真実
ミドリサカの存在がなかったことになり、抜かれたぼくの歯ももとに戻ったが頭のほうはふらついている。
ケガではなく、記憶がごちゃついていて、頭が痛いって感じなんだろう。コンピュータみたいに必要なさそうなものを消してくれる機能でもあれば楽なんだけど。
幽霊の彼女に肩を貸してもらい、旧校舎の教室からゆっくりと保健室のほうに移動している途中。
「またサボタージュ?」
スニーカーを脱ぎ、下駄箱から上靴を取りだしていると横から幼なじみの声が聞こえてきた。仁王立ちをしていて……怒っていると言うよりはあきれたような表情をしている。
「走りだしたくなってね」
「そんな熱血タイプだったっけ?」
「ああ。こんなに汗をながしているしな」
「いやいや。少しもながしてないから」
一応、ぼくのジョークにつっこんでくれたが。彼氏彼女の関係だからか、なにかあったの? と幼なじみが心配そうに聞いてきた。
「なにかあったとしてもキユには教えない」
「きみはうそをつくのが得意だったね」
そう言いながら幼なじみが近づいて、キスをしてきた。なん人かの生徒に見られているが気にせずに、舌をからめている。
「恋人同士だよね?」
唇がはなれると、怒っているのか幼なじみがぼくの顔をにらみ上げていた。
「ぼくの記憶が正しければキユは人前でキスをするような性格じゃなかったはず」
浮気をしている訳でもないから、やましいところはないけど。これが、恥ずかしいって感情なのかもしれないな。
「思い違いでしょう。別に、うそをつくことはきみの専売特許じゃないんだから」
「もしかして怒ってますか?」
「んーん。彼氏のきみに信じてもらえてないんだな、って思っているだけ」
それを、怒っていると言うのでは。ミドリサカが死んじゃった影響で、幼なじみの性格も少し変わってしまったのかね。
殺す、って言葉を使わなければ幼なじみが真実を知ることはないけど。このまま、うそをつき続けても関係が悪くなる。
手もとのナイフで幼なじみを殺しても良いが、その光景を見ること自体が殺すって言葉を認識させてしまう可能性もないとは。
「やっぱり、信じてないんだ」
幼なじみが唇をとがらせているから、それほど時間もない。だったら、いっそのこと。
「そうじゃなくてさ、どこから話したものかと思ってね。順番を間違えるとキユを責める感じになるからさ」
「ふーん、わたしをね」
先ほどまで、幼なじみに好意を抱いている男子生徒とケンカしていたことを釈明した。はじめこそ、疑っていたみたいだが顔つきが真剣になってきて。
「誰のこと?」
正義感か、性格が真っすぐだからか分からないが、幼なじみが声を震わせている。あるていど心当たりがあるんだろう。
「名前は教えられない。それに話はおわったからさ、今さらだと思うよ」
そもそも、ミドリサカはもういなくなっているし。その生まれ変わりならいるかもしれないけど全く関係ない。それに、あの言葉を思いだしてくれているはずだし。
「わたしの気がすまないから」
「そこまで気にすることでもないしさ、キユまで関わってくるとばつが悪くなるかと」
「うん? なんで、わたしが関わるとばつが悪くなるの? 今回の話の中心みたいな存在なのに」
「ケンカを仕かけたのが、こっちだから」
幼なじみが不思議そうに首を傾げ……ぼくの顔をのぞきこみ、うなり声を上げている。
うそはついてなさそう、と判断してくれたようで、うれしそうな表情をしている気が。
恋愛は、追いかけるよりも追いかけられるほうが楽しいってやつかね。
「うそはついてなさそうだね」
「ぼくは今まで一回も、うそをついたこと」
「はい。ダウト」
せめて、最後まで言わせてくれ。それなりに面白かったようで、幼なじみがにやついている。
「それにしても珍しいね。きみは人との争いごとを、できるだけ避けるタイプだと思っていたのに」
「今回は避けられなかっただけだよ」
「ふーん、なんで?」
うそをついても見抜けちゃうからね……と幼なじみが得意顔を。ケンカを仕かけた理由は分かっているんだろうから、本人から聞く必要はなさそうだが。
目を輝かせている幼なじみはぼくからその言葉を聞かないと納得しない。うそをついても見抜かれるらしいから、まぎれもなく。
「嫉妬」
うそつきのぼくにしては珍しく本音を口にしたのだけど、チャイムのせいで聞こえづらかったのか幼なじみが耳を傾けている。
「ごめん。チャイムで聞こえなかった」
