第百二十五話 フォンヒーローと空想種
空を飛ぶ軍用機のヘリは、破壊される町を歯痒く見ていた。間一髪のところで救助された民間人も、空から、呆然とその町の有り様を見つめている。
「くそっ! せめて、空から奴らを攻撃できれば……!」
武装はある。しかし、上から許可が下りていない。まだ地上には民間人が息を潜めて隠れているし、そもそも、町に向かって射撃などできるはずもなかった。
「待て。アレはなんだ……?」
ヘリに乗る隊員の一人が、その姿を確認する。
空から、妖異殺しのが孤軍奮闘している姿は確認することができた。しかし、それ以上の異変が、何かが起きている。
紅い、大気を切り裂くような魔力が、空を埋め尽くすように立ち昇っていた。
ヘリの方をじっと地上から見つめていた、ビルに絡みついている蛇の妖異が、輝きの方へ向かった。
新たな、決して無視してはいけない存在の登場に気づいた妖異の群れは、次々とその紅い魔力の元へ集う。
荒廃した横浜の街の中。妖異の侵攻を抑えきれず部隊が撤退し、取り残された市民を見捨て、放棄された沿岸部の中心地にて。
渦より脱出した彼は、敵を蹂躙する。道を作り、少年を守りながら、他の市民を集め、彼一人で、包囲してくる妖異の命を刈り取っている。
尋常でないその姿を空から観測する彼らは、動揺した。
「誰だアイツは! どのデータベースにもあんなやついないぞ!」
即座に無線通信で上へ状況を報告し、彼が何者かを問う。しかしこれは彼らにとっても想定外のようで、指示を受け取るまでに少しの間があった。
遅れて、彼らにこんな指令が下る。
『彼が守っている市民……全員を救助しろ。しかし、交戦の必要は無い』
『不可能です。周りにはまだ多くの妖異がいます。高度を下げれば、奴らの射程に……』
『問題ない。行け』
『……了解』
恐る恐る、パイロットが操縦桿を動かした。彼の予想した通り、地上からの対空砲火が飛んでくる。
しかし、不思議と弾が、一発も当たらない。まるで弾丸が彼らを避けていくかのように。
「は、ハハハ。俺たちはついているってことかな」
「……他にも部隊が投入されたらしい。俺たちが収容できるだけの民間人を載せて、一度退くぞ」
真っ直ぐに、致命的な軌道を取った弾丸が飛んできた。彼らが反射的に、目を瞑る。
間に割り込んだ紅迅の魔力。そこには、サマージャケットを靡かせる男が右足を伸ばして、魔弾を蹴り返している姿だった。
確実に、守られている。
空を行くプログラムコードの数が、だんだんと減ってきている。
椅子に座る空閑肇は、じっと目を瞑りながら、戦いの終わりを感じ取ってきていた。被害は甚大であるが、この規模の侵攻があったことを考えると、国が崩壊していないだけマシというものである。
それに、鍵は守り切った。
彼はこれから、鍵の奪い合いに参加することになる。鍵がこちらの手に収まってくれてもいいし、その鍵が自ら、扉を開けるという形になっても構わない。ただ鍵は、あの暴風の男からは絶対に守り切らなければいけないのだ。
「おい。童。なかなかおもしろうやつが戦っておるようじゃな」
「ああ……今、横浜で戦っている男のことですか」
「そうじゃ。まるであの竜の様じゃのう。魔術師と妖異殺し、形は違えど中途半端に混ざり合っておるわ。その果てに生み出されたあの術式、相当に強力じゃぞ」
ゴロゴロと寝っ転がりながら、ポテチを食べて観戦していた老桜が、空閑の方を向く。
「……彼の決戦術式は、『気怠げな主人公』と言います。物語の術式と赤穂の領域を広げる術式が混ざり合った、DSプレイヤーの持つものの中でも最強の一角となる術式です。性質で言えば、あの倉瀬広龍の『残骸なき征途』に近いでしょうか」
「ほう。確かに、絡繰り使いの中でトップクラスに強いのは、お前が飼っているあのいくさびと、竜、そしてこの男に、他の……二人くらいじゃろうか。その評価は正しかろう」
眼鏡をくい、と動かした空閑が、プログラムコードを眺め、裏世界の住人と佐伯初維が戦っていることを確認する。勝負は五分以下。あの大老は、何を思って彼女を戦わせようと思ったのだろう。絶対に彼自身が戦った方が良かった。
