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第百十四話 デバイスランナー



 金色の刃は空を駆け、空飛ぶ妖異を撃ち落としていく。

 金色の盾の上に乗り、槍を構えた里葉が、今、右に薙ぎ払いを放ち、妖異を真っ二つに断ち切った。宙にて爆ぜたそれは死灰となって、降り注ぐ。


 ここは、東京湾に近い場所。都心のようにビルの森が出来上がっているわけではないが、それでも、多くの建造物が立ち並んでいた。


 建物と建物の狭間を抜け、妖異殺しを狙わんと拳を振るい、雄叫びの声を上げた妖異の姿を見る。

 振り上げた拳は勢いを増し、風を切る轟音を響かせた。


 その烈風を浴びた妖異殺しの一人が、両腕を構え風圧に耐えようとする。


 海中より突如として現れ、船を破壊するという伝説を持つ妖異。

 伝承種。海坊主。

 無毛の青い、でっぷりと太った中年男性のような肉体が、日に照らされて、てらてらとした輝きを見せていた。


『ウメぇまあああまっまママママママ」


 雨宮の最精鋭で構成された、第一分隊の隊員が二人、ビルの壁を蹴り跳躍し、海坊主へ斬りかかる。


「はぁあああああ!!」

「ふっ!」


 コンクリートを震わせる、足踏みの音がした。

 雑居ビルほどの大きさを持つそいつは、その見た目とは裏腹に、軽快にステップを刻み、雨宮の妖異殺したちの攻撃を避けていく。

 槍の一撃を回避し、翻った勢いのままに回し蹴りを放とうとしたその動きを見て。


「どきなさい! 私がやる!」


 金の盾から飛び降りた里葉が、切先の煌めきを見せた。

 それは金青の光を纏って、夏空に瞬く。


「……透き通るように 消えてしまえば!」


 既に数十本という槍を透明化させていたのだろう。彼女のその言霊に合わせて、見えない槍たちが揺らめく。


 海坊主の全身に裂傷が生まれた。

 貫くように体を破壊していった凍雨は、致命傷となる。

 しかし彼女は、気を抜かない。まだまだ周囲に、もっと多くの妖異がいる。


 蠢く百鬼夜行。

 全身に眼球を載せた黒鬼。

 顔から四肢が生えている、違和感を覚えさせる見た目をした蛙に、ビルの裏から顔だけを見せる飛蝗の妖異。その全てが、伝承種に近い魔力を孕んでいた。


 彼女一人でやれなくはないが、そうすると防御に回していた力を攻撃に割くことになる。まず間違いなくこちらにも犠牲が出るだろう。


 しかしそれは、指揮官が求めているものではない。


「一度、村将たちと合流し━━━━」


 ピシ、と、空が再び割れる音がした。

 破砕音を響かせて、空間の破片が、この表世界に降り注ぐ。


 キラキラと輝いて、見えた虚空の狭間から。

 また、妖異が降り注いでくる。


 見慣れたやつもいれば、見慣れないやつもいる。

 群れの中には大粒の奴も混じっていて、まだ主力が完全に展開され切っていないことに彼女は気づいた。


 驚きの声を無理矢理吞み込んで、彼女は叫ぶ。


「対空砲火! 打撃を加えた後、一度退く!」


 ビルの屋上に取りつき、蝙蝠の羽根を一から生やした黒い蜥蜴のような生物が、じっと彼女たちを見ていた。






 何かの言語だけが並んでいく。

 ライトグリーンのプログラムコードを見て、今、空閑は状況を把握した。


 妖異の主力の展開が行われている、東京、神奈川の沿岸部。

 首都の空に妖異を展開するという安易な方法を取らなかった敵を彼は一度褒めたたえた。もし、そんな方法を取っていれば、すぐさま彼の仕込みが発動し、死灰の雨が降り注ぐこととなっていただろう。


「……問題はない。東京には、多くのプレイヤーがいる」


 それよりも問題なのは、横浜の方だ。あちらにはプレイヤーが少ないので、情報の精度が東京に比べると落ちる。


「私が直接動かせる手駒が少ない……自身をも手駒とするか……いや……ここは重家を信じよう」






 首都東京。表側の動きを牽制するためだけの、まばらな妖異の展開が行われるそこで、一人のヒーローが戦っていた。

 彼のヒーロー名は、シュウネン。その名の通り、才能はないが執念だけでヒーローになってみせたという男である。エピソードトークの鉄板ネタとなっている、社長の前で泣きながら土下座したという話は、今では誰もが聞いたことがあった。


