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ー第5話才谷梅太郎




ー第5話才谷梅太郎




慶應3年に来て、5日が過ぎた。

アメンティティは、雨谷太郎あめたにたろうの名で、酢屋の主人六代目嘉兵衛かへいに紹介されて、海援隊士として2階で寝起きしていた。

動けるようになったが、酢屋の前を幕府の密偵がうろついていると言う理由で、外に出られなかった。

酢屋嘉兵衛の娘、千代が昼食を持って上がってきた。膳が一つしかない…。

「才谷さんは?」

千代は面倒くさそうに答えた。

「才谷さんは、お出かけどす。なんでも大目付の永井尚志様にお会いに行かれたとか」

「幕府の密偵が外で見張ってるのに、何で幕府の大目付に会いに行くんです?。話が矛盾している」

「知りまへん。才谷さんは、ようわからんお人どす」

千代は、おひつから飯を盛ってお膳に置いた。

「それにもまして、雨谷さんもわからんお人どすな」

「何が?」

「天竺のお釈迦様のような顔をしてはりますが、妙な言葉使いをされます。お国はどこどすか?」

アメンティティの遠い先祖は、紀元前に日本人と同じ民族だった。この時代は、原始人が裸で、狩や木の実の採集をしていたとされている。しかし、全世界的に国家があり、その国家は宇宙空間に居住できるコロニーを浮かべていた。人口爆発により環境的危機に陥った地球を救う為に、80%近い人々が地球を離れた。完全に接触を断った為に、地上の文明は崩壊した。残った20%の人類は、原始的生活に耐えて、現在の文明を0から築き直した。だから、国はどこかと聞かれたら、地上に残った同民族の国の名前をコロニー1704の人々は口にした。アメンティティも例外ではない。

「国は。日本だ」

「にほん?。それはどこどすか?」

部屋の壁に、世界地図が張ってある。アメンティティにしてみれば、不正確な絵地図だったが…立ち上がって、そこに小さく描かれている日本列島に人差し指を置いた。

「それは、ここらあたり全部の事ではないですか?」

千代はからかわれたと思って、ふくれた。

「千代さんも私も日本人だ。これからは、藩は無くなる。全部日本国になる」

「それは、才谷さんがよう言わはる事どすな。天皇さんが、藩全部を治めはるんでしょ?。途方もない話や。天皇さんは御所を出た事もあらしまへんのに、蝦夷地えぞちから琉球まで、どう治めはるんやろ…。それに町中では、戦がある言ううわさどす。薩摩が将軍さんを攻めにやってくる…京は焼かれるかもしれへん言うてます」

「才谷さんが京が焼かれないように、働いてます。あの人が生きてる限り、京は焼かれたりしないですよ」

「そやな。才谷さんならそれくらいやってくれはりますな」

格子窓の向こうでは、材木を積んだ舟の上で、人足が弁当を食べている。

「…そう言えば。才谷さんは土佐藩邸向かいの近江屋さんに移らはるらしいどす」

「どうして?」

「土佐の後藤様が、藩邸の向かいに移るように言わはったとか…何だか中岡様の陸援隊の中に、才谷さんを悪く言うお人が居るとか…岡本健三郎さんが言うてはりました」

千代は心配そうな顔をした。

「じゃあ、こっちには戻って来ないんですか?」

「多分、そうやと思います」

しかし、才谷梅太郎の姿が格子窓の向こうに見えた。


「あっ!。才谷さんどす」

千代は立ち上がって、スタスタと階段を下りて行ってしまった。



ー千代公か。雨谷はちゃんとおとなしゅうしちょるか?ー

と言う声が下から聞こえてきた。

アメンティティは、さっきの会話を思い出しながら、遠い記憶を探った。ホティオティから聞いた坂本龍馬の話を…ホティオティは、コロニーの大学で日本史を専攻していた。

それによれば、11月15日に近江屋新助宅2階で、京都見廻隊によって額を割られ絶命する。彼が生きていれば、翌年1月から始まる戊辰戦争は起こらないだろうと。8440名以上の戦死者を出し、勝った側にも多くの財政破綻を引き起こした。明治政府は、明日政府が倒れても不思議は無いと言う…綱渡りの国家財政を抱え、国民に過酷な重税を課した。暗殺と謀略の暗澹あんたんたる明治時代は、この戊辰戦争が原因だとホティオティは語った。アメンティティにもホティオティにも、同民族の悲劇は見て見ぬ振りの出来ない話だった。時空間スパイラルを使って、歴史を改変する議論は散々(さんざん)行われてきた。結論は出ずコロニー政府は、緊急時以外のポッドの使用と時空間スパイラルへの侵入を禁じた。しかし改変自体は、結論が先送りされており、法律がない。坂本龍馬が暗殺されなければ、アメンティティ自身が論争の荒らしの中に巻き込まれるのは間違いない。それでも、アメンティティはやるつもりだった。暗殺は間違いである事を証明する為に…。

