代理をするのは本人
「そして、その殺された本人の代わりに同じポジションの違う名前の人間が存在することになるから変にならないのよ」
数日前に見た夢の続きを、ぼくは見ているようだった。相変わらず生前の彼女は可愛いので殺したくなってしまうな。夢の中だからか、できないけど。
「同じポジションの違う名前の人間?」
「野球で選手交代をする時があるでしょう。あんなイメージよ」
「分かったような、分からないような」
ばかにしているつもりはないんだろうが、生前の彼女が笑っている。基本的には、他人が困っている姿を眺めるのが好きなタイプ。
だったはずなので、ぼくの反応が面白いんだと思う。
「もっと教えてほしい?」
「できればね」
「そう。それならわたしを後ろから思い切り抱きしめなさい。もっと分かりやすく教えてほしいのなら」
ぼくが見ている夢なので、都合の良いように記憶をつくりかえられている可能性もあるが。もしかしたら、生前の彼女は甘えるのが好きだったのかもしれない。
「ほらほら、教えてほしくないの?」
ぼくに背中を向けている生前の彼女が尻と言うかスカートを左右に動かしている。
やっぱり、ぼくの夢だから都合の良いようにつくりかえられているのか、生前の彼女はこんなことをしてなかった気がする。
どうせなら、夢の中でだけでも生前の彼女を殺させてほしかったりするんだがな。
「それじゃあ、もっと教えてほしいので失礼します」
少し迷ったが、腹の辺りに両腕を通して、生前の彼女を後ろから軽く抱きしめていく。違和感があったのか抱きしめられている彼女がこちらに顔を向けている。
「ん? きみの彼女なんだ、遠慮することはない。存分に抱きしめたまえ」
「これ以上……強く抱きしめると変なことをしたくなっちゃうけど?」
そう、生前の彼女の耳もとでささやくと。ぼくの見ている夢だからか、彼女を後ろから抱きしめた状態のままでベッドの上に座っていた。
「そうか。それなら先に話の続きをするほうが良さそうだな」
表情はそれほど変わってないが、動揺しているようで生前の彼女の話すスピードが少しはやくなっている。
「きみに可愛い彼女がいたとしよう」
「ナギサは可愛い彼女さんだよ、って言ってほしいの?」
「きみが言いたかっただけだろう。わたしのせいにしないでほしいね」
なんて言っているが、うれしかったらしく生前の彼女はにやついていた。その反応に、ぼくの身体が興奮をしたのか抱きしめる力が強くなっていく。
「心配をしなくても、わたしはどこにも逃げないよ」
興奮しているぼくを落ち着かせようとしてくれているのか生前の彼女がもたれかかってきている。
「わたしはきみのそんなところが好きなんだけどね。真っすぐと言うか自分の思いに忠実と言うか」
生前の彼女が手を伸ばし、ぼくの頭の上に優しくのせていた。ぼくの黒い想像を、吸い取っているかのように、不思議と気分が落ち着いていく。
「ありがとう。落ち着いた」
器用にぼくの頭をなでていた生前の彼女の左手の動きがとまった。
「そうか。それは良かった。話の続きをする前にやらなければならないかと……って胸を触りながら聞くつもりなのか。きみの気分が落ち着くのなら別に良いけどさ」
なん回か、ぼくの頭を軽く叩くと、生前の彼女の左手は太ももの上をなでつけて。
「胸と同じで、寛大で助かるよ」
「ぶん殴られたいの?」
怒っているような声音だが、あんまり表情が変わらないから分かりづらい。
「そんなつもりはなかったんだけど。ナギサ以外の胸を触ったことがないからさ、大きいほうなんじゃないの?」
「全く、ものは言いようだな。きみが大きいと思うのなら、それで良いよ」
ありがとう、と生前の彼女が言ったような気がしたが。今そんなことを言う理由もないので空耳だったんだろう。
「それで、ぼくにはナギサって可愛い彼女がいるけど、それがどうかしたの?」
「いや、別にわたしじゃなくても良いんだ。きみの彼女、ってポジションが一番これからの話を説明するのに分かりやすい。と思っただけなんだ」
「ふーん」
「そんなに引っぱるような話でもないから、さっさと言うけど。わたしが誰かに殺されてしまったら、きみの彼女は名前の違うわたしになってしまうってことさ」
思わず首を傾げてしまった。言いたいことはなんとなく分かる。でも頭が少し混乱してしまう。ぼくが困っている顔をしているのが面白いようで生前の彼女が、唇のはしっこを上げていた。
