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第九十四話 道は何処



 ”ヒーロー”の戦いを目撃し、重術監査院という組織の、特別監査官を務めるという兼時さんの話を聞いてから、早数日。


 参謀本部のスペースとなる、雨宮の城の一角にて。部屋の中央には、重術によって投影されモニターのように地図を映し出す大机があり、それを囲む各々の前には、配られた資料がある。

 

 他にも、ペットボトルのお茶、スナック菓子などが置いてあり、真面目にやりつつも、肩の力を抜ける感じになっている。差し入れをしてくれたのは柏木家当主の澄子さんで、景品がなんとかと言っていた。よく分からないのでスルーしつつも、とりあえず受け取る。


 お誕生席には俺たちのリーダーである義姉さんがいて、そこから時計回りの順に、俺、里葉、片倉、村将、御庭、澄子さん、ザック、という風に座っている。やたら里葉が席取りを意識していたりと、またまたよく分からないことがあったが、まあいいだろう。


 今の雨宮家……雨宮グループの主なメンバーを招集し、会議を行う。今回の議題は、やっと終わらせることができた”雨宮仕置”によって課せられた業務についてと、昨今の情勢の共有。それを受けて、今後の動きを決定しようというものである。


 司会進行を務めるのは、副長の片倉だ。彼の言葉に合わせて、大机から映し出される情報が変わる。


「雨宮仕置によって課せられていた業務である渦の破壊。これは一月前、雨竜隊を主力とした電撃戦により無事達成されましたが、残る業務であった重世界空間の開発も、怜様と柏木家の尽力により、つい先日完遂されました。横浜市に設置された重世界空間は、重家共用の拠点となり、今後使われていくことになるでしょう」


 大机の上に、横浜に設置されたという重世界空間の間取りのようなものが表示される。俺が力加減をミスったせいで、かなりでかくできてしまったそれには、医療設備、武器庫、瞑想室、宿舎、食料庫などが設置されていた。余ってしまったスペースはそのまま放置されており、クソでかい校庭か何かのようになっているらしい。


「無論、我々も使うことができますが、おそらくヒーローや政府関係者が使うことはないでしょう。いかんせん、使われた妖異殺しの業が多すぎますので」


 ごほん、と一度咳をして間を作った片倉が、ちらりと義姉さんの方を見る。棒状のお菓子をサクサクと食べていた義姉さんが、ぎょっとした顔を見せた後、口元を拭って言葉を発した。


 ……しっかりとコーヒーも用意されているし、義姉さんの味覚にドンピシャなお菓子が置いてあるような気がする。


「えっほ、ゲホ、ゴホ、えー皆さん。重家探題により課せられた、奉仕活動を期間中に達成できたことは誠に誇るべきことです。重家でも達成できると思っていたものは少なかったでしょうし、その予想を裏切ったことによって、雨宮の健在を証明することができたと思います。ありがとうございました」


 ……ちゃんと締めれるあたり、義姉さんはやはりすごい。

 澄子さんの全力拍手から始まった喝采の音が、部屋に響く。それが収まり始めたタイミングで、義姉さんがまた語り始めた。


「雨宮家は今、かなり自由な状態にあると言えます。ここから自前の重世界空間の開発など、内政に注力し力を蓄えてもよし。訓練を重ね、術式や武装の開発に資金を投じ、さらに強力な武力を保有してもいい。表世界側に進出して、そちらでの力を得るのもよいかもしれない。今、私たちの前には、無限の選択肢があります。そこで、みんなの意見を聞こうと思うのですが……その前に」


「改めて、雨宮家の目的を明確にしておこうと思います。これは雨宮家当主としての私が掲げる方針であり、それがこれから、私たちが突き進んでいく道となります」


 凜として語る彼女の一言一言は、背筋を正させるような力がある。間違いなく彼女には、リーダーの素質があった。


「それは、重家としての原点回帰」


「……この社会と、そこに生きる無辜の民を守ることです。私欲に身を任せるのは以ての外。一門の者であろうとも、そのような者が現れれば、容赦なく追放します。先ほど私が挙げた様々な道は、すべて、この目的、この願いのためにあらねばならない」


 ……昨今の雨宮が歩んだ道を思えば、彼女の言っていることが理解できる。村将と御庭さんは深々と頷き、里葉は神妙な顔をして、話を聞いていた。


「ここからが、私たちの再誕の物語です」






 義姉さんの宣言が終わった後。おもむろに立ち上がった片倉が、じっと周囲を見渡す。


「……では、その方針を鑑みた上で、報告したいことがあります」


 資料を手に取り、8ページを開いてくださいと口にした片倉の言葉を聞いて、資料をめくってみる。そこには、折れ線グラフと棒グラフが書いてある図と、何かを基準に、色分けがなされた日本地図が載っていた。


「この青色の線が、ベータ版ダンジョンシーカーズがリリースされてからの、新規の渦の出現数を表した線です。そしてこちらの赤色のものが、現在把握出来る範囲での、妖異殺しの数、探索者やヒーロー、デバイスを使用する政府関係者の総和となっています」


 限界を知らぬように、上へぐんぐんと向かう折れ線グラフの姿を見る。


「どちらも……かなりの増加傾向にあるな。それと、この下の棒グラフは?」


「政府から発表されている妖異侵犯事件の件数です。しかしながら調査力の欠如から、あまり信用出来る数字でないので、大まかな参考程度のものですが」


 グラフの説明を終えた彼は、そこからいかに今の状況が恐ろしいものかを説明し始める。”ヒーロー”という表側を守る妖異殺しに近い強力な集団が現れたことによって、まだ目に見える形での危機というのは訪れていないが、この渦の出現数は異常であり、いつ大事件が起きてもおかしくないと彼は主張した。

