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鏖殺の剣の物語2  美姫の檻  作者: かつエッグ


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猟人(1)

更新が遅れてすみませんでした。お楽しみください。

35)


 見渡すかぎり続く長城によって、人の住む世界と隔てられた、王国の最涯、穢れの谷。

 そこは、凶暴な魔が、我が物顔に跳梁する危険な領域です。

 人々はけっして立ち入ろうとはしません。

 堅牢な城壁のこちら、ゾトの町の商家で働く、一介の町人であるわたしにとって、穢れの谷は、けっして近づくべきではない恐ろしい世界でした。

 一生足を踏み入れることなど、ありえないと考えていました。

 しかし。

 なんということか、わたしは今、その危険な谷に、自分を連れていってくれと、頭を下げ、懇願する羽目になっていたのです。

 鋭い目つきで、わたしを値踏みするようにみている初老の男は、<猟人>の親方でした。


 穢れの谷を人々は恐れ、けして立ち入らないと言いました。

 しかし、この世のことには必ず、例外というものがあります。

 あえて、その危険な穢れの谷を渉猟するものたち——それが<猟人>です。

 穢れの谷は、魔に満ちた領域。異常な魔気があふれ、それが影響することで、他の場所ではけっして見ることのできない、希少なモノが産出されるのです。

 それはあるいは、魔力をその裡に貯めこんだ鉱物であったり、魔気に晒されて変異し、特別な味や効能を持つようになった植物の葉や実であったり。死んだ魔物の残した骨や皮、牙。これらにも、尋常ならざる特質があります。そして、取り扱いには厳重な注意が必要ですが、なんと、生きた魔物そのものまで。 

 これらのものは、その希少性と効能のために、とてつもない価格で取引されることになります。

 <猟人>とは、一獲千金を狙い、身の危険をかえりみず、魔に染まった産物をもとめて、穢れの谷へと入っていく者たちでした。

 いうまでもなく危険な仕事であり、たとえ経験豊富な猟人であっても、かならず生きて帰ることができるとは限りません。いや、むしろ、戻ってこない者のほうが多い、そんな職業なのです。



36)


「やめておけ、お前にはむりだ」


 つてをたどって、ようやく会ってもらった親方は、わたしを一べつして、にべもなく断りました。小柄ですが、がっしりとした身体。鋼のように鍛えられているのでしょう。髪は白く、突き通すような鋭い目つきでわたしを見て、そう言うのです。


「なにがあるのか知らんが、命を粗末にするな」

「おねがいします、おねがいしますっ!」


 わたしは、床に頭をすりつけんばかりにして、懇願しました。

 難しいことは分かっていました。

 なにしろ、わたしには立派な体格もなく、なんの武の心得もなく、経験もない。こんなわたしが、あの危険な穢れの谷でなにかできるとは思えない。

 しかし、これしかないのです。

 わたしの大事な子供を救うためには。


「あなたっ、エセが!」


 家からの危急の知らせをうけて、主人に事情をはなし、仕事を途中で切りあげて駆けつけると、妻のアスーリが真っ青な顔で、寝台に寝かされた幼い娘のエセによりそっていました。エセは、ぐったりとしたようすで、荒い息を吐いており、目を開けることもできないようです。

 エセは、魔気に当てられてしまったのです。

 穢れの谷から、ゾトの町の上空に侵入しようとした一体の魔物を、守備隊の魔導師が撃ち落としたのですが、爆散した魔物の身体が飛び散り、魔気にみちた肉片が降り注ぎました。危険な肉片は、人々によって、慎重に回収されたのですが、どうも見落としがあったようです。

