第百十三話 展開
参謀本部。作戦会議のための資料が全て揃っているこの場所に、集うのは以下の人員だ。
まず、雨宮グループのリーダーである、雨宮家当主の雨宮怜。
俺が参謀総長を務める、参謀本部に所属する妖異殺しの参謀たちと、その副長である片倉。
柏木家当主の柏木澄子。
アシダファクトリーの代表者二人。
そして、たった今外からやってきた、雨宮の術式屋の御庭だ。
外にはまだ、他の重家からの使者や政府機関からやってきた者などがいて、この集まりは、完全に身内のものとなっている。
一巡するように、皆の顔を一瞥した。
「まず、義姉さん。当主である貴方に、大まかな方針を決めてほしい。進むか、引くかだ。進むならば、表側を守るために全力で戦うし、引くというのなら、市民の保護を名目に、重世界に籠る。もちろん、今戦っている村将たちは撤退させるが」
決意に満ちた表情で、彼女は毅然と言い放つ。
「進みましょう。私たち重家の存在意義が、今問われています」
……やはり、そうこなくては。
形式上行なった質問だとは皆も理解しているのか、何も言わない。
「了解した。その上で、俺たちはどう動くべきか、皆で考えたい。まず大前提として、これは今まで俺たちが経験したことのない規模の戦いだ。俺たちだけで、戦いを決定づけることは難しいだろう。故に、どこに俺たちが行けば最も戦いを優位に進めさせることができるか、という、いかに大局へ寄与できるかという勝負だ」
「……倉瀬さんが出撃すれば、三つの地域の、どこかの主力を壊滅させることができるのではないですの? 里葉様もいらっしゃいますし……今の雨宮の戦力は、絶大です」
傘を手に持ち、天色の魔力をふわふわと展開する、澄子さんが俺に問う。
俺が答える代わりに、義姉さんが口を開いた。
「それができれば、話が早いんですが……既に、重家探題からの監視員が雨宮の重世界にやってきています。この状況でも、広龍の出撃を認めるつもりはないということでしょう。いや、むしろ、この大混乱の状況の中で、空想種を野に放つという不確定要素を増やすことを、非常に恐れているように見えました」
「重家の峰々の価値観に寄り添えば、重家探題の考えることも分からなくはないですが……」
広龍さんが出た方が、雨宮の者たちの士気が上がりますし、私も側にいてほしいですのと、澄子さんは言う。長い前髪が右目に掛かり、顔が半分ほど見えない、長髪の御庭が、彼女たちの会話に言及した。
「確かに、怜様の仰られている通りではありますが……彼らも馬鹿ではありません。貴重な戦力でもある、監視員をこの状況で配置しているのは、確かな権限を持つ人員を用意することによって、いつでも解き放てるようにするという狙いもあるでしょう」
「……片倉は、どう思う?」
顎に手をやり、考え込んだ彼が、俺に答えを示した。
「……私は、この状況で、もし仮に雨宮仕置の存在がなかったとしても、広龍様を出撃させることは反対です」
「それは、どうしてだ?」
「今、雨宮の参謀本部や、政府機関、そしてDSなどが、この混沌とした情勢の中での、情報の集積地となっています。一度出撃してしまえば、現地では情報が手に入りづらい」
はきはきとした声で、彼は全体に説くように語っている。
「広龍様は切り札です。一度場に出してしまえば、引っ込めることができなくなる。私たちが一切予測できない、本当の想定外が発生したときこそが、こちらの規格外を投下するタイミングです。要は、切り方を考えたい」
「……一度、様子見をすべきか」
「もっとも、もったいぶりすぎるのも問題ですが……長期戦を覚悟すべきです。それに、私たちが雨宮の妖異殺しの隊を再編し軍備を整えたのは、まさしく、このような状況を想定したためでしょう。広龍様におんぶにだっこでは、やっていけない。だから、雨竜隊を作った。先鋒で出撃させる部隊は、彼らにすべきです」
「……異論は、ありませんか?」
話の締めくくりを聞いて、片倉の代わりに周囲に聞いた義姉さんに、返事をするものはいない。皆、納得し、頷きを返している。
一度、義姉さんがお茶を飲んだ。どうやら、喉が渇いているようで、やはり彼女も重圧を感じているのだろうと察する。
「役割を決めよう。俺たち、雨宮家に属する者たちの中には、得手不得手がある。人員を適切に配置し、何をしなければいけないのか。部隊の戦略目標を明確化させる」