「一つずつ、確認しても良いかな?」
「ああ。きみ的にはわたしの胸が大きいってところからかな?」
意外とうれしかったんだな。
「そうだね。ぼく的には大きいよ」
棒読みだったが、おべっかではないと判断してくれたようで、耳を澄ませないと聞こえないくらいの音量で笑っている。
「それで次に確認したいことはなにかな?」
「ナギサは、ぼくの彼女。ってポジションと言うか、そんな立場になってくれている……今のところは」
「消極的な言いかただけど、その認識で良いと思うよ」
そんなに心配しなくても、わたしはきみにほれているんだ。もっと自信をもってほしいね、と生前の彼女にまた頭をなでられた。
「そのポジションって言うのは人間関係だけじゃなくて、職業や戸籍も含めても良い?」
「んー、そうそう」
「だったら……ぼくの目の前にいるナギサが誰かに殺された場合。その可愛い彼女と全く同じ人間関係、職業、戸籍をもっている違う名前の人間が」
「正解。確認しなくても、ちゃんと分かっているじゃないか。わたしの彼氏は」
いや。まだ告白したり、されたりしたことはなかったか、生前の彼女とは。
「あ、起きた。おはよん」
幽霊なのに、顔色が良いと言うのも変かもしれないが、今朝の幽霊の彼女は活力がありそうに見える。
そんな幽霊の彼女が、ぼくの腹の上にうまのりになっているが重くない。女の子だからだろうな、と思うことに。
「おはよう。テンションが高そうだね」
「ふんふん」
「それじゃあ、スカートめくるね」
「わ」
声を上げているが、スカートをめくられるのはいやではないらしく、ぼくを見下ろしたままでいる。
でも、寝起きのせいで見えなかった。
「見た?」
スカートをめくるのをやめると、うっすらと頬を赤くしている幽霊の彼女が、顔を近づけてきている。こちらからキスをしたかったが彼女に先に唇を押しつけられた。
「好きなんだよね? こんなの」
ぼくの唇をなめつつ、幽霊の彼女が器用に口を動かしている。と言うより幽霊だから、そんなことができるのかもしれない。
生前の彼女に、こんな風に襲われたことはあったっけな? あったとしても幽霊の彼女とは関係ないか。
「ナギサは、ぼくのことが好きか?」
「んー、うん。好きだよ! 大好き」
当たり前じゃないの? とでも言いたそうな表情をしている幽霊の彼女。軽く笑うと、ぼくの頬を気に入ったのか、なん回も念入りになめてきた。
「あっ。デートは良いの?」
自分から襲ってきておいて思いだしたように幽霊の彼女が聞いている。
「会うのは、昼頃だから平気だよ」
「ふーん」
「テンションが高いのは、それが理由?」
肯定をしているつもりなのか、また幽霊の彼女がキスをしてきた。髪を触られせてもらおうと思ったが、今日は主導権を握らせる気がないようで両手を押さえつけている。
「分かっていると思うけど。デートするのはナギサとじゃなくて、ユウナとだよ」
「うん。だから、うれしい」
そう、自分で言っておきながら幽霊の彼女が不思議そうに首を傾げていた。一応、変なことを言っている自覚はあるんだな。
「ん? 変だよね?」
「まあ、変だな」
確かに変だけど、ある意味では正しいとも言える。
「わたしが誰かに殺されてしまったら、名前の違うわたしになってしまうってことさ」
ぼくの頭の中で、生前の彼女の言葉がくり返されていた。
「うん?」
「いや。なんでもないよ」
転生、生まれ変わり……言いかたは色々とあるんだろうけど意味は同じか。
アカイユウナが、シロイロナギサの生まれ変わりだとするなら。生前の彼女を殺したのが今の幼なじみだと言えなくもない。
そもそも生前の彼女は自死をしたんだし。生まれ変わりである今の幼なじみが殺した、って考えるほうが納得できる。
それにぼくの記憶自体もそんな風につくりかえられているんだから間違いでもないか。
「こんなことになるのなら。きみは、ぼくがこの手で」
「自死じゃないから」
「え?」
幽霊の彼女が生前の彼女と同じような声音でなにかを言ったのが、確かに聞こえた。
「うん? どうかしたの?」
けど、もとに戻ってしまったようだな。
「いんや。もっとナギサにキスをしてほしいって思っただけだよ」
「甘えているんだね」
にやり、とでも言いたそうに幽霊の彼女が笑みを浮かべている。
「そうだな」
ぼくが珍しく甘えているのがうれしいようで……幽霊の彼女が激しくキスをしてきた。思っていたよりも心地が良かったのか、知らない間に目をつぶって。