戦うのは俺じゃない
「ったく、ホシを逃がさないようにするぐらい無能力者にもできるだろうが」
そう言いながら、Fクラスのエース、汗衫は男の進路を塞ぐように立つ。
「無能力者に対してのあたり、強くないか?」
俺は微笑を浮かべて言った。内心、少しホッとする。事実、男は能力者で、戦闘もろくに出来ない俺が戦っても逃がさないようにするだけで精一杯だ。だが、汗衫がいれば、俺も多少なりに動けるようになる。
俺は痛む部分をさすりながら、ナイフを構える。
「足引っ張んなよ」
汗衫が俺に向けてそう言葉を放った時には俺は既に動き出していた。
一閃。
俺は男の背中目掛け、ナイフを振るう。ただ、これはただのサポート。攻撃を当てるのが目的じゃない。本命は…、
「ぐっ…」
汗衫の強烈な蹴りが炸裂し、思わず呻き声を上げる男。しかし、次の瞬間、男は体制を立て直すと、逃走を始めた。
「おいおい…」
俺もすぐさま追い掛ける。
走りながら、汗衫に愚痴をこぼす。
「人のこと言えねえじゃねえか」
「うるさい。俺は追いつけるんだよ」
そう言って、汗衫は能力を発動し、走るスピードを上げる。
そして、一瞬にして男と汗衫の姿が見えなくなった。
「早すぎだ、馬鹿」
逃走先は山の中。俺は木々の間を素早く通り抜ける。すると、少し開けた場所に驚きの光景が広がっていた。
男のそばに風見が倒れていたのだ。状況から察するに、汗衫はここで返り討ちにあったのだろう。
「ったく、途中参戦で途中リタイアって、ダサすぎんだろ」
俺はそう呟き、改めて俺の置かれた状況を確認する。
山奥の開けた場所。ここには今の所、俺とこの男、汗衫だけだが、おそらく、今から第三者が来ることはないだろう。そこまで人がくるようなエリアではないからだ。つまり、増援はなし。己の力で戦えってか。
「どうした?辺りを見渡しても誰も来ねえって。わざとここに連れてきたんだから、さあ、大人しく俺に倒されろ。無能力者」
「流石に俺のことは知っているか…」
あの時の動画で俺を知ったのだろうか。だが、今のこの状況ではその情報は無意味だ。何故なら、戦うのは俺じゃないから。
俺はナイフを静かにしまった。
「話が通じる奴で良かったよ。まあ、俺が近づいてからそのナイフを振るっても意味ないからね。俺の能力は『体を金属化する程度の能力』ナイフは俺の体に何の意味ももたない」
「いいのか?俺にそんなにベラベラ喋って…」
「今の君に何ができるの?ましてや無能力者。それに、君には死んでもらうからね」
ここで、男は俺に明確な殺意を向けてきた。俺はそれに答えるように、睨み付ける。
「だったら、大人しく倒されるわけにはいかないな」
「だから、君に何ができるの?無能力者程度の抵抗なんて通用しないよ」
「お前こそ、何を勘違いしている?いつどこで誰が、“俺が戦うなんて言ったんだ”?」
「は?」
その瞬間、俺の意識は落ちる。そして、そして、
そして、“私”はその男に言い放った。
「あんたの相手は私よ」
と…。