ー第12話近江屋新助
ー第12話近江屋新助
11月17日になった。
陸奥は、谷達がやっている芝居の進行状況を知らせに来た。重症だったと云う中岡慎太郎が絶命したと云う話になった。明日の18日に近江屋で葬儀が行われ、夜に棺を高台寺鷲尾山に埋葬すると言った段取りになっているらしい。
西郷は今日も酢屋の前から動かない。何人かが酢屋の様子を窺いに来たが、前の路地を封鎖しているので入る事が出来ない。
龍馬は、酢屋嘉兵衛に近江屋新助を呼ぶように頼んだ。娘の千代が使いに出たが、中にはやはり入れなかった。しかし話は通じて、近江屋新助は酢屋にやって来た。
2階に上がって、新助は腰を抜かした。
「才谷さんに石川さん?。これはいったい?…」
近江屋新助自身も事の真相は知らされていなかった。いきなり棺が持ち込まれて、葬式をやると土佐藩邸から言い渡されているだけだった。
「…死んだと聞きましたが。いったい?」
龍馬がうろたえている新助を面白そうに言った。
「新助。芝居じゃ。わしらは、おまんの家の2階で新撰組に斬られた。谷の台本通りにやっちょけば良い」
「うちで斬られた事になってるんどすか?。どおりで、2階の掛け軸に鶏の血しぶきを付けたり、血溜まりを作ったり…それでワケがわかりましたわ」
「アホウじゃ。じゃが、アホウに付き合わんと命が無いぞ新助」
「わかっております」
「そこでじゃ。空の棺が3っ有るじゃろう?」
「はい」
「こん人達を入れて、高台寺に運ぶ」
新助は奇妙な5人を見た。2人は天竺あたりの異人に見えた。
「無理でございましょう。棺の周りは土佐藩士がおられます。棺に近付くのも容易ではごさいません」
「棺はどこに有る?」
「2階の奥八畳に…」
「アホウじゃな。出棺せんにゃならんのに、2階から階段を降ろすつもりか。中身を隠そうちゅう魂胆が見え見えぜよ」
「それが故に近付けません」
龍馬はニヤリと笑った。
「いや。奥八畳なら、井筒屋の屋根から物干し台に入り、そこから入れる」
「棺の周りの人払いは?」
「西郷に頼む。井筒屋と裏の寺に話をつけよ」
龍馬と中岡は、当然動けない。星岡 理香子 アメンティティ、ミリティ姉さん 久利坂は海援隊士の姿になった。久利坂は、中岡から刀を調達してもらった。土佐の無名の刀鍛冶のひと振りだったが、物は確かだと久利坂は言った。久利坂以外は、柄と鞘だけの木刀だ。
18日の昼過ぎに、海援隊士の中に紛れて酢屋を出た。
舟入の向こうは、彦根藩邸だと理香子は思った。西に向かい河原町の本通りに出る。出ると三条通りに向かって北上する。
「…ここは誓願寺。あれは天性寺。」
星岡は、尊皇の志士に扮している理香子を見た。
「まるで近所のようだな。ここは理香子の故郷って事か」
「そう。私はもう何年も…ここに住んでるの。わかる?」
「わかるよ。お前の彼氏をやってんだぜ。俺は」
「ありがとう」
周りには、写真でしか知らなかった若者達が居る。先頭の陸奥陽之助は農商務大臣 外務大臣を務め伯爵となる。カミソリ陸奥と呼ばれ、不平等条約治外法権を改正する。その後ろの山本龍二は福島県知事 山形県知事 貴族院議員になり男爵だ。右横に居る千屋寅之助は海軍小佐になり福島県安積原野を開拓する。左は高松太郎、坂本家が再興された時に当主となる坂本直だ。函館裁判所判事 宮内省舎人を務めた。
誓願寺を回り込み、南に向かって蛸薬師の前を通る。そして路地を東に入り、さらに南に折れる。
寺の門を陸奥が叩くとゆっくり門が開いた。出て来た坊主は何も言わず、一同を招き入れた。
「この寺は井筒屋の真裏ね…」
理香子はつぶやいた。
ー次話!
ー第13話待ち伏せ
井筒屋の屋根から近江屋2階の物干し台へ…。何かを感じた久利坂が慎重に近付くが…。理香子に絶体絶命の危機が迫る!