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ー第2話酢屋





ー第2話 酢屋




アメンティティは、時空間スパイラルで行き先を選んでいる時間は無かった。リストの一番目を、見もせずに選択した。ポッドから出てしまっている以上、即死をまぬがれるだけで精一杯だ。


どこかに出た。

と思った瞬間、下は水面だった。

水しぶきを上げながら、アメンティティは水中に落ちた。

もがきながら、水面に浮き上がる。

石垣で組んだ岸が見える。水面からさほど高くない。石垣にたどり着いて、必死で岸にい上がった。

まさか水中に落ちるとは思わないので、多少水を飲んでしまった。免疫のない病気が発症する前に、ここから脱出しなければ…。

「どこだ。ここは?」

損傷防止の為に、腕時計型コンピューターは、防御モードになっている。20分程度操作できない。

夜だが月明かりで、周囲の様子は判る。巨大な丸太が間隔を開けて、積まれている。電灯はない。

後ろを振り返ると、落ちたのは船着き場のようだった。口の中は塩辛くないので、海ではない。内陸部の運河だろう。対岸にも同じように丸太が並べられている。その向こうは、木造の大きな建物がへいに囲まれて建っている。

前に向き直ると、丸太の向こうに2階建ての民家が見えた。2階は格子窓になっていて、その中で蝋燭ろうそくの明かりが動いた。


その明かりが、1階の引き戸が開いて出てきた。燭台しょくだいに蝋燭を立てた男が見える。ちぢれた頭髪を後ろで縛り、着物を着ている。腰には長い日本刀…身長は160cm有るか無いかくらい。目は細く、太い眉毛。唇は厚く、鼻から下が長く、細いアゴひたいも広い。

アメンティティは、燭台の明かりに照らされた。全身を水面に叩きつけられた痛みが拡がり始めている。逃げても無駄な事をアメンティティは悟った。

「おんしゃあ〜水びたしじゃな〜」

男はそう言って、大きな声で笑った。人懐っこい(ひとなつっこい)顔につられて、アメンティティも笑った。

「飲みすぎたか?。中で着替えんと、風邪をひく」

男は、アメンティティの腕を持って、持ち上げた。怪力だ。トンと立たされてしまった。

「歩けるか?」

瞬間的とは言え、真空中に放り出された。体中が痛む。

男は何も言わずアメンティティを背負った。そのまま、出てきた家の中に入ってゆく。階段を上がり、格子窓の2階で板の間に寝かされた。

「わしゃ〜才谷梅太郎じゃ。おんしゃあ何と言う?」

「アメンティティ アーメンだ」

「あめんさんか。国はどこじゃ?」

「月の裏側のコロニーだ」

才谷は冗談を言い合っている顔になった。

「ほう…。月からか…。だから、上から落ちて来たんじゃな?。しかし、その名はまずいぜよ。雨谷太郎あめたにたろうと名乗れ。さもないと、幕府の連中に斬られるぞ」

アメンティティは自分の危険度を知った。

「幕府。時代は江戸か…。才谷さん。今日は何年の何月何日です?」

「11月6日じゃ」

「何年の?」

「慶應3年じゃ」

アメンティティは、腕のコンピューターが復帰しているのを確認して、年号を告げた。才谷はその様子を興味津々(きょうみしんしん)で見ている。コンピューターが音声で返答した。

ー鷲尾山。もしくは高台寺。開山堂真北の鷲が彫刻された石塔ー

才谷が身を乗り出して来た。

「しゃべるか?。その腕の鏡は?。エゲレス製じゃろうな?」

もはや無邪気なこの男を利用するしかない…とアメンティティは覚悟した。

「才谷さん。1秒でも早く、私は戻らなければなりません。隠し事をしている時間はないのです。力を貸して下さい」

才谷は一瞬当惑した顔になったが、すぐに笑顔に変わった。

「心配ないきに。何をすれば良い?」

才谷の本心はわからない。自分を信用しているとは思えない。しかし、言ってみるしかない。

「高台寺。開山堂真北の石塔から、元いた場所に帰れます。そこにたどり着きたいんです。斬られずに」

「高台寺は東山じゃ。行くには半刻はんときもかからんきに。案内してやろう。しかし、体が動かんのじゃろう?。焦らず体を治した方がいいぜよ。まず、濡れたその異人服を脱げ」

才谷は珍しそうに、学生服のボタンを外し始めた。

「エゲレスやメリケンの着物に似ちょるが…ちょっと違うの」

アメンティティは才谷に手伝ってもらって、着物に着替えた。


「とりあえず。この家の者には、うちの新しい隊士と言う事にしちょく」

「隊士?」

「海援隊じゃ。わしゃ隊長じゃ。他の者は大阪や長崎に出払っちょるきにおらん」

「なぜ。そこまでしてくれるんです?。私の言った事は、すぐに信じてもらえてるとは…正直思えません」

才谷は、ここでまた豪快に笑った。

「みんな色々ある。そのまま言えん事も有るきに。ただ雨谷さんが、わしをはめられるとは思えんきに。おんしゃあ、嘘を言えんお人じゃ。嘘つきなら、月から来たとは言わんぜよ。…それに。わしの田舎では、水に落ちた者はとことん助けるのが習わしじゃき。そん者は幸運も一緒に持ってくるちゅーてな。わしらは、今何が欲しいと言うて、幸運が欲しい。のるかそるかの博打ばくちを打っちょるきにの」

才谷の後ろの格子窓が白々(しらじら)と明けてきた。

アメンティティは、海援隊と隊長と言うキーワードから、ある人物を思い出していた。その人物は、9日後の慶應3年11月15日に暗殺されているのだ。



次話!

ー第3話久屋大通り公園


いつものように、星岡の路上ライブには、妙なギャラリーがやってきた。彼が運んで来たのは、まさにはた迷惑な慶應3年からのアメンティティのトラブルだった!。ホームレスの段ボール小屋から出て来た男とは?






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