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第百十五話 凍雨、芝桜

 


 夏天。霞の空の下、里葉たちは駆ける。

 政府による広報が行われていた避難マニュアルの通り、屋内で息を殺す市民を救うため、シャッターを下ろし救助を待つ彼らのために、雨竜隊は周辺の妖異を撃滅せんと、決死の覚悟で戦いを挑む。


 戦いの中心、台風の目となり、東京の街で戦い続ける里葉たちの動きに合わせて、続々と、重家の峰々や民間の者たちが援軍としてやってきていた。


 透明化させた盾を蹴り、宙を飛び跳ねるように走る里葉が、動かしていた金色の槍を小さな刃に変形させ、繊細に動かし、大胆に貫いて妖異を討ち取っていく。


 彼女は伝承種 海坊主を皮切りに、既に複数体の伝承種を討ち取っていた。

 透明化させた刃は全て友軍のために控えさせており、被害はほぼない。その煌びやか戦果を前に、他の重家からやってきた妖異殺しの一人が、目を戦慄かせた。民間のデバイスランナーも、その化け物じみた動きに、見たことのないものを見るような目をしている。


「あれが、凍雨の姫君……! 幹の渦を打ち倒したというのは本当なのか!」

「なんだあの子……!? わけわからん!」


 彼女に侍る村将が、誇らしげな笑みを浮かべながら、妖異を焼き殺した。

 しかし当の本人は、この状況に焦りを抱いている。


 (やっぱり、決定打を与えられていない! もう一回、妖異の援軍が来るだけでここも崩壊する!)


 頭をとにかく回転させ、彼女は考える。今、この場所で最も強いのは里葉だ。自分の一挙手一投足で、戦線が崩壊しかねない。一見安定しているように見えて、余りにも危うい。


 (出来れば一度押し返して、既に避難が完了した湾岸部を決戦の地としたい……だけど、街中の奴らを殺し切れない!)


 彼女の生きる意志となった、妖異殺しの誇りのために。彼女を信じて送り出した、彼に応えるため。ここは絶対に、負けられない。

 まだ使っていない、()()()()()()について、考え込む。もしあれを使うのならば、完全に押し切れるタイミングじゃなければダメだ。伝承級武装を同時に使用するという特性上、あれをやってしまうと、魔力切れを起こしてしまう。


 険しい顔をした彼女が展開する金青の探知範囲内に、新たな存在が現れる。そしてそれは、妖異のものではなかった。


 魔力を瞳に込め、地割れのような罅が入った道路の方を見る。そこを闊歩する集団を見て、彼女は期待を胸に抱いた。


 和洋折衷の装具を身に包み、多種多様な武装を持つ彼らは……中立派の中核。

 その先頭に立つ少女は、既に戦闘を何度もこなしたのか、血と泥に塗れ、芝桜の魔力を展開し、いつでも戦える状態にある。


 花柄のそれは、荒廃し混沌としたこの場所でも、天真爛漫に輝いていた。


「……雨宮に合流し、援護しますよ。みなのしゅー」


「佐伯……初維!」


 里葉は、自身が佐伯の大老に斬られたあの日、側にいた少女の面影を彼女に見出す。あれから少しの時しか経っていないが、随分と成長したようだ。聞く噂も全て、勇猛果敢のものばかりで、ここに新たな特級戦力がやってきたことを確信する。


 特異術式を発動し、過程を切り取ったかのような移動を開始した佐伯初維の姿を見て、ここしかないと里葉は確信する。


「佐伯初維! 今から反転し、攻勢に出ます! 雨竜隊が中心になる! 援護を!」

「わっ……いいですよ! 合わせます!」


 ポニーテールから髪の毛を千切り、それを食んで息を吹きかけ、初維が投げナイフを作り出す。

 神速を以て放たれたそれは、里葉の征く道を遮ろうとした三体の妖異の脳髄を撃ち抜いた。今から里葉が何をしようとしているのかを初維は知らなかったが、時間を稼ごうとしている。



 金青の魔力を高め、夏空を染め上げる。



 彼女は空を舞う金色を、全て手元に集めた。吸い込まれていくようなそれは、手を中心に渦潮が生まれたかのようである。


 金色の正八面体となったそれを、地に撒いた彼女が、あるものを作り上げる。地から生えるようにして、それは出来上がった。


 細やかな意匠をした、全身鏡。

 煌びやかなそれは今から、この世で誰が最も美しいかを問うことができそうである。


「……『迷い人の(ワンダラーズ)旅行鞄(キャリーケース)』」


 里葉が雨宮仕置のため、大枝の渦を攻略した際、”燃石山王”という伝承種を撃破したときに用いていた、里葉の第二の武装が、鏡の世界から飛び出てやってくる。


 腕を空に伸ばし、ライナーをキャッチする外野手のように、アンティーク調の旅行鞄の持ち手を掴んだ。里葉が鞄の留め具を外し、それを開けた。その動きで、持ち手に付けられた水色(アリスブルー)のリボンが揺れる。


 その鞄は、何も入っていないように見えてどこか別の場所に繋がっているような、そんな感覚を目撃者に思わせる。無限の可能性すら秘めていそうな、迷い人を導くという伝承の鞄が、今開け放たれた。


 (まだ本当の使い方は分かっていない……でも、十分!)



