思いの共有
「どうかしたのか? こんな時間に」
普段から見慣れている制服姿ではないからか、幼なじみのはずなのに別人の女の子だと頭が認識してしまっている。
「宿題を教えてもらおうと思って」
「ふーん」
はて……記憶が正しければ幼なじみの成績は、ぼくよりも上だったはず。しかも、今日の宿題は数学で彼女の得意分野。
なおさら、ぼくに宿題を教えてもらう必要なんてなさそうな気もするんだがな。それにそんなていどの話なら、メールかLINNでできる。
あえて、自宅にまでくる必要がない。顔を合わせてまで確認したい話があるってところか。キスのことかね?
「なんか、タイミングが悪い?」
しばらく、だまっていたせいか幼なじみが不安そうな顔をしている。
「ま、そうだな。今、ぼくの部屋で妹が勉強をしているからどうしようかな? と」
「そうなんだ。それはタイミングが悪いね」
なにかを考えているようで……幼なじみはうなり声を上げていた。思いついたらしく、閉じていたまぶたを開いている。
「こっちにくる?」
なんとなく、そんな感じのことになるとは思っていたが色々と言いたくなるような一言だな。あの幼なじみから誘われていると思うほど、ぼくの頭は楽観的ではないらしい。
「ぼくは良いけど。そっちは?」
「ん? うん。別に良いよ。今日はお父さんもお母さんもいないから誰かと話したい気分だったし」
本人が良いと言っているんだから、ぼくがやいのやいの言うほうが変な話か。むしろ、口説こうとしている相手が気を許しているとでも考えて。
「それに」
「ん?」
「宿題以外にも……聞きたいことがあったりなかったり」
幼なじみがさらに、なにかを言いたそうに口を動かしていたが、結局だまっていた。
「そうか。それじゃあ、そっちの家にお邪魔をさせてもらうよ」
家の前で電話したのも、その辺が理由なんだろう? と聞くのは少しデリカシーがないよな。
自宅から幼なじみの家までは、五分くらいかかる。そろそろゴールデンウィークだったはずなのに、夜のせいか肌寒い。
黒い空には月が浮かんでいて、なんとなくぼくの身体の中にながれている血液が、熱くなっているような気がした。
「月を見ているとさ。なんとなく黒い想像が頭の中に浮かんでくる時があるよな」
「黒い想像?」
そう言い、ぼくの隣を歩いている幼なじみが首を傾げている。
「暴力とかのこと」
「男の子っぽいね、その話題」
月明かりに照らされているおかげなのか、幼なじみの笑顔も普段よりも色っぽく見えてしまう。
「理解できない話じゃないのか?」
「まあ、そうだね。その黒い想像はわたしには分からないけどさ。月を見ていると、変なことを考えちゃう時はあるかな」
ナギサを殺したくなったり? と唇が動きそうになったが、なんとかとめられた。その幽霊の彼女も月に不思議なパワーをもらっているのか、万歳をしながら後ろをついてきている。
「例えば?」
「えっと、チョコレートケーキを食べまくることかな」
「ユウナらしいな」
へへ、そうかな? そう幼なじみが笑っているが。動揺をしているのか目が動き回っていた。
「ごめん。今のは……うそ。男の子には少し言いづらいこと、としか言えないような想像って感じ」
罪悪感でもあったんだろうか、小さなうそだったのに幼なじみの顔色が少し悪くなっているような気がする。善人は色々と大変そうだな。
「幻滅しちゃった?」
「個人的には、別に。黒い想像に性別は関係ないだろう。それにそんなことを考える二人は相性が良いと思わないか?」
「ん。なんか、きみに口説かれているみたいに聞こえるんだけど」
「口説いているからな」
「からかわないで」
幼なじみにしては珍しく……ぼくの右足を軽く蹴っている。それと、なぜか左足のほうは幽霊の彼女が蹴っていた。変な儀式をしているとでも思われたんだろうか。
「全く、ナギサちゃんがいなくなっちゃったから女の子に甘えたいのは分かるよ。けど、そんなことをするのはわたしだけにしてね」
「嫉妬?」
「月のせいで変になっているだけ」
「そうか。それじゃあ、こっちもそれを理由にさせてもらうよ」
幼なじみの肩を抱き寄せて、キスを。舌をからめようとしたが彼女に先に口の中に入れられてしまった。