頭にひらめいたのは。

才谷梅太郎を殺させない。

彼を高台寺からホシオカユキヒロの所に飛ばしてしまう。ホシオカを通じてホティオティに連絡をとる。才谷梅太郎を、戊辰戦争を止められる、最も良いタイミングで戻す。


才谷は千代を従えて、2階に上がって来た。



「雨谷さん。しばらくわしゃあ近江屋に移るきに、何か有れば誰か走らせよってつかわさい」

アメンティティは才谷を見つめた。才谷も見つめ返した。

「何ぜよ」

「才谷さん。11月15日に、あなたは何者かに殺されます」

才谷は冗談でも言われたように笑った。

「そんな事か。この京じゃあ、今斬られても可笑しくないき。心配するだけ無駄ぜよ」

才谷は、まるで自分だけは斬られる事はない…そう思っているように見えた。後世では文献から、この時期大目付永井に身の安全を保証されていたと解釈されている。

「才谷さん。近江屋新助宅2階であなたは殺される…犯人は京都見廻隊か薩摩の刺客か、あるいは土佐の倒幕派、アーネスト サトウの放った暗殺者か判らない。今すぐに、この時代を離れて下さい」

「時代?」

アメンティティは、自分の脱出用の水晶を才谷に見せた。

「これを、高台寺開山堂の裏の石塔の鷲の目に入れれば、140年後の世界に行けます。そこからホシオカ ユキヒロと云う人物に会って、私の妻を呼んで下さい。そして、11月15日より後に戻ってくるんです。そして、鳥羽伏見で起こる、武力倒幕派と幕府の戦争を止めて下さい。8440名以上の命と、日本の苦難を救って下さい」

才谷は、水晶を見た。

「いかん。それは、雨谷さんが戻る為の物じゃ」

「妻に頼んで、私の分の水晶を持って戻って下さい。それで、私は戻れます」

才谷は腕を組んで、目を閉じた。

「雨谷さん。142年後の世界と云うは、どんな世じゃ?」

「議会制民主主義。あなたの夢見る世界です。…問題はたくさん有る。有るけれど、士農工商の幕藩体制よりはマシです」

「士農工商の無い世が来るか?」

「身分に関係なく、議会に参加して意見を言える世になります。年齢が達すれば、千代さんでも議会に参加できるように成ります」

「千代公が?…」

才谷は恐い顔で続けた。

「そりゃあいかんぜよ。家事が嫌いな千代公に、逃げ出す口実が出来てしまう。嫁に行かれんぜよ」

横で千代がふくれているが…才谷は途中から、顔がニヤけている。

そして笑い出した。笑った後、恐ろしい程の真顔になった。

「雨谷さん。それがまことなら、わしゃあ死ぬわけにはいかん。まっこと危うい思うちょるは陸援隊じゃ。陸援隊は武力倒幕のもんじゃき、次の王政復古でも戦にならんとなったら、ただでは済まんと思うちょる。中岡慎太郎が今は抑えちょるが…いつまで抑えられるか…」

アメンティティはタタミかけた。

「土佐藩の人間が相手では、京に隠れる場所は有りません。逆に土佐藩の人間を斬る訳にもいかない。でも、京を離れるとなると近くに居場所がない。ならば、この水晶で飛んで、16日に戻って来て下さい」

才谷は算術でもするように、目を上に向けて小さくうなづき始めた。

アメンティティはジッと待った。



「おもしろい。やってみるぜよ」

才谷は、居合い抜きのようにスッと、アメンティティの手の上の水晶をさらってみせた。

千代は、何の事やら判らない顔をしている。

「才谷さん。どこに行きはるんどす?」

才谷は水晶を見つめている。

「16日まで、142年後に行くぜよ」

「それは、どこどすか?」

才谷はアメンティティを見た。

「名古屋。久屋大通り公園ロサンゼルス広場」

「名護屋のろさんぜるすじゃ。千代、名物を買うてくるきに。楽しみにしちょけ!」

千代は半信半疑な顔で、才谷につられて笑った。アメンティティは、やっちまうぞと覚悟を決めた。そして、星岡と理香子 ホティオティが上手くやってくれる事を信じて疑わなかった。だがそれが、とってもハタ迷惑でとんでもない事だと云う事に思いが及んでいなかったが…。






次話!

ー第6話妨害

久屋大通り公園に向かう理香子と久利坂。バックミラーに、イギリス特務機関の影が!窮した久利坂は、禁断の2部をコールする!。






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