鬱々な昇格
まだ朝にも関わらず騒がしい廊下を抜け、俺は先の階段を上る。
今日から俺はAクラスへと昇格する。その為、以前のBクラスがあった階よりも一つ上まで登らなければならない。
Aクラスになっての唯一のデメリットを発見した俺であるが、全身から鬱々の空気が駄々洩れているのが自分でもわかる。
無能力者でAクラスなんていやでも目立つ。
さてこのむずがゆい視線をどうかわすか……。
そんな思考実験の末、何も成果が得られなかったため、もはや呆れて教室の自席へと座った。
……俺が教室に入った瞬間に視線が俺に向いたのはきっと気のせいだ。
「随分と、鬱々な雰囲気を漂わせてるわね。こっちも鬱になりそうだわ」
そんな異端児に話しかけてくる奴は限られている。
「だったらこの鬱陶しい視線という視線をどうにかしてくれないか? どうにも落ち着かない」
俺の今の願いを率直に目の前の女子。舞原千歳へと投げかける。
「そうね、違和感なく過ごせばいいんじゃないかしら。例えば能力者になる、とか」
「馬鹿にしてんのか?」
俺にとっては一生かなえることができない例をあげてくる小悪魔に本音が漏れる。
「ま、私にはどうしようもないわ。そもそも、貴方だって転校生には嫌でも注目するものでしょう? それと同じよ」
「つまり、収まるまで我慢しろと?」
「そういうことね。そんなにいやだったら暴力でねじ伏せてみれば?」
「無茶言え。試験とはわけが違う」
冗談でもそんなこと言うなよ。ほら、さっきよりも視線が鋭くなった気がするぞ。
すると、一人の生徒が教室に入ってくる。がたいのいい男は荷物を置くとこちらへやってくる。
「ようこそ、というのもおかしいか、椿零。どうだ、Aクラスの空気というものは」
「最悪だよ」
端的に男、西園寺に俺はそう言う。
「というか、お前ら離れてくれないか? お前らと話してると余計に注目されている気がするが、気のせいじゃないよな」
Aクラス筆頭の二人に囲まれて仲良く?会話する転校生か……。
違和感極まりないな。
「それは悪かった。またしかるべき時に話すとしよう」
と言って西園寺はおとなしく自席に戻る。
「で、お前は戻らないのか?」
いまだ戻る気もない舞原に問う。
「ええ、だってこんなに弱ってる貴方を見るのは面白いもの」
「ああ、お前ってそういう形なのね」
多分よく見たら、矢印の尻尾とか角とか生えてるタイプだこれ。
そんなある意味地獄も長くは続かない。
救いの鐘、もといホームルーム開始のチャイムが鳴り、舞原も大人しく、いや悔しがるように席に戻る。
ようやく平和が訪れた自分の机に突っ伏すと、これからの毎日にこれが繰り返されるのかと、苦しい未来に頭を抱えた。
数秒にて気だるげに教室に入ってきた担任は教卓までくるとあたりを見渡す。
「あ~、全員いるな。とりま、新顔もいるが、ま、今更紹介もくそもないだろ。適当にやっておいてくれ」
何だかとてもマイペースなしゃべりだが言葉の端々からはちょっとしたすごみも感じる。
だが、そんなことを考えるわけでもなく、俺も担任と同じくチラリと周りに目を走らす。
奴は、学園町は言った。Sクラスに値する生徒は10人いると。
試験を通して全クラスの生徒と1度手合わせをしたことになるのだが、それでも考えられるのは、俺含め、舞原、西園寺しかいない。前にも言った通り、舞原や西園寺とほかのAクラスの生徒とでは実力差がありすぎる。一体、残りの7人はどこの誰なのか。
まさか、Aクラスの生徒ではない?
だとすれば、俺のように実力をセーブしている生徒を見抜いているということになる。
だったら、俺が上に行くポテンシャルを見抜いていたはず。
昨日のはブラフか? だがそれに何の意味が……。
そこまで考えて思考を止めた。多分だが、今の情報量では見当は付きやしないだろう。
そこまで結論づけて担任の話に耳を傾ける。
「あ~、最後になるんだがひさしぶりに出た、らしい。詳しい内容は掲示に張り出しておく。暇だったらやっておけ。以上」
とだけ言って教室を後にする。
必要以上に俺たちに干渉しないスタンスをとっているらしい。まあ、必要最低限のことをやってくれればサルでもかまわないが。
それにしても出た、か。おそらくは能力者が関わる事件が起きたということだろう。
忘れがちだが、この学校はいまだ増加傾向にある能力者による犯罪に対応する組織、「警察」の人員を育成する国の直接支援を受けた学校だ。
そんな学校のトップのクラスには警察組織の人間のように犯罪の対応を迫られる事が多々ある。
あまりにも危険性が少なければFクラスといった低クラスが対応することもあるが、基本的に請け負うのはAクラスだ。
俺は汗衫が解決させたことになっている事件を思い出す。
思えば最近はそういうことは少なかったな。
ちなみに、それらを逮捕したり、それに協力すると特別手当てが貰える。つまり、犯罪一つ一つに懸賞金がかかっている事と同義だ。
全くもって興味はないが、気が抜いたらやることにしよう。
「で、今の状況はどういうことだ?」
俺は隣を歩く舞原にそう問い質す。
「どう、って見てわからない?」
「わからないから聞いてんだ。俺は行かないと言ったはずだが?」
今俺たちがいるのは町中の繫華街。平日の昼近くだからなのか人はちらほらと見かける程度だ。
だが、そんなことには塵ほど興味もない。
「確かに俺言ったよな。俺は行かないって。行くなら勝手に行けって」
「ええ、だから私は拒否権ないからって返したはずだけど?」
「なんで?」
え、俺って舞原に対して拒否権ないの?
俺なんか弱みでも握られていた?
「試験中に無理矢理リタイアさせたこと、まだ許してないから」
「理由も合わせて説明しなかったか? しかも、それを今引っ張ってくるか?」
「説明されたけど許すなんて言ってないし」
「というか、俺は必要か? 舞原の実力なら十分足りるだろ」
「人手が多いことに越したことはないわ。それに今回は人探しにも近い形だから。一人だと少し厳しいのよ」
対峙する分には一人でも十分だが、そこに行きつくまでの過程が難しいと舞原は言う。
それで俺を誘ったということか。
「それだとしても俺である必要あったか? 西園寺とか他にも選択肢あっただろ」
「わざわざ私がライバルに手を貸して貰うような女に見える? それに他の生徒に協力を申し立てるなら一人でやった方がましよ。低いレベルには付き合ってられないわ」
まあ、なんだかんだ理由をつけているが要約すると。
「黙って付きしたがえってことか」
「よくわかったわね。流石私のペットね」
「誰がペットだ……」
俺にそんな趣味はない。
実際、この時間も俺にとっては無駄であるし、面倒なのは違いない。だが、ここで引き返してもやることがあるわけではない。
まあ、一回ぐらいは付き合ってやってもいいかもしれない。
もちろん、ペットではなく協力者としてだ。




