結城先輩の助手
院生の結城先輩は変人だ。
黒髪をボブカットにして、外見はカワイイ系女子なのに、いつも白衣を着ている。足元はサンダル。
「寒くないんですか?」
「厚手の綿100%だ。温かいぞ」
「それ、洗濯したら、乾きづらいんですよね」
「洗濯したらな。ふふ」
洗えよ。
結城先輩は変人だ。
研究室のガスバーナーと500mlビーカーで、ミネストローネスープを作る。
「ほら、農学部産のシシリアンルージュだぞ」
「どこのご令嬢ですか」
「トマトの品種だ。そんなことも知らんのか」
トマトに詳しい結城先輩が謎だ。あんた専攻は、ハーブの香気成分分析じゃなかったのか。
結城先輩は変人だ。
器具乾燥器でバナナチップスを作る。
甘ったるいバナナの匂いが、無機質な実験室に漂う。
「微生物研から苦情がきますよ!」
「餅ならいいのか?」
実験机の下から、古風な壺を取り出した。
「10年物の醤油」
「醸しすぎです」
「5年物の梅酒もある」
ごとり、と実験机の上に置いたのは、赤い蓋の瓶。琥珀色の液体に、シワシワになった梅が浮いている。
「街路樹産ですか?」
「いや。駐輪場の梅。毎年漬けている」
毎年漬けている?
結城先輩は変人だ。
ゼミの飲み会の時に、30mlアンプル瓶でテキーラを飲む。
「ちゃんと煮沸消毒したぞ?」
気にするところは、そこじゃない。
結城先輩は変人だ。
「助手。おい、助手」
「助手って呼ばないでください」
「お前は、手塚宗助だろう。省略して、助手」
「勝手に人の名前を省略しないでくれませんかね」
結城先輩が笑った。
とびきりの笑顔。
「先輩の言うことは?」
「……絶対です」
「そうだ。研究室から生きて卒業したくば、大人しく従うが良い」
結城先輩は変人だった。