指揮者となる人物である彼と空閑が、噛み合わなかったことが原因だろう。妖異殺しは、無辜の民を救うことに命を賭す。可愛い孫娘であったとしても、彼はそれを少女に求めるらしい。
「あの術式は、あるエンディングを目標とした物語を設定することによって、その達成のための力を引き出すという術式です。それも、無尽蔵の魔力を」
「……ははあ。壊れておるのう。要は、妾が重世界から魔力を引っ張ってきておるように、その物語の術式は、重世界から魔力を抽出して、支配下に置くという術を持っておるということじゃろう? あの竜もそれは同じよな」
「その通りです。しかしどの状況でも使えるというわけではなく、その術式には行使する条件があります」
くくく、と笑い始めた彼が言う。
「それは、『誰かを助けるためでなくてはならないということ』。私利私欲のために、彼はこの能力を使うことが出来ません。なんとか発動することもできなくはないですが、凄まじい精神的負荷を負います。二回使えば、自殺するんじゃないんですか?」
「カカカカカ。とんでもない欠陥よな。道理でおぬしが手元に置きたがらないわけじゃ」
「しかし、その分本当に強力です。特に、その術式が持つ最強の切り札に関しては。そら、見届けましょう」
世界が彼に傾いている。
空挺降下、ヘリでの救助、地下鉄の路線を移動し、地上に出て、救助活動を始めた部隊。
本来であれば、絶対に彼らが襲われてしまうはずであるというのに、不思議とそれはそう定められた物語のように、スムーズに救助活動が進んでいく。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
市民の女性の一人が、城戸にすがりつきながら、感謝の言葉を述べていた。
「まだ、行かねばならないので」
笑みを浮かべた彼が、一瞬表情を真面目なものに変えて、ビルの陰から飛びかかってきた妖異を蹴り殺す。
まるで正義のヒーローのようなその姿に、皆が目を見張った。
誰も見たことがない。誰も知らない。
ヒーローらしく、コスチュームを着ているわけでもなく、ただ夏の暑い気候に合わせた格好をしている。
しかし、それでも。
一目見ただけで彼はヒーローであると思わせる、何かを持っていた━━━━
彼は駆け抜ける。
ただ我武者羅に、汗を流し、人々を救おうとストイックに過ごしていた、あの頃を思い出した。
彼は感謝する。
年を喰って、青い情動を馬鹿にして、斜に構えて、くだらないモラトリアムに浸っていた自分を刺激して、笑いかけてくれたあの佐伯初維という名の少女に。
ああ。彼女は可哀想だ。いや、同情は要らないと怒るのかもしれないが、彼女はまだ子供だというのに。誰も彼女の楽しみを、彼女を見ていない。佐伯家に所属する妖異殺しとしてしか彼女のことを見ず、まだ彼女が女子高生の年齢であることに見向きもしない。
あんな年齢のガキなんて、タピオカ飲んで写真撮ってあげて楽しそうにしているだけでいいのに。
戦うのは、大人の役目のはずだ。
彼女は、爽やかな青春の味がするしゅわしゅわの炭酸飲料も、甘い恋心が溶けたソーダフロートも、何も体験したことがない。
それに小さな憧れのある彼女は、それをできるだけ言語化しないように、自分で気づかないようにして、蓋をしている。
今も、一人で戦う彼女の気配が向こうにあった。
市民を保護し彼らが襲われないようにと、一人、何かを食い止めているようだった。
彼女の元へ一刻も早く向かいたいのに、妖異が立ちはだかって、邪魔をする。
「どけェッ!! ……設定!」
壊滅状態という言葉が、相応しかった。
「み……んな……」
東京で雨宮の妖異殺したちと共同戦線を張った後、横浜に転戦した彼女たちは、戦いを優位に進めていた。佐伯の大老の依頼にあったとおり、一体で戦況を変えられるような存在━━その討伐を目指して、訪れたそこは、確かに地獄だったが、彼らは妖異殺しの名家。佐伯家。問題なく、妖異を掃討し、市民の避難誘導に移ることに成功した。
