結ばれないなら
シロイロナギサは人を殺していた。なん回もやることで手慣れていて、そのことを彼氏のぼくにも教えている。
「シロイロナギサがなん回も殺していた相手は、全部ぼくだったってことさ」
旧校舎のあの教室で、数えられるほどに。
「殺したくなるような顔をしていたから……ナギサさんは恋人になっていた?」
「逆。殺したくなるくらいに、ぼくのことが好きだったんだろう」
多分、スズナの意見のほうが正しいと思うが。ぼくの頭はまともじゃないので、そうとしか考えられない。
「それに、そう考えないと。ぼくに殺すって言葉を教える必要がないからな」
妹の言うように、シロイロナギサにとって殺したくなるような存在だったら、その言葉を教えるのはデメリットだ。
今のぼくと同じように頭がまともじゃないタイプなら、腕力で負ける場合もある。
「それじゃあ、なんで……お兄ちゃんに殺すを教えていたの?」
「ぼくに殺されたかったから」
「死にたかったってこと?」
「違う。愛されたかったんだよ」
お互いに、まともじゃないからな。ぼくが好きになった女の子を殺したくなるように、シロイロナギサもほれた男を殺したいタイプだったはず。
「スズナには理解できるか分からないけど、ぼくとナギサは好きになった相手を殺したくなる人間なんだ」
「意味が分からない。殺しちゃったら、キスとかハグとかできないよ」
「そう分かっていても、殺したくなっちゃうんだよ」
愛情表現と言うよりは、本能か。そうすることこそが、ぼくとシロイロナギサにとってのキスやハグのようなもの。
アカイユウナを殺した時の、あの表情も。
「シロイロナギサにとって愛されることは、殺されるのと同じ。だから、ぼくにその言葉を教えていた」
ほれた男に殺されることを夢見る女の子。ある意味でその願いはかなったんだろうが。幽霊になっていたし、多少は未練が。
「そんなの全部、お兄ちゃんの想像じゃん。そんな変な考えかたをする女の子なんて存在しないから。はやく目を覚まして」
ナイフを奪い取れそうなほどに、妹が動揺しているようだけど、それでは意味がない。善人のアカイユウナなら許してあげるのかもしれないが、ぼくは。
「確かに、スズナの言う通り。今の話は全部お兄ちゃんの想像だな」
シロイロナギサからも、幽霊の彼女からもそんな話を聞いたことはない。
「だったら」
「でも、お兄ちゃんはそんな変な女の子じゃなかったとしても、ナギサにほれていた」
それだけは、本当のことなんだと思う。
シロイロナギサのように、ぼくをなん回も殺してくるような存在でも。幽霊で、あほっぽい女の子になってしまっても。
「ほれちゃった女の子のことに関してだけはうそをつけない。どこにでもいる男になってしまうからな」
それほどまでに、ほれて。
「お兄ちゃん」
ナイフを握りしめている妹の手が、力なく垂れ下がっていく。
「お兄ちゃん。お兄、ちゃん」
空ろな目をしているが、泣いているらしく床にこぼれ落ちていた。
「お兄ちゃんは、分かってない」
妹がなにかを言っているみたいだけど声が小さすぎて聞こえない。
「お兄ちゃんは、間違っているよ。つき合うべきなのは、わたしなのに。なんで」
とても頭の良い妹なのに、自分が口にしている言葉の不可解さに気づいてないらしく。どうして、お兄ちゃんはわたしの純粋な思いを分かってくれないの? とでも言いたそうに首を傾げていた。
「お兄ちゃんが好きになるべきなのはわたしだけ。妹のスズナだけなんだよ。なのに……なんでナギサさんやユウナさんと」
「スズナとは兄妹だからな。つき合ったり、結婚することは」
「結婚できないことは分かっている。でも、つき合えるよね? 好き同士だったら形式にのっとる必要なんてない」
可愛い笑顔を見せているつもりなんだろうけど、今のお兄ちゃんには妹の笑っている姿が醜い化けもののように見えて。
「好きって感情は、形にする必要なんてないんだよ。キスしたり、ハグしたりするのは、それが分からなくて不安だからするの」
「そうなんだな」
「だから、お兄ちゃんとわたしは結婚なんてする必要がないの。だって……お互いに好きなんだもん。好き同士だって理解して」
面白そうなことでも思いついたようで、妹が唇を醜くゆがめている。いや、お兄ちゃんにはそう見えているだけで可愛く笑っているつもりなのか。
「お兄ちゃんも、わたしが好きだよね?」
「まあ、そうだな」
「妹として、じゃないよね?」
どちらかと言うと、妹としても好きでいられるかどうかもあやしくなってきていたり。
「違うの」
煮え切らないことにむかついているのか、ナイフを思い切り握りしめている。また……刺されそうになるのもな。
「どう答えたものかと思ってね。今のスズナには本当のことを言っても信じてもらえなさそうな気がするし」
「好きって言うだけで良いんだよ。わたしはお兄ちゃんの言葉だったら、うそでも信じることにしているから」
「それなら、お兄ちゃんがナギサのことを」