はじめてだとしたら、かなり上手い。今の時代は、そちらの知識も情報として手に入れやすいからか。
「えっろー」
唇がはなれると……顔を真っ赤にしている幼なじみが、そう言いながら笑っていた。
「どっちがだよ。いきなりキスをされたのに舌を」
「それ以上は言わないで、ほしい」
ぼくの言葉を遮るように、幼なじみが声を荒らげている。本当に月のせいで色々なものが狂っているのかもしれない。
「それなら、ぼくの口を塞いだら良いんじゃないか?」
言葉の意味を理解したようで、さらに顔を赤くしていく。目をつぶりつつ、幼なじみは唇を押しつけている。
やわらかな唇をなめると、幼なじみが身体を震わせた。逃げようとしたので両手で彼女の顔を固定し、口の中にゆっくりと舌をねじこんでいく。
「ん……うっ。こら」
「いやだった?」
両手で幼なじみの顔を固定した状態のままで、赤くなっている耳を指先でなでる。少しだけ声を荒らげているが、いやではないようで首を横に振っていた。
教科書やノートを地面に落としていたようだが、キスに夢中で互いに気づかなかった。
「わたしのこと、本当に好き?」
道の真ん中で幼なじみとキスをしてから、家まで送り届けると玄関の前でそんなことを言われた。
「まだ、してほしいってことか」
幼なじみの肩をつかんで、もう一回キスをしようとしたが。
「わー、違う違う。そっちの意味じゃない」
やわらかな両手で口を塞がれてしまい、唇を重ねることができなかった。
「えと、わたしはナギサちゃんの代わりなんじゃないかな? とか」
嫉妬みたいなものだろうな。しかも、自分で殺した相手なんだから、その感情はさらに強いはず。
「そんなつもりはないよ。けど……ナギサのことを全部、忘れたから平気だよ。とは言い切れないかな、ごめん」
その証拠と言う訳でもないがキスの代わりに幼なじみの頭をなでていく。いやではなさそうだが、恥ずかしいようで、目を泳がせていた。
「ううん。それで普通だと思うよ。わたしもナギサちゃんのことは忘れられそうにない」
ナギサを殺した時のことでも、思いだしているようで幼なじみが自身の両手を見つめている。
この真面目な幼なじみが、ナギサを殺した理由はなんなんだろうな? ぼくを奪い取るため、なんて楽観的なことを考えるのは自分に都合が良すぎるか。
ま、そんなことは……どうでも良いよな。つくられた記憶みたいなものだし。
「でも」
「うん?」
「それでも、ぼくはユウナのことが好きだと思うよ。生きている女の子の中で一番ね」
「ものは言いようね」
「いや?」
幼なじみが首を横に振って、ぼくにキスをしてきた。唇同士が軽く触れ合うだけの……とても優しいそんなていどの。
「ううん。わたしもそれくらい好き」
「そうか。うれしいよ」
もう一回だけ、ぼくからキスをすると……幼なじみは玄関の扉を開け、そそくさと中に入ってしまった。
玄関の扉を少しだけ開けて、その隙間から幼なじみが、うっすらと赤くなっている顔をのぞかせている。
「は、入るの? 家に」
「宿題を教えてほしい、って頼んできたのはそっちじゃなかったっけか」
ぼくは別にどちらでも良いんだ。幼なじみとキスをできた時点で、今日の目標のようなものは達成しているんだからな。
それに個人的には、ここから先は少しはやすぎる気もする。もっと幼なじみのことを。なんて、ぼくが真剣に考えている訳が。
「そっか。そうだったね、うんうん。今日は色々とあったから、良い感じ」
「宿題のほうは、もう良いのか?」
「うん。答えは分かったからオッケー」
放課後に目をつぶっている幼なじみにキスをしたことだろう、と自分に都合の良いように想像しておいた。
「それじゃあ、また明日ね」
「おう。また明日」
扉の隙間から、手を振っている幼なじみに背を向け、ぼくは自宅のほうへ歩いていく。
嫉妬でもしているのか、幽霊の彼女がぼくの右手を握りしめてきた。なんとなく彼女の手が震えているような気がする。
「心配しなくても、ナギサのことも一番好きだよ」
こちらに顔を向けてくれないが……うれしかったんだろう、幽霊の彼女がなにかのメロディーを口ずさんでいるのが聞こえていた。