しかしながら、風向きが変わったのは━━初維の補佐役である妖異殺しの一人が、簡単に首を断ち切られ、殺されてしまったときからだろう。
物言わぬ生首が、初維の方に視線を向けながら転がっている。
初維は髪の毛を一本ちぎって、食み、ナイフとした。
佐伯家の妖異殺したちを率いる佐伯初維は、今、苦境に立たされている。
立ち並ぶビルの狭間、穴ぼこになり舗装が剥がれた道路の真ん中に、奴は立っている。
ピンク色の肉体。体を覆う皮膚はなく、筋肉が大気に晒されており、脈動するその動きが透けて見えていた。仁王立ちするその妖異━━否、裏世界の住人は、両腕を大剣とし、紫電を纏って、背負うバックパックから魔力の炎を立ち昇らせながら、彼女たちを各個撃破していった。
奴の機動力、膂力を止める術を、初維は持ち合わせていない。
目の前で一人ずつ、ゆっくりと、仲間たちが殺されていった。撤退しろという初維の叫びも、妖異殺しの誇りを持つ彼らは、佐伯直系の淑女である初維を置いて逃げることのできない彼女たちは、恐怖の声を必死に呑み込みながら、一人ずつ、犠牲になった。今では、動ける妖異殺しが、初維以外一人もいない。
(初維様。おやめください)
信頼している妖異殺しの男。彼は、一番最初に斬り殺された。
ビルの陰から気配を殺して奇襲を仕掛けてきた奴に、気づくこともなく、談笑しながら死んでしまった。体に線が二本走って、物言わぬバラバラの肉塊となった。
(初維さま。これ、ないしょですよ?)
怒る彼の目を盗んで、彼女が食べてみたかった甘味をこっそり買ってきた、年上のお姉さんみたいな妖異殺しがいた。その後怒られちゃったらしいけど、彼女は凄く嬉しかったのを、まだ覚えている。
そんな人の内臓の色は、てらてらと輝くピンク色なんだなって、初めて知った。
個人戦闘に特化した装備を着た裏世界の住人。
彼らは確かな技術を持っており、駆け引きを持ち込んでくる。
チェーンソーを蒸かすような音が、空に響いていた。
(クソっ! どこから来る……?)
ビルの壁面を滑るように這い、敵は隠密の術式を発動している。出来ることなら目視で奴を発見したいが、奇襲のチャンスを伺う奴を探して、初維は思わず魔力探知の術式を発動してしまった。
甘えたその一手は、この戦いにおいて、最大の隙となる。
暴虐の風が、横切った。
(あっ────や──)
がくんと世界が揺らいで、彼女は地に倒れ伏した。
芝桜の魔力が霧散し、彼女は力を失った瞳を瞬かせながら、冷静に状況を分析する。
かんかくが、ない。
唯一無事だった首をゆっくりと上げて、彼女はぜんしんをみた。
(あぁ……)
「初維ちゃんの、手、と足、なくなっちゃった」
肉の断面が、陽光に照らされている。
自分は妖異殺しだから、こんなこともあるけれど、ちょっと、自分の未来を想像して、ないちゃった。今死んでも、もし生きれたとしても、なにもできないや。
乱反射して歪んだ紅色の輝きを、彼女は視界の隅に見る。
そこには、男が立っている。
ああ。彼女が、傷を負ってしまっている。守られなければならないはずの彼女が、妖異殺しの少女が、自由を奪われてしまった。
どのダンジョンでも見たことのない、両腕を回転する剣にした肉の鎧に身を包む敵が、目の前に立っている。夏の燦々と輝く太陽を浴びて、へし折れた信号機の上に立ち、斬り飛ばした彼女を前にして、トドメを刺そうとしていたようだった。
彼女は確かに英雄のように、多くの人々を救った。伝え聞いた妖異殺しの矜持、誇りを体現したかのような彼女に、人々は口々に、上っ面だけの感謝の言葉を述べるのだろう。誰も彼女の未来を、彼女の喜びを、考えようとしない。すべて無視して公共の下に消費し尽くし、投げ捨てる。彼女は〝みんなのために犠牲になった可哀そうな英雄〟として描かれ、その後の彼女の物語は、誰も知ったこっちゃない。
忌まわしき妖異殺しとその術式によって生み出された、絡繰り仕掛けの武器を俺は手に取った。
魅せつけろ。全て救ってしまえ。そんなメリーバッドエンド、都合よく破壊してしまえばいい。
何故なら俺が設定したこの物語は、彼女のハッピーエンドなんだから。
そのエンドマークは打たせない!
