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少しは手加減してやる

試験開始四日目。試合開始からは三日目。

西園寺との試合を明日に控えた今日。俺は、一つ決断することにした。

俺はいつになく早く起きると、舞原に指定された集合場所へと急ぐ。

流石に、二回目の遅刻は印象が悪い。


 現在7時45分。集合時間は8時。試合開始は9時。

 俺が場所についた時には既に舞原は到着していた。

「早いな」

 まだ朝は早いため、声のトーンを下げて挨拶の代わりにそう言った。

 舞原はこちらに気づくと、おはようと一言答えた。

「ええ、私が提案したことなんだから、私が一番早く来てなくちゃいけないでしょ」

「確かにそうだな」

 俺だったら平気で遅く来ている可能性がある。責任感が強いということも、学校の生徒たちに慕われ、「最強」と呼ばれる要因なんだろうか。

 まあ、今回に関してはその責任感が邪魔となるのだが。

「なあ、舞原」

 まだミサが到着していないうちに、俺は舞原に問いかける。

「身体に異常はないか」

「……、ええ、問題ないわ」

 一瞬の逡巡。だが、俺はその一瞬で立てていた仮説は確信へと変えるには充分だった。

「時間ぴったりかしら? って今日はあなたは時間通り来れたのね」

 朝から俺への毒舌は忘れない。ミサ・ミステリナが到着した。

 そこから簡単なミーティングが始まる。

本当に簡単なものだ。今日の対戦相手の確認と注意すべき点と、立ち回り。それの最終確認だ。

それを一通り終わらせると、既に時刻は8時30分を過ぎていた。

「そろそろ行く時間ね」

 そう舞原が言った瞬間、

「待て」

 と、俺は静止の言葉を投げかける。

「何か?」

 そのように疑問符を浮かべる舞原に近づくと、その首に手刀の先端を入れた。

「……!」

 声を上げる間もなく、舞原は膝から崩れるが、それを俺が左手で支える。

「ちょ、ちょっと! 何やってるのよ! 舞原になにをしたの?」

「何、とは? ただ単に気絶をさせただけだ。死んだわけじゃない」

 俺は気絶した舞原を抱きかかえながら答えた。

「お前は、舞原に異常があったことに気づいたか?」

「は、はあ? 異常って何? なんでそれをあんたが知っているの?」

「やっぱ誰にも話していなかったか……」

 舞原は恐らく腰のあたりに異常を抱えていたはずだ。三日目の試合でそれについては仮説を立てていた。

 当たっては欲しくはなかった仮説だが。

 だが、舞原は必ず警察にとって希少な存在。ここで潰れてしまえば、大きな損失になることは想像するに容易い。

 だからこそ、今ここでリタイアをするべきなのだ。明日は西園寺との一戦がある。

 十分な判断と言えるだろう。

 まあ、舞原にいくら御託を並べてもリタイアなど受け入れるはずもないと予想はできたため、少々力ずくではあるが、眠ってもらった。時間が有り余っているわけじゃないしな。

「俺は舞原を部屋まで運んでおく。舞原は今日リタイアだ。お前は急いでステージに行け。不戦勝になったら全て水の泡だ」

「え、ちょ、ちょっと、零!」

 俺は舞原を抱きかかえたまま、舞原の部屋へと急いだ。ミサに先に行かせるように言ったが、結局、試合開始時には俺がそこにいなければ参加はできない。リタイア扱いになってしまう。