「来て! みんな!」



 その言葉に合わせて、鞄の中から四つの光が飛び出す。

 伝承級武装である、『迷い人の旅行鞄』。彼女は、それを広龍から受け取った時のことを思い出していた。


(『里葉。俺は……何か新たな能力を里葉に与えるより、今里葉が出来ることを、長所を、更に伸ばしていった方が良いと思うんだ。そして、この鞄は、それにピッタリのものだ』)


 彼の言う、この伝承級武装の能力と思われるものを端的に表すのならば、それは━━援軍や武器の召喚である。


 飛び出してきた四つの光が実態を伴い、その姿を白日に晒す。

 それはまるで、二足歩行のデフォルメされた人形のような、着ぐるみのような存在だった。身長はせいぜい小学生と変わらないくらいで、まさしく、可愛らしいという言葉が彼らを表すには適切だ。


 一匹目は、シルクハットを被りネクタイをしている、白兎である。手には彼のサイズに合う大きさのトランプカードを持っていて、それをひたすらシャッフルしていた。


 二匹目は、ローブを纏い、手に宝珠付きの杖を持つ灰兎。目の前にいる妖異たちを見ては、怯えるような仕草を見せたが、宝珠の先に灯る光は、彼らを掃討するには十分なほどの魔力が込められている。


 三匹目は打って変わって、ブリキの体で出来た銀兎。彼が動くたびに、間接が軋む音が聞こえきたが、手にする斧を振るうには、不安はなさそうだ。


 そして最後に、鎖帷子を着て、その上に特別な意匠を施されたサーコートを着る白兎が、里葉に侍るように立つ。マントを翻してロングソードを手に持ち、構えを取る彼は、まるで主君に仕える騎士のようだった。



 ”兎人形の四従卒(ラビットサーヴァンツ)”。迷い人を助ける存在として現れた御伽話の存在は、彼女の助けとなろう。



 ちなみに彼女は猫派だったが、別に兎も嫌いではない。


「今、この場にいる全員! 今から私が、一騎駆けをします! 我こそはというものは、私についてきなさい!」


 その宣言に合わせ、彼女は再び金色を大量展開する。

 この『迷い人の旅行鞄』から出てくる御伽話の仲間たちは、独立行動が可能だ。故に、青時雨と違い思考のリソースを割く必要がなく、彼女の金色はそのまま活かすことができる。しかし、彼らの動力源は里葉の魔力となるため、『才幹の妖異殺し』となり、更に強くなった里葉でさえも、短期決戦が限界だ。


 しかし、この『迷い人の旅行鞄』の真の能力は、どこか、他のものに思えてならなかったが、今はこのままで良い。


 里葉に反応した村将が、即座に彼女の後ろに付く。

 初維は逆に、里葉と並行するような位置を取って、援護の準備をした。


 四匹の兎が、彼女のための道を切り開く。

 その剣は妖異を切り裂き。

 宝珠からは緑色の魔弾が放たれ。

 投擲され空を舞うトランプカードが金色に交じり敵を打ち倒し。

 ブリキ人形の兎が、群れを押しのけて、彼女のための道を作る。


 ただただ、無我夢中で里葉は駆けた。

 直接槍で敵を切り裂いた。体を捻り回避して、防御のために止まることはしなかった。

 金色を上手く動かし、ただただ敵の群れに穴を開けることに集中した。


 里葉の動きで乱れた群れの陣形を見て、佐伯家の者たちが重家の峰々や民間の者たちを誘導し、包囲するような形を取る。


『クォォオおおおおおおおおん!!』


 群れに呑みこまれた狼の伝承種が、身動きを取れなくなっているところで、兎の騎士と兎の紳士の攻撃に合う。


 トランプカードが全身に突き刺さり。

 鋭く振り放たれた刃に、刀傷を得て。


 伝承種が、灰塵となりて霧散した。








毎日更新ギリギリの状態ですので、どこかで息絶える可能性があります。

お許しください。

書籍、まだまだ発売中です。書店さんやショッピングサイトでお求めできます。よろしくお願いいたします。

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