「うん。だから、殺す」
酷く冷静に妹がぶっそうな言葉を口にしているが、身体を震わせている。
うそはつけても、身体のほうは律儀に反応をしてしまうか。
「お兄ちゃんが、ナギサさんを好きなことは認めているよ。けど、それは間違っている。だから、殺す」
殺して、殺して、お兄ちゃんが可愛い妹を好きになるまで……つき合ってくれるようになるまで、なん回も。
そう、妹はやっぱり落ち着いた声音で口にしていた。覚悟も決まったのか身体は震えていない。
黒く染まっている目をぎらつかせながら、真っすぐこちらの顔を見上げていた。
「なん回でも言うよ。わたしはお兄ちゃんが好き。大好き。お母さんもお父さんも友達も他の全部がなくなってもどうでも良いくらいに好き」
「そうか」
「だから、ナギサさんのことは」
「スズナがなん回ナギサを殺したとしても、お兄ちゃんは諦められないな」
「へへ。わたしのお兄ちゃんなら、そう言うと思っていたよ」
てっきりナイフで刺されると思っていたのだが、妹は笑みを浮かべている。
「スズナが諦めてくれるのか?」
「んーん。自死させるの……ナギサさんを。いや、お兄ちゃんの幼なじみって存在か」
お兄ちゃんも知っているよね。この世界では殺しても似たような存在が生まれてきちゃうんだけど、そうならないルールもあるの。
と、妹が大きく声を上げて笑っている。
個人的には笑える話でもないんだけどな。
「自死すると、生まれ変わることができないってことか?」
「そ。多分、殺される場合は未練があるから生まれ変わっちゃうんだろうけど、自死は」
「未練がない。むしろ、自ら死を選んでいるんだから生まれ変わらない」
「お兄ちゃんは理解がはやくて助かるね」
「それでスズナはそのことをどうやって確認したんだ? 少なくとも、一人か二人は試したんだろう?」
そう聞くと、妹は。
「死ぬことを強制してないよ。お兄ちゃんも言っていたよね。大人の女性はアピールしてくる男を」
「もう良い。分かった」
こんなお兄ちゃんが言えたことでもないが妹は……もう人間とは。
「お兄ちゃん。怒っているの?」
「別に怒ってないな。お兄ちゃんもスズナと同じようなことをしていた存在だし」
それでも神さま以外の誰かが裁かなければならないのなら。
「えへへ。お兄ちゃんと同じ」
「でも、きらいだな」
「え?」
握っているナイフを震わせつつ、妹が目を見開いている。
「お兄ちゃん。今、なんて?」
「スズナがきらい、って言ったんだ」
「なんで?」
言いかたを間違えたら……お兄ちゃんでも殺されてしまうだろうな。そうなったほうが楽かもしれないが。
「なんでって、人を殺したからだよ」
「殺しても、意味がない世界なのに? 殺しても、殺しても、同じような存在が生まれてくるんだから」
「同じような存在でも、それは別人だよ」
シロイロナギサと幽霊の彼女が違うように人を殺すことは、やっぱり悪いことなんだ。
「ナギサさんも人を殺していた」
「だから、スズナに殺された」
神さまがそうなるようにしたのかは分からないけど、人を殺していた存在だからこそ、そんな目に遭った。
「だったら悪いのはナギサさんじゃないの」
「そのことに関してはな。でも、スズナは」
「ごめんなさい」
ごめんなさい。ごめんなさい。妹が水飲み鳥のように、なん回も激しく頭を上下に動かしている。
「もう、もうもう……殺したりなんかしないから。お兄ちゃんが好きな妹に」
「スズナ。妹としては好きなんだ」
今、妹の目の前に座っているやつはどんな顔をしているんだろうな?
「けど」
「や、やだ。やだやだやだ。聞きたくない、お兄ちゃんの口から」
兄妹だからこそ、今から言われるであろう台詞が分かってしまうのか、妹が激しく首を横に振っている。
「言ったら、殺すから。お兄ちゃんでも殺しちゃうよ。そしたら、あっ」
「気づいたか。お兄ちゃんを殺しても、同じような存在が生まれ変わるだけ」
スズナのことを妹としては好きでも、一人の女の子としては絶対に。
「そ、それじゃあ」
「ああ。もう、おわっているんだよ」
スズナのことを、一人の女の子として好きになってくれるお兄ちゃんは存在しない。
例え、なん回もなん回も殺したとしても。
「お兄ちゃん、聞かせて?」
わずかな希望にすがろうとしているのか、泣き笑いのような表情の妹が。
「きらい」
どこにでもいる男の、たった三文字の言葉を聞くと……妹はナイフで腹を。
「痛い。痛いよ。お兄ちゃん、お兄ちゃんのせいだよ。お兄ちゃんがわたしを」
「ごめんな。それでも、お兄ちゃんはナギサのことが好きなんだ。スズナと同じように」
「そう。それじゃあ」
妹の身体が傾き、こちらにもたれかかってきた。知らない間に、重くなって。
空耳か? 誰かの笑い声が聞こえている。
「今回だけは神さまも自死することを許してくれるだろう」
こんな酷いお兄ちゃんのところに、可愛い妹をつくってしまったんだからな。