 執念の二文字が書かれたマントを背負い、マスクを着けて、メキシコのプロレスラーのような恰好の彼を、皆はヒーローと褒めそやす。


 (ま、全部カバーストーリー。演出のためのものだけど)


 民間人では判断できない、超小型のマイクで男の撮影をしているベータ版トッププレイヤーの本宮映司(もとみやえいじ)は、一人ニヤリと笑った。シュウネンの戦う姿を上手くフレームに納める彼は、キレキレである。


 ヒーローのシュウネンは、平和を守ることにご執心。

 彼は、そういう設定だ。無論、本気で救助するつもりはあるし、平和を守りたいのは事実だけど。


 ビジネスこそが、崇高な理念を支えると彼は知っている。


「はいはいはいシュウネン(山田くん)今めっちゃ良いPV出来てるよ! いいよいいよ! はいアッパー! いいねぇ~」


 上手くシュウネンをおだてながら、彼はこの後のことを考える。どうせ今は大混乱の状況だ。そんな中でこんなクールな映像を用意しておけば、間違いなく報酬は弾むだろう。何度も映像はニュースで使いまわされ、自分の名声も上がる。


 染められた彼の金髪の狭間から、出世に飢える彼の目が見えた。


(やっと俺にもツキが回ってきた……和服着たくっせえ連中に襲われ、同じような境遇の奴が集まるのかと思えば全然意味わからん連中しかいなかったあの『ダンジョンシーカーズ』を脱出し、動画配信者になった)


(しかし、海外企業に依存する動画配信は、安定的ではない……今では、ようつべくんも過去のもの)


 ダンジョン攻略の様子を、語る動画を上げた。

 戦い方を教える動画を上げた。

 妖異に襲われたとき、どうすれば良いかを教える動画を上げた。

 猫の動画を上げた。


 そしてなんやかんや紆余曲折あった後に。

 重世界の陰謀論の動画に、手を染めた。


 我ながらカスすぎる、と彼は自嘲する。


(そんな中、降って湧いたヒーローのサブスク配信サイトの話。のっからない手はない。こんなクソみたいな災害も起きて重世界とかいうわけわからん奴も出てきて、俺たち若者がすべきことは、間違いなくFIREの一択)


 DSと動画をやっていたおかげで、貯金はある。今必要なのは、社会保障と安定性。


「ふふふふ! 世はまさに、大雇用安定時代!」


 カメラをのぞき込む彼は、ニコニコと笑っている。

 しかし、その時。完璧な構図のはずだった彼のフレームに、違和感そのものが映りこむ。


「あ……?」


 画面上をひょこひょこと動くのは、二人の男女。

 一人は、和洋折衷のワンピースに身を包み。可愛らしく髪を纏めて、ちっちゃなツインテールを作っていて。

 もう一人は、明らかに女の趣味で着させられましたが、もう少し着こなしてあげたいですねみたいな恰好をした男が立っている。


「あああああ!! もう!! 戌井くんとせっかくおデートしてたのにぃいいいい!!」

「ご、ごめん立花さん。僕、予約もできないし道案内もできないし何もできないし妖異は来るしもう僕が全部悪くてそれで」

「ううん。いいの。戌井くん。私、楽しいから♡ まさひとくんだーいすき♡」


 とかなんとか言いながら、妖異をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。


 墨色の魔力を手に灯し、立花が妖異を思い切りぶん殴った。

 その余波で生まれた墨染の桜に、確かな泥色の魔力が混じっていて、男の方も、なんやかんや自省の言葉を呟き続けながら、彼女を支えるように立ち回り、妖異を倒している。


 (クソッ! なんだあいつら!? いや、あれって確か、あの桜映えスポットにいた……俺渾身のカメラワークを邪魔しやがって! クソバカップルが! 殺す!)


 しかし彼はプロ。自分を切り替える術を持っている。


「はい山田君一度アングル変えるよ! あ、今の妖異三連発凄くいい! かっこいいね~ナイスシュウネン! いいよぉ!」


 (チっ……しかし、妖異が多いな。数増えてきたけど、シュウネンくん死んだりしないよね?)