 まだ幼いエセは、よくわからないまま、魔物のかけらにふれてしまい、残存する魔気に冒されて、倒れているところを発見されたのだそうです。

 とても深刻な状況でした。

 エセを診察した医者は、険しい顔をして、見立てを口にしました。


「……きびしいな……」

「そんな!」

「なんとか、ならないのですか!」

「このままでは助からない……」

「それでも、なにか、なにかないのですか?」

「わたしたちにできることなら! できることなら、なんでも!」


 医者は、首を振って、言いました。


「……魔気に冒されたものを治すためには、魔気に染まった薬草から作られた薬が必要なのだよ」


 そして、いうまでもなく、それはとてつもなく高価。

 その値段をきいて、わたしたち夫婦は絶句しました。

 わたしの二十年の俸給をこえるほどの、その価格。


「ああ!」


 わたしと妻は絶望しました。

 どのように算段しても、わたしたちに、その薬をあがなうだけの金が用意できるはずもない。例え妻が身を売ったとしても……。

 気の毒だが、あきらめるしかない。あれは、王侯貴族か豪商か、そのような人たちでなければ手にいれることはできない。

 そういって、医者が帰っていった後、エセの小さな手をにぎり、必死で、なにか手はないか頭をめぐらせ、そして、唯一の可能性にたどりついたのです。

 それはたいへん低い可能性かもしれないが、今のわたしにできる、ただ一つの方法、そう、猟人です。穢れの谷で、なにか、貴重な産物を持ち帰ることができれば——。

 わたしは、商家で、主人が商売仲間の友人と、猟人が穢れの谷から持ち帰った産物についての話をしているのを、聞いたことがあります。そのモノを、豪商がいったいいくらで猟人から買い取り、王家に売りつけたのか。わたしにはまったく無縁のことと、そのときは気楽に聞いていましたが、もし、その何十分の一でもいい、値打ちのあるものを持ち帰ることができたら。


「まっていろ、アスーリ、エセ、必ず、わたしがなんとかするから」


 そういって、わたしは家を飛び出しました。

 そして()()をたどり、猟人の親方の元を訪れ、わたしを同行させてくれるように頼んだのです。

 親方は、懇願するわたしを冷たい目でみていましたが、やがて、なにかを思いついたように、表情を変え、言いました。


「お前、なにがあっても、あとで文句を言わないか?」

「もちろんです!」

「足手まといになったら、それがどこであろうと、見捨てていくぞ」

「かまいません!」

「たぶん、生きて帰れないぞ」

「覚悟の上です!」

「ふうん……」


 親方は、にやりと笑いました。あとから思うと、それは酷薄な笑いでした。

 しかし、娘を助けたい一心で、わたしには余裕はまったくありませんでした。


「わかった……じゃあ、ついてこい。もちろん、上前はもらうぞ」


 とうとう親方がそういったとき、


「ありがとうございます!」


 わたしは再び頭を床にすりつけて、礼をいったのです。



37)


「これを背負え」


 親方に言われて、わたしは籠を背負います。

 蔦を編んだ籠は、漆が塗りこめてあって、水も漏れないようにしてありました。この中に、獲物を入れていくのです。


「なあ、すてきなお宝が、手に入るといいな?」


 親方が、同じように籠を背負い、わたしに笑います。


「はい、がんばります!」


 なんとしても。


「これを持つんだ」


 親方が渡してくれたのは、長い柄の先に、金属の鉤爪がまるで獣の広げた指のようについた道具、いわゆる熊手です。柄の反対側は鋭い石突きとなっていました。


「さて、出かけるか。もういちど聞くが、本当に、いいんだな?」


 支度を終えると、親方が、確かめるようにわたしに聞きました。


「お願いします!」


 わたしは即答しました。

 


 親方が猟人札を見せると、衛兵が、何重もの扉で区切られた城門を開き、穢れの谷への通路が開きます。

 親方は、手慣れたようすで、岩をうがった通路を、さっさと歩いていきます。

 外のまぶしい光がみえました。


(この先が、穢れの谷——)


 思わず足を止めてしまったわたしに、


「なにをしてる、さっさとついてこい!」


 親方の叱責が飛び、わたしはあわてて足をはやめました。


読んでいただいてありがとうございます。

面白いぞ、続きを読みたいぞ、という方は、応援お願いしますね!



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