最高の死にかた
「一つ、気になることがあるんだけど。自死をした場合は、他の人間から記憶が消えたりしないのかい?」
ゴールデンウィーク明け。頭が痛く、保健室のベッドでサボタージュをさせてもらっていると。
傍らで、パイプ椅子に座っている保健室の先生がそんな質問をしてきた。
「確実じゃないですが、自死の場合はその姿を見ているか。それをしたやつの好きな人間の記憶からは消えないんだと思いますよ」
あくまでも、ぼくが妹のことを忘れてないのを考えた結果の可能性だけど。
自死するところを目の前で見ていて。その妹が好きだった相手は一人みたいだしな。
妹が、友達のことを忘れてなかったのは。
「普通に考えたら、自死をしているところを見て、忘れるような神経の人間はいないか」
「鏡を見ながら、もう一回だけ。同じことを言ってもらえますか?」
「きみの目の前で言ったんだし、似たようなものだろう」
「それも、そうですね」
笑えることを言ったつもりはないのだが、保健室の先生がにやついている。
「それはさておき。きみの幼なじみは生まれ変わったんだろう? 会いに……殺しにいかないのかい?」
「もう、殺すのは疲れたので」
疲れた。と言うよりは気づいてしまった、のほうが正しいのか。
「先生に言ってましたか? ぼくが幼なじみを殺しつづけていた理由」
「聞いたことはないな。でも、そうすることが、きみなりの愛しかたってところなんじゃないの?」
「それもありますが、ナギサに会いたかったんですよ」
色白で、可愛くて、なん回もぼくを殺しにきてくれる、あのシロイロナギサに。
「純粋だね、珍しく」
「失礼ですね。ぼくは普段から純粋ですよ」
ジョークのつもりだったのだが、保健室の先生は笑ってくれない。
「幽霊が存在したんだからさ。もしかしたらナギサちゃんにも会えるかもしれないよ」
「ダウト。とは言い切れないですね。確かにその可能性もないとは思いますけど気の遠くなるような話でしょう」
「ナギサちゃんが本当に好きだったら、それくらいはやるんじゃないの?」
「別れるのが面倒な彼氏を殺させた女性からでてきたとは、思えないような台詞ですね」
不思議そうに、保健室の先生が首を傾げている。そう言えば、ミドリサカリョウのことは忘れているんだったな。
「なんにしても、そこまでするほど。ぼくはナギサが好きじゃなかった。それだけのことですよ」
「ふーん。だったら、わたしとつき合う?」
「今の友達みたいな関係がお互いにとって、一番良いんだと思いますよ」
「優しい振りかたもできるんじゃないか」
告白だったんですね、とは言わないほうが良さそうだな。性格はあれだが、一応は異性なんだし。
「さて、今日のきみは本当に顔色が悪いようだし。ゆっくりと眠っていてくれたまえ」
パイプ椅子から立ち上がる時に一瞬、保健室の先生がベッドの下に視線を向けたような気がした。
また、幽霊でも見えたんだろうかね。
「この保健室には、しばらく誰も。これ以上は野暮か」
ベッドの上で寝ているぼくの頭を軽くなでながら、保健室の先生が顔を近づけてきた。キスでもするのかと思ったが……すぐにはなれていく。
「そうそう。きみはやっぱりうそつきだね」
ベッドからはなれて、引き戸の前で背中を向けたまま保健室の先生は今さらなことを。
「お幸せに」
そう言うと、保健室の先生はでていった。
「そろそろ、でてきたらどうだ?」
地震。いや……ベッドが揺れているのか、頭をぶつけたようで両手で押さえながら女子生徒がでてきて。
「おはよん」
パイプ椅子に座って、きれいな黒髪をなびかせている。相変わらず色白で、可愛らしい顔つきをしていて、それで。
「おはよう。ナギサ」
「違うよ。今はユリだよ」
幽霊だった時のことも覚えているのだから個人的にはどちらでも良かったりするけど。
「ごめんごめん。クロイユリだったな」
「へへっ」
「それで授業はどうしたんだ?」
「はっ。頭が痛くなったから、寝ようかと」
本当に頭が痛いやつは、ベッドの下に隠れたりしないと思うが、そんな野暮なつっこみはやめておこう。
「会いにきてくれたの?」
うそがばれてないと思っていたようでユリが驚いた表情をしている。なにか言い訳でも考えているのか、目が泳いで。
「うそをついても、ばれちゃうか」
考えがまとまったようで、ユリが真っすぐにぼくの目を見つめている。頬を赤くして、どこにでもいる女の子みたいに。
「うん。マコトくんに会いにきたの」
そんな言葉を口にしていた。
「そう」
ぼくの反応に不服なようでユリが頬をふくらませていく。ベッドから起き上がり、彼女の頭をなでてみたが。
「そんなていどじゃ、満足しないからね」
「それじゃあ、どうしたらユリは満足をしてくれるんだ?」
「決まっているでしょう、それは」
その一瞬だけ、ユリの声が。いや……ぼくの気のせいだろう、あの彼女は。
「うん? どうか」
やわらかな唇にキスをすると、ユリの目が細くなっていく。舌をからめ、互いの思いを確かめ合うように。
「満足してくれた?」
ユリの口の中から舌を引き抜き、する必要のなさそうな確認をしていた。自分で思っているよりも色々と不安なのかもしれない。
「うん」
うれしそうに笑っている、ユリの顔を見ることができたからか。
「好きだよ。ユリ」
思わず、ぼくはそんな言葉を口にして。
「わたしも、大好き」
死んでいて、冷たくなっているマコトくんがね。その台詞が聞こえたのとほとんど同時に、ぼくの首から勢い良くなにかが。
力が抜けていき、返り血を浴びているユリのやわらかな身体にもたれかかっていく。
「マコトくん、疲れたんだね。ベッドの上で横になろうね」
ユリがなにかを言っているようだが聞こえない。まあ……もう、どうでも良いか。
「ユリ」
「うん? なにか言った?」
「好きだよ」
「えへへ。もう一回、言って!」
好きだよ。そう言ったのに、唇が全く動かない。目も見えているのに、ぼくは。
でも……やっと楽になれる。天国にいけるなんて思ってないが、それだけは確かだな。
「また、会おうね。ユリ」
なぜか、唇が動いてくれた。もう動かないと思っていたのにな、神さまの気まぐれだったりして。
「うん。また会おうね、マコトくん」
そう言って、ユリはナイフでぼくの身体をばらばらに。もう、目も見えなくなっているはずなのに、なんで分かるんだろうね。
「大好きだよ。マコトくん」
死んでいるはずなのに、ぼくは。
冷たくなっているであろう……ぼくの唇はユリのあたたかさを感じている。
大好きな幼なじみに愛されていることも。
それだけはうそではなく、本当に。
大好きな幼なじみに殺されて……愛されていて、とてもうれしそうに目を閉じている。
ワンコインのドーナツを食べていた時の、大好きな幼なじみと同じように、ぼくは本当に幸せそうな顔をしていた。




