ジレンマ
昼休み。ぼくと幼なじみは、それほど使われてない空き教室に、できるだけ人目を避けながら向かっていた。保健室でも良かったのだが、この彼女はいやがるだろうと判断。
関係は良好なほうが色々と都合が良いし。それに恋人同士だからか相手のことを考えるのもなかなか楽しいものだった。
「鍵とかどうするの?」
善人の幼なじみは空き教室が開かない時のことを心配しているようで廊下を歩きつつ、そんな質問をしている。
そもそも開く場合なんてないけど。学校は頭のかたい人が集まってきやすいところなんだから。
言わずもがな、あの保健室の先生は例外。
空き教室の近くまで移動をすると、ぼくは幼なじみよりも先に歩いていく。スラックスのポケットから鍵を取りだし、ねじこんで、すばやく開けた。
「運が良いね。開いてたんだ」
「もしかしたら神さまも祝福してくれているのかもしれないな」
「へへっ、そうかもしれないね」
この言葉も幼なじみには届かないタイプのもののようで軽く笑われた。きれいな台詞を並べるよりスキンシップのほうが楽しくて、うれしいよな……お互いに。
「ひゃ」
油断していたようで、手を握ると。笑っていた幼なじみの顔が赤くなっていく。その姿を可愛いとでも思ったんだろうか勝手に彼女を抱き寄せていた。
ぼくの頭はとても冷静でスムーズに動いているのが自分でも分かっている。でも、身体のほうに命令をだせなくなっているようだ。
「入ろうか」
口のほうも勝手に動いている。幼なじみの手を引っぱり、半ば強引に空き教室に入っていく。誰かが定期的に清掃しているらしく、ほこりっぽい臭いはそれほどしない。
引き戸を閉め、鍵もかけておいた。その音に反応したのか幼なじみの手が震えたような気がする。
「こわい?」
そう言いつつ、ぼくは幼なじみの頬に軽く唇を押しつけた。舌を伸ばし、なめる。ネコにでもなめられた時のように彼女は片目だけを閉じている。
「す、少しだけ」
「そっか」
「面倒?」
「いや。可愛いよ」
唇にキスをして、舌をからめていく。練習をしたのか、昨日よりも上手くなっていた。幼なじみの手を握っているほうとは反対の手で。
「それでさ、あいつ」
廊下から話し声が聞こえたせいか、驚いたようで幼なじみの唇がはなれた。
が、すぐに手を引っぱり、その小さな身体をゆっくりと抱き寄せていく。抗議でもしているつもりなのか幼なじみがぼくの胸の辺りを軽く叩いていた。
「う」
幼なじみに胸を叩かれるのも悪くないが。赤くなっている耳に息を吹きかけ、大人しくしてもらうことに。
「静かにしないと、廊下にいる人達に聞こえちゃうよ」
言わなくても分かっているだろうけど……あえて認識をさせることで色々と都合が良い場合もあるよな。
「ははっ。それは、けっさくだな」
廊下の声が近づいてきている、しばらくはここからでられなさそう。そもそも幼なじみと遊ぶ予定だったんだから別に良いけどさ。
廊下で話をしている人達に声を聞かれないようにしているのか、ぼくに身体を触られている幼なじみが声を押し殺している。
「こ、こら」
「ごめんね。がまんできなくて」
口では謝りつつも両手が勝手に動き、引き戸にもたれかかっている幼なじみの顔や胸を的確に触っていた。
本能ってやつだろうな、多分。
胸を触りながら、幼なじみと唇を重ねる。変な声がでそうになっているようだが、なんとかがまんしているようだった。
少し、幼なじみの理性のようなものがなくなってきているのか先ほどよりも激しく舌をからめてきている。
ぼくをにらみつけ、顔全体を真っ赤にしている幼なじみの姿はとても可愛くて。
チャイムの音が聞こえてきた。廊下で話をしていた人達の慌てた声とともに走っていく音が響く。
「ほら、チャイムが鳴ったよ」
頭をなでられている幼なじみが、ぼくからできるだけ目を逸らそうとしている。なにかを期待しているような目つきに見えるのは、気のせいではないと思う。
「そうだね」
頭をなでているほうとは反対の手で、制服越しに幼なじみの胸をもみつつ、ぼくは短く答えていた。
幼なじみがなにかを言いたそうに口を開きかけたが、すぐに閉じて。自分の胸をもんでいるぼくの左手を見つめている。
「や、やめてほしいなー」
にへへ……と、できる限りの明るい声音で幼なじみが口を動かしていた。色々と不安なようでスカートの裾を握っている手が震えているように見える。
「本当は?」
「サボタージュになっちゃうよ」
「ちゃんと答えて」
うそをつけなくする効果までもあるのかは知らないが幼なじみの唇にキスをした。右手で耳を触っているからか、くすぐったそうにしている。
「好きなんじゃないの? こんなこと」
