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妹とお届けもの

「幽霊になっているってことは、未練があるんだよな、多分」

 夕飯をおえて、自分の部屋のベッドの上に寝転んで、コンビニで買ってきたワンコインのドーナツを食べている幽霊の彼女を眺めていた。

 死人なのに腹は空くようだが、大食漢ってことでもなさそう。小さなドーナツを一つ、食べられれば満足らしく幸せそうな顔をしている。

 そう言えば、生前の彼女もそんなに食べるほうではなかったな。基本的に女の子は燃費が良いんだろう。

「少なくともその小さなドーナツを食べられなかったことが未練ではなさそうだな」

 幽霊の彼女から天井のほうへと視線を移動させて、ベッドの上で寝返りを打った。

「ん?」

 天井のほうに視線を向けたことが気に入らなかったのか。頬をふくらませている幽霊の彼女が、ぼくに覆い被さるようにくっついてきている。

 相手をして、とでも言っているつもりなんだろう、ネコみたいに頬をなめていた。

「嫉妬をする相手が違うような」

 天井に嫉妬をするとはな、同じ死んでいる存在だからかね? 幽霊の考えも分からないものだな。

 唇にキスをされた……ドーナツの砂糖でもくっついていたのか、ほんのりと甘味が。

「心配しなくても、ナギサが一番好きだよ」

 幽霊の中では本当に一番だと思っているんだから、うそでもない。

「チュー」

 本当にわたしのことが一番好きならそっちからもキスをして、って感じか? 短い言葉で考えを教えてくれるのは助かる。

「分かったよ」

 幽霊の彼女の髪に触れつつ、その唇にキスをした。保健室の時と同じように舌をからめようと思ったのだが。

 扉をノックする音が部屋に響き、びっくりしたようで幽霊の彼女がはなれてしまった。死んでいて透明で、ぼく以外に姿は見えないことは本人も分かって。

 いや、もう一人。幽霊の彼女が見えているかもしれない人間がいた。きれいな足をしている保健室の先生。確か、名前は。

 ノックの音が先ほどよりもさらに強く部屋に響いていく。

 保健室の先生の名前を思いだそうと努力はしてみたが、思いだせなかった。異性の名前はできるだけ記憶しているつもりだったが、ど忘れかね。

「どうぞ」

 幽霊の彼女がベッドの下に隠れたのを確認してから、ノックに対して応答した。ぼくと違って真面目な性格なんだろう、反応があるまで部屋に入ってこないなんて。

「兄さん。ヒマ?」

 部屋の扉を少しだけ開けて、妹のスズナが顔だけをだしている。黒髪のポニーテールを垂らし、二つの目を縦に並ばせていた。

 なにかを探しているのか、妹の小さな瞳が慌ただしく動いている。誰かが部屋にいるとでも思っていたのか?

 そうだとしたら、少し気をつけないとな。

「ヒマだけど。どうかしたのか?」

「勉強、手伝ってほしい」

 熱心なことで、って言うのは悪く聞こえてしまうか。多分、妹の性格ならストレートに受け取ってくれたと思うが。

「兄さんに分かるレベルなのか?」

「平気平気。楽勝レベル」

「いやいや。あんまり兄さんを買い被らないでくれよな。ハードルが高すぎて転んじゃうかもしれないぞ」

「またまた」

 笑わせるつもりはなかったのだけど、妹が楽しそうにしている。笑いのつぼが、兄さんとは違うところにあるんだろう。

「まあ、見せてみろよ」

「うん」

 年相応に可愛らしく首を縦に振ると、妹は律儀に部屋の扉を閉めてから、机の前にある回転椅子に座った。

 もってきた参考書やノートを、妹が広げている間に。ぼくもベッドから立ち上がって、その傍らに移動していく。

「ん?」

 机に広げられている参考書やノートの文字を見て、思わず首を傾げてしまった。記憶が正しければ妹は小学四年生だったはずだが。

「スズナ。間違えて、買ってきてしまったのか? これは中学生レベルの参考書だと思うんだけど」

「うん。そうだよ」

「そうだよ、って」

 兄さん的には、宿題で分からないところがあるから教えてほしい、ってレベルの話だと思っていたのに。

 兄さんの想像よりも、妹は成長をしているんだな。とか思ったり思わなかったり。涙の一つでもあれば信じてもらえそうだが、欠伸をしないとでてきてくれないからな。

「もしかして、分からない?」

 兄さんの頭の中はそんなに弱かったの……とまでは思ってないだろうが、妹が不安そうな表情をしている。

「いや、少し驚いただけだな。てっきり宿題を手伝ってほしい、ってことだと思っていたからさ」

「え? 宿題って、自分の力だけでするものじゃないの?」

「スズナは真面目だな」

 そもそも妹には宿題を手伝ってもらおう、って発想がないようだ。これだけ真面目だと悪い男にだまされないか心配だったりもするが、互いに同じ血が身体の中をながれているんだから平気か。