「『物語の強制力』!」
ノイズと千景万色が重なり、世界が書き換わる。
意識がズレ、揺らぎ、決定的に何かが切り替わった。
今、助けを待つ少女は、涙が溢れた両目を擦る。
その後、両手を広げて、まじまじと見ていた。
「あ、れ。初維ちゃんのおててと足、まだある……?」
「……〝彼女は敵の殺気に当てられ、その先に訪れる未来を幻視しただけである。実際にはまだその出来事は起きていない〟」
彼が指先を伸ばす。
相対する敵が今、右腕を伸ばす。
プログラムコードが地に落ちた。空閑からの解説を受けた老桜は、驚愕の声を上げる。
「ハァ!? 未来過去現在の書き換えじゃとォ!?」
「その通りです。彼が設定した物語にそぐわない現象に対して、因果律の操作が可能です。例えば……アクション映画で、銃撃戦が行われた時、主人公側が撃つ弾は全て敵に当たるのに、敵の撃つ弾は主人公たちに当たらない……そんなことが起きるじゃないですか。もし最初に設定した物語のエンディングにそれが必要なのであれば、彼は同じようなことを再現することができます。攻撃を喰らい続けても異常な回復力を見せ復活するとか、どう見ても返り血を浴びていて感染するはずなのにしないゾンビ映画の主人公みたいなこととか」
「わぁ……何でもアリじゃのう。それ、ワンチャン妾を真の意味で殺すことができるではないか」
誰かを助けるためにしか発動できないので、貴方が大人しくしていれば問題ないですよ、と空閑は小言を言う。
「今彼は、〝佐伯初維という少女が救われる〟物語を設定しました。彼女が身体の自由を奪われるというのは、その物語のエンディングにそぐわない……なので起きた出来事を別方向に解釈し、捻じ曲げた。素晴らしい、やはり、ダンジョンシーカーズの手によって術式は革命的な進化を遂げている……」
魔力の光によって映し出さた映像は、彼の決定的な勝利を物語る一撃を見せている。
彼は、私をお姫様抱っこにして抱えながら、とんでもない量の魔力を孕んだ右脚を繰り出して、あの敵を打ち破った。空に紅迅の余波が残り、雲が紅色に照らされる。奴は両腕の剣の回転を、電池の切れたおもちゃみたいに止めて、その後、妖異殺しのように灰となって霧散した。
「……? 君たちは……」
下からずっと彼の顔を見つめている私の視界には、その姿は見えないけれど、どうやら人が四人ほど、やってきたようだった。しかしそのうちの一人は人と断言することはできない容貌と魔力の感触をしており、城戸さんが警戒をして、私を守るよう胸に強く抱きかかえながら、鋭い視線で彼を見つめている。
あ、やぁ……
「…………あぁ。まに、あわなかった……」
随分と、弱弱しい声だった。彼は……倉瀬広龍は、私たちを見るのではなく、空に流れていく灰塵を見つめながら、そう呟いている。
「あんた、桜のところであった城戸さんじゃないの。ほら。倉瀬くん。あれをやっつけたのなら、相当な腕前ね。滾るわ」
「……楠晴海。俺はお前と、戦う気はない」
楠晴海という、爺さまが超要注意人物として挙げた探索者。それに加えて、あの竜もいる。敵意を抱いているわけでもない彼らを前に、ビビりな私は、ちょっと震えてしまった。
彼はこちらに笑いかける。大丈夫だよって。
あぁ……やっぱり……ほんとうに、単純だけど。
私はこの人に、恋をしてしまったみたいだった。
〝裏世界の住人〟の行く末を確認した倉瀬広龍率いる雨宮の一党は、その任務を終えたと解釈し、雨宮の重世界へ帰還した。空閑肇の命令を受け行動していた楠晴海も、重世界へ行方をくらます。単身、遅れて戦いに参戦し、そのうちの一体を葬り去った城戸雄大は、日が沈み力尽きるまでの間、その紅色の魔力を空に立ち昇らせながら、〝ヒーロー〟と形容するに相応しい数の妖異を撃破し、人々を救った。
深夜。零時を回るころ。
