った私に、ゴーチエが怪訝そうに眉を寄せる。

 私は剣を構え、迫って来る神官見習い達に向かって床を蹴った。

 彼らの剣を払い落とし、擦れ違いざまに項に手刀をお見舞いして気を失わせる。


 まったく舐められたものだ。


 彼らが全員手練れの軍人や殺し屋だったら少しは骨が折れただろうが、神に仕える神官である彼らに戦闘能力はほとんどない。

 そんな人間が剣を持って大人数で襲ってきたとしても、《血濡れの乙女(レディ・クリムゾン)》の敵ではない。


 最後の一人、リュカを倒したところで振り返る。


「なっ!」


 ゴーチエは唖然としている。

 視界の隅で、クロヴィス皇太子殿下とジャンも口をあんぐりと開けて呆けているのが見えた。


「さてと、そろそろ観念してもらおうかしら?」


 私は右手をゴーチエに向けて掲げた。


封印魔術シグナス


 静かに唱えると、大聖堂に充満していた黒い靄が、ゴーチエの身体に吸い込まれていった。


「っ! 私の魔力が……!」

「抵抗されると面倒だから、封じさせてもらったわ」


 やれやれと嘆息する。まさかこれほど呆気なく封印できるとは自分でも驚きだ。


 魔力さえ封じれば、男性と言えどゴーチエのような枯れ枝のような細身、恐れるに足らない。

 私には自信がある。


「さて、ゴーチエ・パッソ、最後に言いたいことがあれば聞いてあげるけど」

「な、生意気な……!」


 反抗的に吐き捨て、何かを取り出そうとしたのか手を懐へ入れたので、私は素早く間合いを詰め、剣の切っ先を神官長の眼前に据えた。


「動けば刺す。殺しはしないけど、死んだ方がマシだと思えるくらいに痛めつけることはできるから」

「だ、大聖堂の中でそんな事をするつもりなのか!」

「神聖な大聖堂の中でハーレム築いて女の尻を撫で繰り回してた奴にとやかく言われる筋合いはないわね。それに、結界を張って血痕が直接つかないようにするから大丈夫よ。それでも万が一穢れが溜まってどうにもならなくなるようなら、神殿の場所を変えて造り直すから問題ないわ……だから、あまり私を怒らせないでね。怒りに任せてついうっかり腕や脚の一本や二本斬り落としちゃうかもしれないから」