 普段であれば打ち止めになるはずの妖異が、続々とやって来る。シュウネンくんもハァハァと息を切らしていて、なんかヤバそう。そもそも、あのバカ二人組にも妖異の注意が集まっているはずなんだけど。


 (アハ。これちょっとヤバそうだな)


 なんかいい感じに映像が映えるキラキラした魔力を展開する本宮が、シュウネンの代わりに妖異を蹴飛ばし殺す。なんだったら、身のこなしは彼の方がずっと上だ。


「はいカット~! 雑魚カッカッカット~! シュウネンくん、はいお水」


「えぇ…………ありがとうございます」


「じゃ、お水飲んだ後、俺が妖異追い立ててくるから、シュウネンくん大群と戦うカット撮ろうか」


「え?」


「行ってくる」


 そう言い残し、なんかいい感じに映像が映えるキラキラした魔力を展開した本宮が、遠くへ消えた。その後、本当に妖異の群れを誘導してやってくる。


 (これはチャンス!)


 アクロバティックな動きで壁を蹴り、階段の柵の上に乗った本宮が、上からの画角を用意した。


「映えヨシ。撮るぞ~」


 夏風が吹く。



善善善(ゼゼンゼンゼゼン)  善善善(ゼゼンゼンゼゼン)



 テレレーとか言いながら、誰かが近づいてくる音がした。


「ぜぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!!!」


 右足で強く地を蹴り上げ、その場から瞬間移動したかのように、妖異の群れの前に右拳を溜めた状態で飛び出た濱本想平が、今、その全てを一振りで吹き飛ばした。

 腰を抜かしたシュウネンくんに手を伸ばして、彼は言う。


「善になりたきゃ、ついてこい」


 口を開けて、ポカンとした本宮が録画データを見てマジ切れした。

 彼が階段から飛び降りて、シュウネンの方へダッシュする。


「あら。戌井くんあれ濱本さんよ。こんにちはー」

「こ、こんにちは……」

「や、こんにちは。お二人とも。お久しぶりです!」


 先ほどの二人組と合流し、談笑を始めた彼らに、本宮は怒り叫ぶ。


「おいッ!! こっちは今撮影してんだ! 邪魔してんじゃねえ!」


「…………それは申し訳ないことをしたね。でも、慮外者への配慮、NOT 善」


「は?」


「さてさて。まだまだ来るから……戦おうか」


 パキポキと腕を鳴らした彼は、やる気満々だ。

 妖異殺しと流されがちでなんやかんや良心のある彼も、戦う準備をしている。

 空よりやって来る妖異たちを見上げ、高めるように魔力を立ち昇らせた。



「あ。遥ちゃん久しぶり。みんなどいてどいて」



 ……その一言は、凪の海に石を投げこんだかのようだった。

 宙を泳ぐ魚の群れに呑み込まれた妖異の群れが、今、()()()()()()()()

 ゆらゆらと進んでいく、色とりどりの、多種多様な魚のパレードの中。


 持ち手のついた、乗りやすそうなエイに座する楠晴海が、空から手を振っている。


「お、勢ぞろいじゃないの。今から私、色んなとこ回ってシバいてくるから、みんな頑張って~!」


 ぴくぴくと口角を動かし、声を漏らした濱本が叫ぶ。怒りを呑み込むような仕草は、善を謳う彼には珍しい。


「く、楠さん! 気をつけてくださいねー!」


「うーん! ありがとー!」


 ……そうして、絶好の撮影スポットを失ったことに気づいた本宮が、儚げな笑みを浮かべる。

 ヒーローのシュウネンも、ヒーローの自分より圧倒的に強い奴らがごろごろと出てきてしまったので、複雑な表情を浮かべていた。


 本宮の指示を仰ごうとした彼が、その背後にいる敵に気づく。


「あっ! 本宮さん! 後ろに!」


「チ……『再演する名場面(モンタージュ)』!」


 彼の言い放った一言と共に。

 龍の白銀の息吹が()()()()、妖異を凍り付かせた。


「あれ、嘘……!」


 何かに驚いた立花を無視し。彼は、シュウネンの方を向く。


「撮影場所、変えよっか!」






書店さんにまだまだダンジョンシーカーズ並んでおります。

皆さん是非!

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