トップヒーローと名高い、『消し炭姫』と呼ばれる灰原優は、ビルの屋上に立っている。パーカーに手を突っ込んで、ラフな格好をした彼女は、時を待った。
『灰原。時間だ。町に隠れ潜んでいる妖異どもを、今から狩り尽くすぞ……!』
『了解……『響く零時の銃声』』
黒迷彩柄のドレスへ姿を変えた灰原は、御伽噺の魔力を展開した。
かぼちゃのミサイルポッドが斉射を開始する。ガラスのカラシニコフを手に取った彼女は、突撃を開始した。
彼女の手によって、裏世界から侵攻してきたほとんどの妖異は掃討され、撃滅された。
日本という重術先進国を相手に、裏世界は侵攻を行い、とてつもない爪痕を残していった。
まだ、この戦いの名前も決まっていない。
これから被害を受けた関東が、日本が、世界がどうなっていくかなんてのは、この竜の瞳でも分からなかった。俺は俺と里葉、そしてみんなの未来のために手を伸ばして、必死に足掻いて、これからも生きていく。
でもきっと、これは俺のエゴだ。
蓋をしてしまえばいいものをわざわざ開けて、厄介事を抱え込もうとしている。
重世界の海を掻き分け、作り上げたあの空間へ辿り着く。
ねえ。もう、死んじゃって魂械になってしまったお父さんとお母さんへ。
貴方たちは、元気ですか。
私たちは、元気にしていません。今、迷子になっています。
国がなくなっちゃって、王族から重罪人に転落した私たち兄妹は、わたしたちの真反対に住む悪魔たちの国へ武器を持って追放される、死刑の中でも最も重い極刑になっちゃいました。
お兄ちゃんは一人、対裏魔人近接兵装に身を包んで、激戦区に放り込まれました。
私たちは、対裏魔人汎用兵装を与えられて、二人で戦わせられました。
お兄ちゃんは、一人死んでしまって。
おそろしい、魔人を四人……それも、そのうちの二人は私たちの世界に侵攻してきた、超好戦的な魔人……イグザと呼ばれる連中を相手にさせられた私たちは、負けてしまいました。
それで、どこかも分からない重世界の海の中で、閉じ込められています。
今、重世界の扉が開きました。
そこには、私たちが戦ったあの悪魔が立っていて、カツカツと音を鳴らしながら、こちらに近寄ってきます。
怖くなった私たちは、二人寄り添って、震えていました。
けれど、よく見るとその悪魔は、昔、おじいちゃんとおばあちゃんが言っていた、私たちの一族を助けてくれた〝風を纏う悪魔〟に似ていて。
その体の半分は悪魔のものではないようで、怖かったけれど、不思議と、直視することができました。
「…………」
その男は、何も言わず、私たちを上から見下ろしています。
彼は、言いました。
「俺の名前は、倉瀬広龍。君たちは?」
彼は、重世界の……古い、龍の一族の言葉を使っています。古語と言っていいそれを前に、私たちはたどたどしくも、彼と意思疎通を図ることができました。私たちに、この世界の言葉は分かりません。けれど、重なる世界の言葉なら、分かります。
「そう、か。君たちは、ドクとオルって言うんだね。どちらも、女の子か」
変な発音だったけれど彼は、私たちの名前を呼んでいます。
「ねえ。ドク。オル」
「どうか────────」
「話をしようよ」
笑いかけた彼は、こちらを見ています。
まだいくつか話の投稿は続きますが、これにて三章完結です。
また、ダンジョンシーカーズ二巻の発売が11/15日 一二三書房サーガフォレスト様より決定しております。これも読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。
後書き下部に表紙を追加しておいたので、是非ご覧ください。めちゃウマです。里葉の太もも……
白川事変こと二章の内容が、挿絵八枚付きで書籍化されています。続刊出したいので、一巻二巻ともに宜しくお願いします!
七篠康晴