 淡々と答えてやると、流石のゴーチエも青褪めた。


 抵抗する気を失ったように思えたが、次の瞬間、懐に入れていた手を素早く出し、私に何かを投げ付けた。


「っ!」


 反射的にひらりと回避するが、それはクルクルと回転しながらほぼ直線の軌道で飛び、床に落ちてパリンと音を立てた。


「っ! 束縛魔術セルビートス!」


 投げられたものの正体はわからないが、とにかくゴーチエの身体を魔力の鎖で拘束し、振り返る。

 床を見ると、紫色の液体がじわりと広がっていた。


「あれは……っ!」


 《死神の呼び水》。

 少し前に本で読んだ知識が頭を巡る。


 猛毒だ。それも揮発性が高く、密閉したガラス製の容器に入れていないと瞬く間に周囲へ広がって吸い込んだ者をも死に追いやるほどの劇物。


 そう認識すると同時に、ぐらりと視界が傾いた。慌てて息を止める。

 直後、どさりと音がして、クロヴィス皇太子殿下とジャンが倒れたと悟る。

 ゴーチエさえ、ニヤリとした笑みを浮かべたままがくりと項垂れて気を失ってしまった。


「っ!」


 まずい。

 《死神の呼び水》は液状のものを飲んだ場合で数分後、揮発した空気を吸い込んだ場合でも十数分で死に至る。

 このままでは、殿下もジャンも、大聖堂に倒れている者達も、皆死んでしまう。


 慢心していた自分を殴りたくなる。

 彼が力技で抵抗しても、抑え込める自信があった。

 まさか、《死神の呼び水》などという、その危険性故に帝国内では所持する事さえ禁止されている猛毒を投げ付けて来るとは思わなかった。


 前世の私の身体だったら、訓練によって耐性を得ていたのでほとんどの毒物は効かなかったが、記憶は持っていても今の身体は別物だ。毒は普通に効いてしまう。


 どうする。

 浄化魔術か。いや、駄目だ。

 浄化魔術によって空間に充満した毒を浄化する事はできるが、毒によって侵された体内の組織を回復させることはできない。

 それはまた別の魔術になる。

 今自分の身体も、一呼吸毒素を吸い込んだだけで致命傷に近い損傷を受けてしまっている。今浄化魔術を使えば自分の回復が間に合わなくなってしまう。


 私は、己の胸に手を当てて絞り出すように呪文を紡ぎ出した。


 「っ! 解毒魔術デトキシフィケイション……!」


 解毒魔術は治癒魔術の一つだ。神官見習いでも習うレベルの魔術で、体内の毒素を無効化するだけでなく、毒によって損傷した体内の組織も回復させてくれる。

 だが、《死神の呼び水》は、体内に入った分を解毒しても、揮発したものを何とかしなければ再び吸い込んでまた毒に侵されてしまうので質が悪い。


 つまり、この空間に充満する毒素を全て消し去らなくては、誰も救う事はできないのだ。

 空間を浄化するのならば、今度こそ浄化魔術で事足りる。


浄化魔術プルガティオ!」


 最大出力。

 猛毒も瘴気も、全てを浄化してやる。


 私の声に呼応するように、清浄な風がぶわりと舞い上がった。

 大聖堂の中を全て撫で上げ、漂っていた毒素を全て吹き飛ばしていく。


「……ふぅ」


 危なかった。もうひと呼吸、あの空気を吸い込んでいたら自分が気を失って、そのまま死んでいたかもしれない。


 私は倒れている殿下とジャンに駆け寄り、解毒魔術を掛けた。


「……ん、あれ? アリス?」


 殿下が気が付き、身を起こす。

 次いで、ジャンもうっすらと目を開けた。


「良かった……」


 ふう、と安堵の息を吐き、それから早口で捲し立てる。


「殿下、ジャン大神官、倒れている者達に急ぎ解毒魔術をお願いします。操作魔術は解除されているはずなので、神官達から解毒し、目覚め次第他の者の解毒に当たるように指示を……あと、ゴーチエに心酔していたアネット大神官は、念のため拘束した上で解毒をお願いします」


 解毒魔術をはじめとする治癒魔術は、原則として対象者に触れなければ発動できない。

 もう空気中に毒素はないが、既に侵された組織は放置すれば徐々に壊死していってしまうため、殿下とジャンの二人がかりでも一人一人解毒していったのでは倒れている三十人以上の者達全員を助ける事はできない。


 だが、倒れている六人の神官は、全員治癒魔術も解毒魔術も使える。

 神官を先に解毒して叩き起こし、神官見習い達の解毒に当たらせれば、充分間に合うはずだ。


 私の意図を汲んだ殿下とジャンが頷いたのを受けて、私は気を失っているゴーチエに歩み寄った。

 彼も揮発した《死神の呼び水》を吸い込んでいる以上、このままにしておけば確実に死ぬ。


「死なせないわよ」


 彼にも解毒魔術を掛けてやり、彼が目を覚ました瞬間、思い切り頬を引っ叩いた。


「へぶっ!」


 私のビンタで、ゴーチエは吹っ飛んでもんどりうった。


 私の行動に、背後で殿下とジャンも驚いた顔で振り返ったのを気配で感じつつ、私はゴーチエにつかつかと歩み寄り、胸倉を掴み上げる。


「毒を投げ付けるなんて、手足を失う覚悟ができたという事で良いかしら? 私を相手にそんな抵抗をしておいて、楽に死ねると思わないでね」


 束縛魔術が掛けられているので、ゴーチエはもう身動きが取れない。


 ただただ青褪めて歯の根が合わない彼に、私はにっこりと笑って唱えた。


暗転魔術テネブリス


 私とゴーチエのみを、闇の幕が覆い隠す。


 暗転魔術は戦闘時の敵の目を眩ますためによく使用される魔術だ。

 外からは大きな真っ黒の球体があるだけで私達の姿は見えなくなる上、簡易的な結界の役割も果たすため、此処は大聖堂の中とは別の場所という認識になる。


 中は真っ黒に塗り潰された空間で、お互いの姿はしっかりと視認できる。


「……さて、まずは何処から行こうかしら?」


 徐に剣を構え、狙いを定める。

 がたがたと震えるゴーチエに向けて、私は容赦なく剣を振るった。 

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