「オールオアナッシング。……まさに今の状況だな」

 希望をつなぐか、すべてを失うか。

 舞原を失った俺たちは果たして、どこまで戦えるのだろうか。

「まあ、それは俺の努力次第ってことか……」

 人気のないロビーで、一人ぼそりと零した。


「ギリギリセーフ……」

 その後、何とかステージに間に合った俺は、息を整えながら呟いた。

「ええ、本当にギリギリだからね。後30秒遅れてたらリタイア扱いになってたわよ」

「間に合ったからいいだろ。IFの話をしても仕方ない」

 それだけ言って、今日一番の相手を見据える。

 三人ともAクラスで固められた精鋭。簡単にはいかない相手だ。

「本当に大丈夫なの? 言っておくけど、私、攻撃はできないからね」

「わかってるさ。お前は向かってくる相手の攻撃を防いでくれればそれでいい」

 一人でもミサにかまっていくのならば、一時的にでも1対2の状況に持ち込める。劣勢の立場には変わりないが、それでも3人相手にするよりかはだいぶ楽になる。

 そこまで思考を巡らせた直後、戦闘開始との合図が出る。

 瞬間、三人が一斉に俺へと迫ってきた。

「まあ、そうだよな……」

 わざわざ、1対2とかやる必要はない。三人で一斉に襲い掛かって一人をダウンさせられれば、人数差で負けている俺たちは敗北が目の前に迫ってくる。

 だが、

「すまんな、ミサ。お前の出番ないかもしれない……」

 一言つぶやいた直後、俺は動いた。


 開いた口が塞がらない、ということわざを私は大げさだなと昔笑っていたことがあった。

 でも、実際にそんな場面に出くわし、自分がその状態になった時、理解した。

 決して大げさではなかったと。

 相手は全員Aクラス。元々落ちこぼれと言われていた彼よりも断然強く、いくつかの修羅場も体験してきた。

 だけど、彼、零の実力はそのすべての経験をあざ笑うかの如く、それをさらに上回る。

「私の出番ないじゃない……」

 ステージの上で呆然と立っているだけで、終わってしまう戦い。

 戦闘が始まっておよそ二分。零にはまだ一度も攻撃は当たっていない。完ぺきといえるほどの立ち回りと実力。

 まるで、西園寺と舞原の力を掛け合わせてもまだ足りないんじゃないだろうか。

 これが舞原千歳が認めた実力なのかと、いまさらに理解した。


 さすがにAクラスに所属しているだけあって、動きは手練れそのもの。単調な動きは一切なく、隙など一切見せてくれない。

 加えて、三人掛かりということもあって、味方のカバーもいい。

 だが、そろそろ限界が近づくころだ。

 落ちこぼれと言われる一人の男に、Aクラスの自分たちがなぜ勝てない。という焦り。

 精神的な乱れは動きにも直結する。それが集団の中でのことならなおさらだ。

 一瞬、今までのリズムで刻まれていた攻撃に乱れが生じた。

 少し攻撃速度も落ちてきた。

 少しでも早く倒し、体力を残した状態でミサと戦いたい心理と、もっと激しい攻撃を繰り出さねばという身体の関係のバランスが崩れかけている。

 突くのはここしかない。

 劣勢な状況で躊躇なんかしてられない。

 俺は繰り出された単調な拳と入れ替わるように懐へ潜り込む。

 今までと違う俺の動きに疲れが見え始めた体が俊敏に反応できるわけがない。

 俺は隙だらけな腹部に強烈な拳をたたき込む。

 一撃で沈めなければ、面倒になる。

 動けない状態にし、少しでも劣勢な状況を軽くしていく。

 まあ、その心配もない。

 俺は打ち込んだ拳と入れ違いに蹴りをもう一人の脇腹へと打ち込んだ。

 会心の威力で当たったためから、打ち込まれた生徒は吹っ飛んでいく。

「クッソ……」

 危険を感じた残った生徒は一度距離をとろうとする。

 いい判断ではあるが、

「遅え……」

 俺は体のバネを生かして踏み込み、その生徒を追うように、拳をたたき込んだ。

「ふう……」

 三人のランプが点滅したことを確認した俺は一息つく。

 結果的には俺が無双して勝利を収めたわけだが、内容的には中々に骨の折れる戦いだった。

「え、本当に私何もしてないんだけど……」

「お疲れミサ。かなりやばかったな~」

「皮肉にしか聞こえないんですけど」

「皮肉を言っているつもりだ」

 だが、少しやり過ぎたか。

 手加減はしたつもりだが……。

 次からは気をつけるようにしよう。

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