もう一回……唇にキスをした。二回、三回と幼なじみが本当のことを言ってくれるまで重ねていく。
「わ、分かったから。やめ、て」
両手で熱くなっている頬を触りながら唇をなめていると。参った、と言っているつもりなのか幼なじみが小さく万歳をしている。
「なにが分かったの?」
「う」
敏感になっているらしく、赤くなっている耳を触ると。幼なじみは目を細め、荒い呼吸をくり返していた。
「す、好きなことが」
「ユウナは、どんなことが好きなの?」
「キスとか」
「他には?」
言いたくないようで、幼なじみがぼくから目を逸らしている。耳たぶを軽くつまむと、ちゃんと目を合わせてくれた。
でも、怒っているのか、にらみ上げられているような気もする。顔を真っ赤にしているからそれほどこわくないな。
「分かったんだったら、ちゃんと答えて」
「えっちなこと、です」
「そう。じゃあ、ゆっくりしようね」
幼なじみの制服を脱がせて、ぼくは。
ぼくだけかもしれないが大切なものを壊したくなる時がある。そもそも、そんなものは数えるほどしかないので、そのような気分になること自体があんまりないんだけど。
確かに、ぼくはそれをもっていた。
ねじこまれて、教室の外に可愛い声が漏れないようにしている幼なじみを殺してみたいとか。
そう言えば、以前もそうだったな。
以前と言うよりは生前の彼女とつき合っていた時も、ぼくは同じような気分になることがあったっけ。
だから……そんな気分を少しの間だけでも忘れようとするため、ぼくは幼なじみと愛し合っているんだろう。
ジレンマ、ってやつだろうか?
なにかを好きになればなるほど、壊したくなってしまう。けど、壊してしまうと、また新しい好きになれそうなものを探さなければいけない。
でも、今は幽霊の彼女が、どれだけ好きになっても殺すことができない可愛らしい存在がいるからこそ。
「それじゃあ、また明日」
放課後。空き教室をでて、スクールバッグを取りにいき、幼なじみを家まで送り届け。自宅に帰ろうとしたところで、ようやく彼女はその一言を口にした。
「おう。また明日」
できるだけ明るく答えておいたが、それが今の幼なじみにとって良かったのかは分からない。男のぼくでは女の子の考えを理解できないところもあるだろうし。
個人的には、このまま別れることになったとしても満足だけどな。もし、そうなったらそうなったで。
「あ、あのさ」
「ん? おお」
幼なじみの家から、しばらく歩いていると後ろから彼女が追いかけ……抱きしめられてしまった。
走りながら抱きつかれたので、タックルをかけられたようになり身体がよろめく。が、すぐにやわらかな感触のほうに意識が集中をしてしまうんだから、ぼくも男だな。
「なに? まだやりたかったりするの?」
こちらは別に良いけど。幽霊の彼女が違う世界の扉を開いてしまいそうでこわかったりする。嫉妬されると思っていたんだけどね。
「今日は満足したから、もう良いかな」
「今日は?」
「うん。今日は」
楽観的に受け取って良いんだろうかね? らしくもないことを少しの間だけ考えていると幼なじみがぼくの顔を見上げてきた。
にへらー、とでも言いたそうに可愛らしい笑みを浮かべている幼なじみ。頬が赤いのは走って、疲れているからだと思うことに。
「好き?」
「好きだよ」
ぼくは幼なじみと同じ言葉をくり返した。棒読みだったが、照れているんだろうとでも判断したのか、うれしそうにしている。
「わたしも」
「ユウナは言ってくれないのな」
ぼくがそう言うと、幼なじみは驚いた顔をしてから、にやつきはじめた。
「わたしに言ってほしいの?」
珍しく、ぼくが嫉妬でもしていると思っているようで、どや顔をしている。
「いや。どっちでも良いけど」
もう一回あれをねじこんでやろうか……はジョークとしてながしてくれなさそうなので言わないでおくことに。
言ったら夕空の下で二回戦がはじまるだけかもしれないけど。お互いに疲れているし。
「そんなに心配をしなくてもさ、なん回でも言ってあげるって」
「そう。それなら」
と、幼なじみに意地の悪い注文をしようとする前に唇を押しつけられた。目を丸くしているぼくの姿が面白いのか笑いながら。
「わたしも好きだよ」
ストレートにそう口にした。その一言で、ぼくはやっと幼なじみのことを本当に好きになったような気がする。
だって、殺したくなっているんだから。
空き教室の時とは違う黒い想像をしている間に、ぼくの身体は幼なじみと別れの挨拶をしていたようで遠くで右手を振っている彼女の姿を見つめていた。
「今日は疲れたし。帰ろうか」
そう言うと、幽霊の彼女は口を三日月の形にして笑っている。やっぱり嫉妬をしていたのか唇にキスをしてきてくれた。