指を動かして、参謀本部の人員の一人を呼び出す。
俺たちは、名前負けするような部署じゃない。こういった事態のことを想定し、事前にマニュアルを作成していた。
「まず、アシダファクトリー。表側の企業である君たちには、避難誘導を担当してもらう。雨宮の重世界に避難民を集め、雨宮の城に収容、管理を行う。民間人との間で間違いなくトラブルも発生するだろうし、そもそも受け入れ準備がまだ完了したわけではないが、やってもらうぞ。いいな。芦田。ザック」
「白川と一戦交えたのに比べりゃ、楽な仕事だ」
力こぶを作り、任せろと笑った彼らを信じて、今度は澄子さんの方を見る。
「そして、柏木家の者たち。柏木家の妖異殺しには、遠見や逃走などに特化した、柏木家の術式を用いてもらい、要救助者の発見、そして実働部隊と雨宮の本拠を結び付ける役割を担ってもらう。澄子さんは、現場指揮になる。大丈夫……か?」
「わたくし、意外と武闘派タイプですから。そろそろ、株をまた上げようと思ってたところですの。構いません」
「…………そして最後に、雨竜隊。今、出撃の準備を進めている彼らには、妖異を撃滅してもらう。視界に入る敵を全て一掃し、柏木家とアシダファクトリーが活動出来るだけの余地を残してもらう」
「この、三部隊の連携を活かせ。民間人を救い、妖異を蹂躙しろ。が、しかし」
息を吸って、言葉を一度溜めた。
「最優先は、雨宮の人員の命だ。無駄死にだけはするな。命に、優先順位を付けろ」
「……皆が既に察している通り、今回、雨宮家は、既に雨竜隊の一部が交戦を開始している点、本拠地である雨宮の城の重世界が東京に座していることから、東京を主戦場とする」
「雨竜隊は全分隊出撃。柏木家、アシダファクトリーは適切な人員を割いて、雨竜隊が安全を確保したのちに展開だ。雨宮の重術師、術式屋の一部も、彼らに帯同し、情報を常に共有できる状態にしろ」
確定した指令を聞き、各員が一斉に動き出す。
「……俺と片倉、御庭は義姉さんと共に一度重世界で待機だ。一度、後方での指示に徹する」
飛び出るように、出撃を命じられた面々は参謀本部を出た。
不思議そうな顔をした義姉さんが、俺の顔を見上げるようにしている。
「広龍……貴方、ここ最近感じていたのですが……戦いたがらないんですか?」
「……まあ……たしかに……ずっと戦いたいと思っていたが……」
自身の変容に改めて驚きながら、説明をする。
「刀を振るうだけじゃなくて、こんな指示の一つ一つですらが、”いくさ”だと思うんだ。だから、満たされている。この感覚は、凄く説明しにくいけど……」
「……大人になった、とか、そう単純な話ではないですよね。まあ、”いくさびと”については、資料がほとんど残っていないですから……私の知らないこともあるかもしれません」
義姉さんが、部下の一人に持ち込ませた缶コーヒーを四つ、机の上に置く。
俺、片倉、義姉さん、御庭の四人で、それを開け、一気に呷った。
金色の槍を空に備え。
金青の魔力を放ち。
凛然とした表情で先頭に立つ里葉が、今、砲撃を受けたかのように倒壊し、荒れ果てている、東京の街を闊歩した。
罅割れたコンクリートの道を歩き。部下を悠然と連れながら、村将たちが既に撤退したという、激戦区へ足を踏み入れる。
村将率いる、重家の峰々の獅子奮迅の活躍によって、首都に食い込まれる前に、防衛線を敷いて妖異を食い止めることが出来ていた。
しかしそれでも、街のあちこちから、発砲音と誰かの叫び声が聞こえてくる。
子供の断末魔が、張り付くように耳に残って、彼女を苛立たせた。
「……皆の衆。貴方たちには、この『才幹の妖異殺し』雨宮里葉が付いている」
ビルの狭間から、建物二つ分の大きさにもなる、伝承種”海坊主”がゆっくりと顔を出した。
奴の足元には小型の妖異がうろうろとたむろっていて、小鬼の一体は手に、人肉を抱えている。
「ヒッ……」
誰のものかも分からない恐怖の声が、彼女の耳に入る。
振り向いて、彼女は、部下たちの方をじっと見つめた。
「恐れるな。慄くな。ただ、私の背中だけ見て、ついて来ればいい」
金色の槍が、一斉に、その穂先を震わせ、奴ら目掛けて飛翔する。
空中にて姿を消したそれは凍雨となり、妖異に降り注いだ。
「総員、突撃」
雄叫びと魔力の奔流が、混ざり合うように、大気に融けていく。






