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ー第1話再遭難




ー第1話 再遭難




緊急脱出用ポッドは、順調にラグランジュポイントに向かっているように見えた。

アメンティティの腕時計型モニターは沈黙している。

ポッドの不具合は解決不可能な問題だ。設置に困難を極めるのに加えて、メンテナンスに行くのが難しい。特に2つのコロニーが戦争状態ではなおさらだ。


あと20分でラグランジュポイントに入れば、すでに遭難信号を受信しているはずの救助隊が居るはずだ。

しかし。腕時計型モニターは、聞きたくない警告音を発した。




「どうしたコンピューター?」

ー弾道計算にミステイクが有りました。徐々に、予定ポイントへの軌道がズレ始めていますー

「原因は?」

ー重量と思われます。わずかに、重量係数が少なく見積もられていましたー

「お腹の子か?」

ーその可能性は有ります。重量計算がデフォルトで…外形からの推測モードになってます。変更すべきでしたー

「対策は?」

ー重量が減れば、軌道は戻りますー

「分かった。時空間スパイラルに俺が飛び出す」

ホティオティがアメンティティの手をつかんだ。

「そんな!。危険すぎる!」

アメンティティは、安心させる為に笑って見せた。

「時空間スパイラルから地球ナラクに戻れば、距離的移動はゼロになる。それなら空気は必要ない。ポッドの外は有害な宇宙線と真空の世界だ」

「でも。いきなり出たら、行き先の時代を選んでる時間はないわ?」

「だが。そこには必ず緊急脱出用ポッドが有る。戻ってくるよ」

「アメン…」

ホティオティは泣き顔でアメンティティを見つめた。


「コンピューター。時空間スパイラル突入のカウントダウン開始」

ーこれ以上の軌道のズレは危険です…3カウントで突入しますー

ホティオティがつかんでいた手が、白く抜けて消えた…。

「アメーン!!」

ホティオティは夫が居た場所に向かって叫んだ。

背後には。軌道から外れて行くポッドを心配して、救助隊の巡視船が小さく見え始めていた…。








ー2009年2月 地球 日本 京都



星岡幸広は理香子と京都駅前で、京都タワーを見上げていた。誕生日プレゼントは何が良い?と聞かれて…理香子は、京都に旅行したいと言ったのだ。

「京都なんて…小学校の修学旅行以来だな。まだ有んのかな〜?清水寺とか二条城とかさ」

理香子は思わず、新品の茶色いブーツで躓いて(つまづいて)しまった。

「…無くなってどうするのよ。ディズニーランドのアトラクションじゃないんだから〜」

あきれ顔の理香子を、イタズラっぽい顔の星岡が覗き込んでいた。



冬の冷たい雨が降っている。

理香子は傘ではなく、自転車用の雨ガッパを星岡の分も用意して着せていた。

「良いけどさ。こんなの着てるって事は、バスとかタクシーには乗らないって事か?」

「私の専門は何だった?。まだ馬と駕籠と船の時代よ」

「幕末か…」

そうつぶやく星岡の前を、理香子は駅前から東に向かって歩き始めた。

「オイオイどこ行くんだよ。北に行くんじゃないのか?」

理香子は、ドンドン東に向かって信号を渡ってゆく。もはや…京都のかけらもない普通の市街地だ。

やがて、用水路に架かる橋の上に出た。

「この川の名前は何ですか?。星岡君?」

星岡は川を見た。どう見ても生活排水が流れているドブ川にしか見えなかった。ただ、観光地だけにゴミと臭いはない。けっこう流れが有る。

「京都放水路とかじゃないのか?」

理香子は橋の欄干から川を見つめて言った。

「これはね。高瀬川よ」

「高瀬川って誰だっけ?」

角倉了以すみのくらりょうい

「あ〜そうそう。でも高瀬川って運河だろ?。水深はないし…幅だって狭すぎるんじゃないか?」

「大正時代に埋められたの。船による水運の時代は終わったのね。写真が残ってる。両側に高く盛り上がった土手に並木が植えられてて…その間に幅広い運河が有った。でもここを、材木を積んだり荷物を満載した高瀬船…そして、その積荷に紛れて坂本龍馬や海援隊士がこの場所を上り下りしてた」