「そっちもばればれだから」
頬を真っ赤にしている幼なじみの唇にキスをした。これならチャイムの音もなにも関係なく伝わるだろう。
ぼくが幼なじみのことを。
「どうかしたのか?」
旧校舎の教室から保健室に移動するまで、幽霊の彼女が黙ったままなので、声をかけてみたけど……反応がない。
そう言えば、下駄箱で幼なじみと話をしていた時もからんでこなかったな。また腹でも痛くなったのか。
幽霊の彼女の黒髪がマリモみたいになっているので、悩んでいるのはなんとなく分かるが、ベッドの上に寝転んだ。
「ここまでくるのに、肩を貸してくれたから疲れた?」
隣で寝転んでいる幽霊の彼女を見下ろし、そう聞くと。小さく首を横に振り、ベッドを軽く叩いている。
「あんまり暴れないでほしいね」
ベッドの傍らにおいてある、パイプ椅子に座っている保健室の先生の言葉に従ったのか幽霊の彼女は叩くのをやめていた。
「それで、今日はどうしたの?」
「先生の依頼を解決したら、頭が痛くなったのでベッドで寝かせてもらおうかと。それと報告ですかね」
報告を優先するべきじゃない? と言いたそうな顔をしているが似たもの同士だからかつっこんでこない。
「依頼。ああ……殺すことか」
「覚えているんですか? 彼のことを」
「いんや、全く。でも、きみになにかを依頼したのが本当なら殺すことしかないだろう」
「それもそうですね」
「ん? わたしに対して、なにか怒っているのかい?」
うそはついてないし、ミドリサカが死んでしまった影響で記憶の一部が消えている保健室の先生にやいのやいのと責め立てるのは、少し筋が違うよな。
一応、先に報酬ももらっているし。
「いや、怒ってはないですよ。ただ先生から聞かされておくべき情報が抜けていたので、大変な目に」
「ごめんね」
「ぶん殴りますよ」
ぼくが声を荒らげているからか、保健室の先生が笑っている。
「きみも怒ることがあるんだ、安心したよ」
「顔面を殴られて、歯をなん本も抜かれたら怒りたくもなると思いますが」
「大変だったね」
「もうやめましょう。これ以上この話をすると先生を殺してしまいそうですから」
「あはは。きみのジョークは面白いね」
まぎれもない本音だが、もう良いや。ぼくの仮説のようなものは……ほとんど確定だと思って間違いない。
殺す、って言葉を知っている人間でさえも他の誰かがそれをおこなった場合は、記憶が消える。
ぼくがミドリサカを殺した影響で、保健室の先生の記憶が。そうだとしたら引っかかることが。
「違う」
声が聞こえた。音量が小さすぎて空耳かと思ったが、幽霊の彼女が唇を動かしている。
「ところで今日はナギサちゃんを連れてないんだね。ケンカでもしたのかい?」
「それこそジョークですか。ナギサならぼくの隣で寝転んでいますよ」
「ん、いや。ナギサちゃんの姿が見えないんだけどね」
のぞきこむように保健室の先生の目を真っすぐに見つめるが、全く逸らそうとしない。でも、うそをついて。
「じゃないよ」
ベッドの上に寝転んでいた幽霊の彼女が、ゆっくりと起き上がっている。気のせいかもしれないが普段よりも雰囲気が違うような。
「ナギサ?」
「自死じゃなくて……わたしは殺されたの。それでね、思いだしたんだよ」
眠たいようで、幽霊の彼女がぼくの右肩にもたれかかってきている。声が小さく、聞き取りづらいが。
「わたしを殺したのは」
ぼくの耳もとで幽霊の彼女は自分を殺した相手の名前を口にすると。
「本当ですね。ぼくにも可愛いナギサの姿が見えないですね」
「ダウト」
「本当ですよ」
ぼくの右肩に、もたれかかっていた可愛い幽霊の彼女は自分を殺した相手の名前を口にして、消えてしまった。
自分を殺した相手を思いだしたからか幽霊は人間を殺してはいけないと言うルールでもあったのか。そんなことはどうでも良いか、結果だけが全てだ。
幽霊の彼女が、この世界から存在を。
「泣いたりして。悲しいことでもあった?」
「それこそダウトでしょう」
「残念。わたしは生まれてから一回もうそをついたことがないんだ。特に、可愛い生徒が泣いている時はね」
保健室の先生に頭を優しく頭をなでられ、キスをされた。上手すぎて……幽霊の彼女のことをしまいそうだな。
「ダウト」
「それは、お互いさまだ」
似た者同士とは言え、心の中まで読まないでほしかった。特に、こんなに優しい保健室の先生だけには。