「子ども扱いはやめて」

 幽霊の彼女には好評だったので頭をなでてみたんだが、不満らしい。

「いやいや。妹扱いしているだけだな」

「それなら良いや」

 やっぱり不安だな……兄さんみたいな男にだまされたりしないか。




「で……ユウナさんとはどんな感じになっているの? 兄さん」

 妹が分からなかった問題の解きかたを少しだけ教えると。答えが分かったらしく関係のない質問をしてきた。

「どんなもなにも、幼なじみだな」

「そんな上っ面な話を聞きたいんじゃなくてさ。ほら、もっとどろどろしているやつ」

 兄さんの彼女を殺した幼なじみを口説こうとしているよ、と言うのは。妹が求めているどろどろなんだろうか?

 多分、違うんだろうな。幼なじみと恋仲になっているかどうかを聞きたい、みたいな顔をしているし。

 目も輝かせたりして可愛いやつ、と思ってしまうのは相手が妹だからかね。

「勉強を教えてもらいにきたんじゃなかったのか?」

「社会勉強みたいなものだし」

「絶対に違うと思うけどな」

 うそをついても良いのだが相手は妹だし、見抜かれてしまう可能性が高い。

 兄妹だから、なんとなく互いに考えていることが分かってしまうのは色々と面倒だな。

「ユウナのほうはどう思っているか知らないが。兄さんは口説こうと思っている」

「なんと。あの女の子には興味のない兄さんが、そんなことを考えていたなんて」

 妹にはそんな風に思われていたのか……はさておき。生前の彼女のことは、忘れているようだな。

「はじめての彼女?」

「告白が成功したら、そうなるな」

「ふーん、ユウナさんがお姉さんになっちゃうんだね」

「あー、まあ……結婚できたらな」

 小学生の常識なのか妹の考えが偏っているのか分からないが、そんな解釈になっちゃうらしい。

「春だね」

「そうかもな」

「もしかしたら夏になっちゃうかも」

「それは意味が分からないな」

 多分ジョークだったんだろう。妹が自分で言った台詞で笑っている。笑いのつぼがあるところを兄さんにも教えてほしいもんだ。

「夏と言えば、幽霊だよな。スズナは信じていたりするのか?」

 話題の変えかたが強引かと思ったが。少しの間こちらの顔を見ると……なにかを悟ったかのように妹がにやつきだした。

「ふふん。今日は勉強を手伝ってくれたから兄さんに合わせてあげる」

 そう、言われた。幼なじみとの恋仲の話で恥ずかしくなったんだよね、とでも妹に思われたってところか。

 残念ながら、兄さんはそんなタイプの人間ではないのだがそんなていどの勘違いを正す必要もないよな。

「話の分かる妹で助かるよ」

「へへっ。それにしても兄さんが幽霊がいるかどうか聞いてくるなんて意外だね。そんな類いの話は全く信じてないタイプだと思っていたのに」

「そうだろうな……兄さんはリアリストって感じだし。今回は雑談の一種だ。勉強みたいに証明しろ、って話じゃなければ。そんな話をすることもあるさ」

 それでスズナは幽霊を信じているのか? そう言ったのと、ほとんど同じタイミングでぼくのスマートフォンが音を鳴らした。

 スマートフォンの液晶画面に、幼なじみと白い文字が映っている。メールとかLINNじゃないとは珍しい。

「ラブコール?」

「そうかもな。家の外で電話をしてくるから大人しく勉強していてくれ」

「ここですれば良いのに」

 幸いにも、唇をとがらせている妹にも幽霊の彼女の姿は見えないようだな。見えているのなら、ぼくの隣で逆立ちをしている彼女になにかしら反応するはずだし。

 自分の部屋をでて、幼なじみと通話をしながら……こっそりと外にでようと玄関の扉を開けると。

「あ」

 スマートフォンから聞こえてきた声と目の前に立っていた幼なじみの声が重なった。

「お、お届けものです」

「不良娘を届けてもらうように頼んだ覚えはないんだが」

 ノートや教科書をもっていると言うことは宿題でも教えてもらいにきたんだろう。互いの家が近くだと色々と都合が良いようだな。

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