 

 大枚はたいて取り寄せたであろう他国の妖異被害とは違った推移を見せており、また、大規模侵犯を受けた国の推移とは、かなり似た形になっていた。


 腕を組みうなる村将が、片倉に一言言う。


「しかし……重家の歴史を鑑みても、侵犯妖異の出現はごまんとある。敏感になりすぎていては、体が持たんぞ。最も多くの妖異が現れたという戦国の世に比べれば、こんなのはまだ序の口だろう」


「いえ、村将。私たちしか握っていない、まだ無視できない情報がある。ザック」


「ああ」


 アシダファクトリーの代表として訪れていたザックが、ゆっくりと立ち上がり、懐から複数枚の写真……のようなものを大机の中央に置いた。そのうちの一枚を手に取って、義姉さんがじっくりと確認をする。


「これは?」


 本当に苦労したと一息ついたザックが、皆に聞こえるように言った。


「この写真……正確に言うと”渦”の中で写実的なイラストを描かせ、それをAIによって加工しリアルな写真に近いものにした、アメリカ合衆国で攻略された大枝の渦……B級ダンジョンのイラストだ」


「…………そういうことか。片倉」


「え、どういうことですか広龍。教えてください」


 写真を一枚一枚手に取って、確認してみる。


 人がやっと通れるだろうかという細さの道が無数に広がる、迷宮。


 雪崩が滝のように降り注いでる、氷雪の川。


 重世界のように無重力状態になっていて、道しるべはなく、どこへ向かえばいいか分からない場所。


 地と空。そのどちらにも密林が広がり、緑で埋め尽くされた土地。


「また参謀本部の方で、雨宮家の資料を漁り、過去の大枝の渦についての記述も発見しました。非常に難解でしたが、その景観に関する描写のそれぞれが、アメリカの渦のものに近いように思えます」


「…………」


「ちょ、置いてけぼりにしないでください。ひーろーたーつー」


「……御本城様。これは、ですね」


 俺たちのやり取りを黙って見つめたまま、片倉は続ける。


「先の電撃戦で、我々が攻略した大枝の渦は五つ。その全てには、妖異によって構成されていた大規模な軍勢がいました。加えて、おそらくこの一年間で最も多くの大枝を刈ったであろう、楠晴海氏にも確認を取りましたが、彼女が目撃した大枝の渦も、基本的には私たちが見たものと変わらず、軍勢が控えていたようです」


 いつも以上に真剣な顔をした片倉が、俺に問う。


「改めてお伺いしますが、広龍様。里葉様とともに仙台で攻略された大枝の渦は、どのようになっていましたか?」



「……必ずボスがいる前の階層には、軍勢が控えていた。守りを考えるには、あまりにもお粗末なほどに」



 俺の言葉を聞いた彼が、深々と頷く。


「あくまでもこれは予測でしかありませんが……裏世界側による、日本に対する大規模侵犯の兆候が見て取れます。我々は備えるべきです」


 戦いに精通する各々が、戦気を見せた。

 静かに話を聞き続けていた里葉は今、俺の腕を強く握っている。


「……なるほど。そういうことですか。しかし、かといってどこに攻め込んでくるかも分からない……歯痒いですね」


「片倉。もし本当に、類を見ない規模での侵犯が起きたとき、一番重要になるのはその初動だ。迅速に動けるのは、俺たちのように気づき、備えているもの。そして、直前まで戦っているものたちに限られる。そうだな。少なくとも……今、この関東地方で、最も動きを激しくさせている重家はどこだ?」


 その言葉を聞いて、片倉が答える前に、澄子さんがすっと手を挙げる。雨宮には出来ない立ち回りで、他の重家との交流を続けている柏木家は、今となっては冗談抜きで雨宮に欠かせない存在となっている。澄子さんは、半端なく優秀な人だ。


「……先日、地方の渦の破壊を行った佐伯家。そして、”白川事変”によって、派閥の柱であった白川家を最悪の形で失い、汚名を雪ぐ機会をひどく求めている、保守派の重家たちですの」







 燦々と輝く太陽の下。淡い夏風を嗅ぎ。

 

「へっくしゅ」


 人で賑わう繁華街の中。和装に身を包む、徒手空拳の妖異殺しの集団はあまりにも異質で。

 その先頭を歩く黒髪の少女は今、むずむずとする鼻をいじっていた。


「お疲れですか。初維様」

「うーん。いや、ちょっとくしゃみしちゃっただけです。誰か噂でもしてるのかな」


 一度胸を張り、気合いを入れ直した彼女の動きに合わせて、ふんわりとしたポニーテールが揺らめく。


「東京から出て、ヨコハマに来てみましたけど……ちょっとくさいですね」

「……街が、ですか?」

「いや、違うよ。魔力の話。さっきまでバンバン渦あったのに、ここらだけ全然ないんですけど」


 どうしてだろう、と腕を組んで考え込む初維が、あ、と、あることに気づいた。


「……これ、同じパターンじゃないよね。龍引っ提げた武士とか、初維ちゃん一番会いたくないなー……」


 うーと鈍い声を出した後、両手で頬を叩いた初維が、シャッキリ切り替える。


「じゃ、みなのしゅー。行きますよ」


 ぞろぞろと男たちを連れて、また、彼女たちは動き始めた。




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