「そうか!。歩いたんじゃなく、運搬船を使ったのか。それなら、自由に京都に出入り出来るわけだ」

「海援隊の拠点は材木屋だった。その材木屋は、木材の独占輸送権を持ってて、運送業もしてた。さて…」

理香子は、高瀬川から視線を星岡に向けた。

「…高瀬川沿いに、三条の酢屋海援隊本部まで歩くわよ!」

理香子は楽しそうだった。

星岡は、まったく知らない幕末の姿を高瀬川に重ね合わせて見ていた。京都は用水路すら遺跡なのだと…。



高瀬川沿いは住宅地で、川に沿って生活道路が北に向かって貫いている。

親子連れが前を歩いてゆく。男の子が道端のほこらに駆け寄って手を合わせる。母親もその後ろで同じように手を合わせた。そして親子は自宅の中に入ってゆく。

「お地蔵さんか…って事は、ここで誰かが行き倒れたか斬られたかしたんだろうな」

星岡はフトある想いが頭をよぎった。

「幕末って暗い時代だよな。新選組とか京都見廻隊とかが人斬ってたんだろう?。何で理香子は、この時代なんだ?」

「そうね。幕府も藩も経済破綻寸前で…外国が開国しろと現れた。外国と渡り合う力は、軍事的にも経済的にも無かった。間違いなく、内乱が起こって…外国がそこにツケ込んで、日本はめちゃくちゃになるはずだった。それが、戊辰戦争の短期間の戦争で終わった。実はね。ひいおじいちゃんが戊辰戦争で死んでるの。伏見奉行所に出張してて…。中学生の時に、その戊辰戦争の事を書いた本を読んだ。そこに、こう書いて有った。坂本龍馬が生きていれば、戊辰戦争は起こらなかっただろう…って。どうしてかは書いて無かった。それを知りたくて、幕末の事を調べ始めたのがキッカケね」

「坂本龍馬って、戦争を止められるような力が有ったのか?。腕は北辰一刀流免許皆伝だけど…。でっどうしてだか分かったのか?」

理香子は浮かない顔になった。

「仮説のみね。文献からは、坂本龍馬がした仕事は出てこない。出てくるのは、龍馬のプライベートな部分ばかり。って言うより、プライベート以外の文献が、綺麗に残ってない感じ」

「誰かが、世の中から消し去ったって意味か?」

「有って消えたと言う証拠が無いから…それは無いって事になる。幕末の文献は出尽くして、もう出ないだろうと言われてる。海援隊の誰かが、何か書き残してくれてれば、何か有るはずなんだけどね」

元気の無い話しに、星岡は突っかかってみた。

「じゃあ〜理香子の仮説を聞かせてくれよ」

「…仮説ね〜。ただの夢物語ね」

「トロイの木馬は、夢物語だったんだぜ?」

2人は四条を越えた。

「…戊辰戦争を止めるのに、最も簡単な方法は、将軍慶喜が大阪から居なくなる事。将軍が居なければ、幕軍は戦闘を行う事が出来ない」

「つまり…坂本龍馬が生きていたら、将軍慶喜は、史実よりも早いタイミングで大阪から出られた…と?」

「…そう。将軍慶喜が大阪から退去したのは、劣勢で逃げたと言われてるけどそうじゃない。大阪湾にイギリス艦隊が居たから、大阪から出られなかったと言うのが私の説」

「イギリス艦隊が退路をふさいだって事か?」

理香子はうなずいた。

「イギリス公使館はダブルスタンダードだった。無血革命と武力倒幕の両方に担当者が居て支援してた。そして、それがどっちになろうが、イギリス公使館としては構わなかった。早くて上手く行く方ならね」

「昔も今も変わらぬイギリス外交か…。で、そのふさがれた退路をどうやって開いたんだ?」

「アメリカの軍艦が慶喜をいったん収容して…翌日幕府の艦に移って江戸に戻った。龍馬なら、展開を予測して戊辰戦争が始まる前に、その手順を整える事が出来たと思う」

「つまり。アメリカ公使とパイプが有ったって事か?」

「そう。それを裏付ける文献があればね。でも、龍馬との関係を示す文書は一切ない。綺麗さっぱり。龍馬はね、議会の構想を西郷に示してる。議会は2つに分かれてて、1つには庶民も参加させるとある。これは当時のイギリスの考え方じゃなくて、アメリカ議会の仕組みなの。イギリス公使館のアーネスト サトウは日記に書いてる。庶民を議会に参加させるのは危険すぎるって」

星岡は高瀬川を見た。

「アメリカと龍馬の関係を示す文書が無い理由は?」

「歴史は勝者の手で作られる。イギリスは幕末維新の勝者だった。この勝利が…坂本龍馬が消えた事で得られたとしたら?」

星岡は高瀬川から理香子の顔に視線を移した。

「龍馬の功績が文書として有れば…誰にでも犯人は判ってしまう」

「…妄想ね。京都見廻隊が不運にも龍馬の頭を割った…と言う方が健康的かもしれない」

「そうじゃないさ。理香子は研究者だろ?。研究者は真実を追求するのが仕事だ。政治的な思惑なんて関係ない。真実が埋められてるなら、それを見つけて発掘するのをやめるべきじゃない。出来ないなら、歴史から一切手を引くべきだ。違うか?」

「……。痛いトコ突かれちゃった。わかってる。わかってるけど、心が折れそうになる」

「心はさ。何度折れたって、元に戻る。その気になれば。折れる時には、無理せず折っといた方がいい」

「ユキヒロ過激だよ。でも、そう思うのも1つの手段かもね」

理香子は苦笑して、星岡を見た。その星岡の顔の向こうに「酢屋」の看板が見えた。

「…着いたよ。酢屋海援隊京都本部。今も材木業だけど、この場所は創作木工芸の店になってるの。昔は店の前は丸太置き場で、高瀬川からの船着き場が有った。舟入りって名前でね。想像も出来ないね…その向こうは彦根藩邸が立ってた…」

2人は高瀬川を渡って、龍馬通りに入って行った。




次話!

ー第2話酢屋

アメンティティは、慶應3年の京都酢屋の舟入り(舟着き場)に落下した。そこは新選組と京都見廻隊が不審者を斬り刻んでいた時代。果たしてアメンティティの運命は?。






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