道端の老人
32)
王都から南下してウズドラを経由し、西に向かってアラハンからゾトへと続く、王国の大街道。
人馬が足しげく往来するのは、アラハンまでである。
アラハンから西は、辺境の地とされ、荒れ野が続く。
そしてその終点にあるのが、最果ての城塞都市ゾトだ。
一人の老人が、アラハンからゾトへと向かう街道のわきで、道端の大きな石に腰かけ休憩を取っていた。街道のそのあたりには木立があり、日かげとなっていた。休むには都合がいい。
白髪、しわの刻まれた顔、背もずいぶん曲がっている。
身なりもずいぶんくたびれていた。
そこに、ゾトの方角から、二人の男がやってきた。
二人とも大きな荷物を背負っている。
見たところ、二人は旅の商人らしかった。
王都で商品を仕入れ、それを、王都の品物がなかなか手に入らない地方で売る。
その売り上げをもとに、その地方の特産物などを仕入れ、それをこんどは王都で売る。
そうやって、利益を得ているのだ。
今も、二人は、ゾトで売り物を仕入れ、街道を上っていくところなのだろう。
二人は、休憩する年寄りにちらりと目を向け、そのまま通り過ぎようとしたが、
「あの……もし」
そこで、老人から声をかけられた。
「ん?」
二人は立ち止まる。
物乞いとでも思ったのか、ちょっと警戒した口調で言った。
「なんだい、じいさん。悪いが、恵んでやれるようなものはないぞ」
「いえいえ」
老人は、笑い顔で首を振る。
目尻に深いしわかができた。
その人のよさそうな様子に、二人は警戒を解く。
「そうではありません」
「じゃあ、なんだい?」
「はい……お二人は、ゾトからいらっしゃったとお見受けしますが」
「ああ、その通りだが、それが?」
「教えていただきたいので。ここからだと、ゾトまでどれくらいかかりますかな」
二人は老人をまじまじと見て
「じいさん、あんたゾトまで歩いていくのか?」
老人はうなずく。
「うーん……」
「そうだなあ、俺たちの足で、十日というところか……」
「だけど……じいさん、だいじょうぶか?」
老人の横には、大きな杖が立てかけてあったのだ。
働き盛りの商人の健脚で十日かかるところへ、杖をついた年寄りがいったい何日かかるものか。危惧するのは無理もないだろう。
「じいさん、ゾトに大事な用事でもあるのかい?」
「娘が、嫁いでおりましてな。孫もいるのですが、もう長いこと会っておらんので、老い先も長くないこの身、死ぬ前にひと目でも、と」
「そりゃあ……」
商人は、気の毒そうな顔をした。
「気持ちはわかるが、たいへんなこった、その足でなあ……」
「あんた、どこから来たんだ」
「アラハンからですわ」
「なんと。よくもまあ、あんな遠くから」
老人はにこりとわらい、
「それも、あと少しですな。せいぜい、ふんばって歩きますわい」
「そうか……まあ、無理しないようにな」
「気をつけてな」
「ありがとうございます」
老人は深々と頭を下げた。
「ああ、そうだ」
と、老人は思いついたように
「なにか、ゾトの町に、変わりはないですかな」
と、尋ねた。
「町にたどり着いて、娘に会う前に、知っておいたほうがいいようなことは」
「かわり、か」
商人二人は、顔を見合わせた。
「かわったことと言ったら……」
「あれか」
「あれだな」
言い交わす二人をみて、老人の目に一瞬鋭い光が浮かぶ。
「ま、じいさんには関係ない話なんだが……」
そう商人が話し始めたときには、もう老人の顔には、最初の人のよさそうな表情しかみられない。
「姫さまの身体のことだ」
「ほう、姫さまといえば……」
「そうだ、じいさん、あそこで磔にされている、モルーニア姫の首なし死体だよ」
「ああ、アラハンでも見ましたわい」
老人は、憤った顔でいった。
「あれは、酷いもんですなあ、もしもわしの娘があんな目にあったとしたら、例えだれがやったとしても、とても許せるもんじゃあない。仇を討たずには死ねませんな」
「しっ、じいさん」
と、商人の一人があわてて止めた。
「誰が聞いているかわからんのだから、うかつなことを言うもんじゃないよ」
「そうですかの……こんなじじいが何を言っても、目くじら立てるような」
「いや、じいさん、気持ちはわかるが、やめてくれ。ひやひやする」
汗をかいて、手を振った。
ほんとうにおびえているようだ。
「ちょっと同情するようなことをいっただけで、ひどい目に遭ったやつもいるんだよ」
「はあ……」
老人は納得していないようだった。
「それで、その姫さまの身体が?」
「そう、その姫さまの身体だ。それがな、恐ろしいことに」
商人は、身体を震わせた。
「腐っているんだ、無残にも」
「腐っている?!」
老人が、おもわず声を上げた。
その目がぎらりと光った。
「そうなんだ、どろどろに腐って、酷い臭いが広場中にたちこめているんだ。……たまらんよ」
「ああ、あれは……うぷっ……思い出しただけでも胸が悪くなる……」
