ー第4話国家機密
ー第4話国家機密
理香子は、徳川美術館の学芸員だ。
星岡からの電話を終えて、携帯を顔から離すと、館長を伴って人相の悪い人物が近づいて来るのが見えた。
頭はスキンヘッドだが、紺の背広を着ている。
館長が男を紹介した。
「遠藤くん。公安の久利坂さんだ。君の坂本龍馬に関するプログを見られたそうだ。それで…話しがあるとおっしゃっている。第2会議室が開いている。そこで話しをしよう」
久利坂と呼ばれた男は、軽く会釈した。館長の顔には緊張が走っており、冷や汗が浮かんでいた。冷静沈着なボスで知られる館長の様子は、明らかにトラブルを知らせていた。
「久利坂です。遠藤理香子さん。お時間は取らせません。すぐに終わります。よろしいでしょうか?」
物腰は柔らかいが、突き刺すような視線が理香子を威圧した。
「はい…。わかりました」
理由がわからない以上、そう言うしかなかった。
3人は第2会議室のガランとした午後の光の中に腰かけた。
久利坂は、以前に見た居合い抜きの達人に似ている…と理香子は思った。こちらの体と思考を封じるように間合いを使ってくる。
「まず。遠藤さんが昨日手に入れられた文書なんですが…え〜と、海援隊日誌の陸奥宗光が書いた、紛失していた3枚のメモですが。あれは国家機密文書になってまして、速やかに返還して頂きたい」
久利坂は、事務的に言って理香子を見た。
理香子は全身に震えが走った。そして恐怖が来た。その3枚は、手に入れた事を誰にも言っていない。もちろん、プログにも書いていない。
「…。どうして。私がそれを手に入れたと?」
久利坂はニヤリと笑った。文書を渡してくれた人物は、異常な程警戒してくれていた。絶対に知られるはずがなかった。しかし…久利坂は普通の事のように、返還しろと言っている。
「そう言った事を探知するのが我々の業務です。方法は、職務上の守秘義務に抵触するので言えません」
無駄だと分かっているものの、理香子は抵抗を試みた。
「なぜ機密なんです?。龍馬がファンケル バーグと会っていた事が?」
久利坂は少し間を開けて答えた。
「知りません。我々は、機密文書指定の根拠に関心は有りません。指定されているか、いないかに興味が有ります」
「渡さないと…家宅捜索ですか?」
「やります。だが女性の部屋をメチャクチャにするのは、良心がとがめる。出来れば、ご協力頂きたい」
理香子は観念した。
「わかりました。今から行きますか?」
「ほう?。話の判る方だ、遠藤さんは。ついでに、あなたのデスクに寄って、引き出しのファイルにあるコピーも頂けますか?」
「仕事に抜かりは無いんですね」
「もちろん。日本の安全保障に関わる事です…」
久利坂はいったん言葉を切ってから言った。
「…さっきの電話。坂本龍馬さんがどこかに、お見えになってるとか?」
久利坂は、わざと顔を横向けて、左耳に入っているイヤホン見せた。イヤホンから出たコードは、無線機に繋がっているはずだ。
「彼は慶應3年に殺されています」
「確かに。140年前に。じゃあ、同姓同名のお友達ですか?」
「私ではなくて、ボーイフレンドの友達です」
「なるほど」
「公安の方とは言え、私的な通信を盗聴する権限は無いと思いますが?」
久利坂は、じっと理香子を見た。
「失礼した。謝罪します。今の話は無かった事で…では行きますか?」
館長が苦々しい顔で理香子に言った。
「遠藤くん。速やかにコピーと原本を返還して、事態を収拾しなさい」
「わかりました。すいませんでした館長」
「わかればいい。行きなさい」
館長は立ち上がって、理香子を促した。
久利坂は紳士的に振るまって、コピーと原本を手にすると、理香子のアパートから素直に帰って行った。気味の悪い人物だが、根本から危ない人間ではないように理香子は感じた。
久利坂には、もうこれで美術館には戻らないと言ったのだが、鍵を掛けてアパートを離れた。道路に出ると、車が後ろから近づいて来た。
「遠藤さん。お出かけなら送りますが?」
久利坂だった。
車をゆっくり走らせながら、理香子を見た。
「いえ。ボーイフレンドに会いますので…お仕事にお戻り下さい」
「久屋大通公園なら、ちょうど通り道です」
「だったら、先に行かれてはいかがですか?」
理香子は立ち止まって、声を荒げた。
久利坂は急ブレーキを踏んで揺れた。
「まぁ、落ち着きましょう。私を安心させて下さい。そのボーイフレンドとお友達に会わせて頂ければ、退散します」
理香子は腹が立ってきた。
「お断りします。法律に触れてないのなら任意でしょう?。任意ならお・こ・と・わ・り・します」
「お気持ちは解ります。ただ、あなたの立場を危うくしたくない。坂本龍馬に関しては、あなたが思うよりも大きな力が関わっています。あなたは前途ある研究者だ。ストレートに行くのは得策ではない。やり方が有る。私をあなたの陣営に加えて頂ければ、危険を回避しつつ、坂本龍馬の不明な部分に光を当てられる」
「信用できると思ってるんですか?」
「…できるのではなく。信用すべきだ。久利坂家の先祖は、坂本龍馬 中岡慎太郎暗殺の捜査の指揮を採っていた。だが、捜査途中で大久保利通に担当を外された。暗殺の真相を明かすのは、久利坂家の仕事だ。つまり…公安としてではなく、久利坂家の者としてお願いしたい」
理香子は、ある事を思い出した。
「海援隊日誌紛失の3枚は、元々久利坂家の所蔵でしたね」
「そうです。明治20年。何者かに忍び込まれて持ち去られた」
理香子は迷った。この警官を信用して大丈夫か…。
「あなたには、逮捕権がある。あらゆる理由を行使して」
「建前はそうですが…しないとお約束しましょう」
「そんな事して、大丈夫なんですか?」
久利坂は遠くを見る目で言った。
「長い人生の中には、大丈夫じゃなくても。やらなきゃならない事が有ります」
久利坂は、助手席のドアを開けた。
「失業しても、お仕事はお世話できませんよ?」
うなずく久利坂の横に、理香子は座った。
次話!
ー第5話才谷梅太郎 ストーリーは戻って、2009年に跳ぶ前の慶應3年。アメンティティは、才谷こと坂本龍馬を暗殺から救う為、彼を説得する。暗殺には楽観的な坂本龍馬を動かした事とは?。
身の危険を冒すアメンティティの真意は?。