顔をしかめる二人に、老人が腑に落ちない顔で、きく。
「しかし、おかしいですな、それは。あの、なんとかいう魔導師がかけた魔法で、姫さまの身体は生きているままだと」
「そういう話だったんだ。だがな、俺らが見た身体は、腐っていた、あれは完全に——」
「いったい、なにが起きたのでしょうな?」
「町のものは、魔導師ルビーチェが死んだのではないかと噂している。魔導師が死んだから、魔法が解けて、それで姫の身体は本来の死体に還ったのだと」
「なるほど、それは理屈ですな」
と老人はうなずいた。
「ルビーチェも、なんとか姫の身体を取り戻そうとしていたらしいが、とうとう力尽きたんだろうな」
商人は悲しげに言った。
「ここだけの話、俺らは、ルビーチェ様を応援していたんだ。みんな、そうだ」
「おい、よせよ」
もう一人の商人が、そういう彼をつつく。
「そうだな、しゃべりすぎたな」
そういって、商人たちは、荷を背負い直した。
「じゃあ、俺たちは行くよ。じいさん、あんたも気をつけてな」
「ありがとうございました。きっと、ルビーチェも、草葉の陰で感謝してますよ」
「そうかな……」
商人は、アラハンに向けて街道を歩き出す。
老人は、杖をついてよたよたと腰を上げ、二人に頭を下げて見送った。
33)
商人の姿が見えなくなり、辺りに人影がなくなった。
と、老人の容姿が、にじむようにぼけた。
そして、次の瞬間、そこに現れたのは、ローブをまとったやせぎすの眼光するどい男。
背筋も、すっと伸びている。
男は、早足で、街道のわきの木立に入り込む。
木立の奥、街道からはみえない場所に、野営地がしつらえられて、火が燃えていた。そこにどっかり腰を下ろしているのは、ほれぼれするような巨漢の戦士。
グレンである。
「おう、ルビーチェ、どうだった?」
戻ってきた男——ルビーチェに、声をかける。
「こっちでは肉が焼けてるぞ、食おうぜ」
「ああ、すまんな」
グレンは、肉を刺して火にかけてあった木串を掴むと、腰に付けた袋から塩と香辛料をまぜた粉をとり、ぱらぱらとふりかけた。
「ほらよ」
ルビーチェは、グレンの手から、木串を受け取る。
木串に巻きつくように刺してある、よく焼けた青い肉からは脂と肉汁がしたたり、いかにも食欲をそそる。
実際腹が減っていた。
魔法で老人に偽装し、情報を集めるために、道端にずっと座っていたのだ。
「おう、美味いな」
「だろう? 八尾蛟の肉だ。そのあたりで捕まえて、胴体を一本いただいたんだ」
「これはいける、たまらん」
八尾蛟というのは、蛇の類縁の魔物であるが、一つの巨大な頭から、身体が八本に分かれて伸びており、そのそれぞれがまるで触手のように自在に動いて人を襲う、凶暴な存在である。動きが素早い上に、身体は硬いうろこで覆われ、生命力も強く、倒すには完全武装の兵士の一団が必要とされているのだが。
「で、どうだった?」
グレンに聞かれ
「おかしい……」
と、ルビーチェが表情をかえて、言った。
「なにか、あったのか」
「ゾトからやってきた商人から聞いたのだが、モルーニアの……姫さまの身体が、腐っているというんだ」
ルビーチェが商人たちの情報をグレンに話した。
「おかしいじゃないか、それは」
グレンが問う。
「お前の魔法がかかっているかぎり、姫さまの身体は護られているんじゃないのか? それとも、魔法が切れたのか?」
「そんなことはない、見ろ」
ルビーチェは、野営地に安置してあった大きな布の包みを、両手でかかえて、グレンの横に置いた。
包みをほどいていく。
包みから現れたのは、輝くように、白くたおやかな女性の右腕と、左足。
奪還したモルーニアの身体の一部である。
それは美しく、血も通っているかのようで、腐敗の兆候などどこにもない。
ただ、謎のうろこと、獣毛のようなものが禍々しかったが、この腕と足に、今も生命が通っていることは否定のしようがなかった。
グレンはその腕と足をちらりとみて、顔を赤らめ目をそらした。
ルビーチェは、そうっと、丁寧に姫の手足を布で包み直した。
「おれの魔法は、ちゃんといまも働いているんだ。それは確かだ。この魔法は、姫さまの存在全体にかかっているのだから、一部分だけ腐るなんてありえないんだよ」
「そうか……お前がそういうなら、そうなんだろうな。ということは……」
ルビーチェはうなずく。
「これはどうも、正面からのりこんで、姫さまの身体を奪い返す、ってわけにはいかないようだな」
「ううん」
グレンが、めんどくさそうにいった。
「おれは、そろそろ真っ向から突撃して暴れたいんだがなあ……」
「グレン」
ルビーチェがあきれたように言った。
「あんた、いつも大暴れしてるじゃないかよ」
「お? そうだったか?」
グレンは、豪快にわらって、また肉にかぶりついた。
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