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男と遊ぶ趣味はないが

「おれさ、アオハラのことが好きなんだ」

 旧校舎の教室に入ったミドリサカが、ぼくのほうに顔を向けながら口を動かしている。なんとなく分かっていたけど、まさか堂々と言ってくるとはな。

「そうなのか。友達としてか?」

 ぼくもミドリサカを追いかけるように教室の中に入り。背中にくっついている、幽霊の彼女の尻の辺りに両手を回して……引き戸を閉めた。

 触られたと勘違いしたようで、幽霊の彼女が身体をびくつかせている。

「異性として」

「そうか」

 旧校舎だし、それほど使われてないところだから、もっと汚いと思っていたのだが意外ときれいだな。生前の彼女が利用をしていたこの教室だけかもしれないけど。

「怒ったりしないのか?」

 悪いことをしているであろうミドリサカのほうが声を荒らげている。普通は逆だよな。

「自分で言っていたじゃないか。人間らしく会話をするんだろう。それに、キユはとても魅力的な女の子だからな、同じ男として理解はできる」

 幼なじみのことをほめたからか……背中にくっついている幽霊の彼女が激しく足踏みをしていた。

「本当に冷静だな。おれがお前と同じ立場で今みたいなことを言われたら」

「勘違いをするなよ。同じ男としてなら理解はできるが、怒ってない訳じゃない」

 正確には怒っていると言うよりも、面倒なことを発生させるな、って感じか。

 そんなことよりも、こいつは明らかに。

「安心したよ。そう思うのはアオハラが好きだからだよな?」

「それ以外にないと思うが」

 と言うか人の恋路を邪魔しているやつからそんな台詞を聞かされるとは。誠実なところをアピールしているつもりか知らないが。

「うそはやめようぜ。ミドリサカ」

 ミドリサカがゆっくりと……まぶたを開閉させている。なかなかの演技だとは思うけど相手の性格が悪すぎたな。

「保健室の先生とのことを知っているから、ミドリサカの本当の」

 ミドリサカがすばやく近づ、ほとんど同時にぼくの意思とは関係なく視線が天井に。

 顎が勢い良く跳ね上がり歯がなん本か空中に舞っている。脳が揺れているからか、足がぐらついて。

 殺すのが面倒って、そっちのほう。

「お、意外と鍛えてあるんだな。普通のやつなら今の一撃で気絶するはずなのに」

 ミドリサカがなにかを言っているようだが聞こえづらい。幽霊の彼女が、ぼくの制服を引っぱっていなかったら。

「ナイス。ナギサ」

 多分、幼なじみをほめたことに対する嫉妬かなにかで制服を引っぱったんだろうけど、理由はどうでも良い。結果的に助かった。

 足がぐらついているがなんとか倒れてないようだな。つーか、歯ってこんな簡単に抜けちゃうのか。

「空手、ボクシング、なんでも良いが格闘技が使えるってことか?」

 口の中で転がっていた歯を床のほうにはきだし、ミドリサカのほうに目を向けたが……ぼやけていて。気分も最悪だな。

「話がはやくて助かるね」

「話し合いをしようってやつはいきなり殴りかかってこねーよ」

 弱っているぼくをなめてくれているのか、保健室の先生の話を聞きたいのかミドリサカがこちらに近づいてこない。

「なんだ、もう殴らないのか?」

「保健室の先生の話を聞いてからでも、遅くはなさそうだからな」

「あっそ」

 ミドリサカ的には実力差がはっきりとしているから焦る必要はないってことかね。

 なめられたものだが、そのおかげで。

「あんまり時間をかけられても面倒だしな、できるだけ手短に話してくれ」

 一分以内に、と仁王立ちをしているミドリサカが人差し指を立てている。

「逆に、そんなに長く話せないんだけどな。保健室の先生とミドリサカが、恋人みたいな関係って知っているだけだし」

「きれいな言いかたを」

 予定とは全く違うが、なんとか殺すことはできそうだな。ミドリサカが口を開閉させているけど幽霊の彼女にのどを切られ。空気が漏れていくような奇妙な音を響かせていた。

 のどからあふれている血をとめようとしているのかミドリサカが両手で押さえこもうとしている。

 濁った声をだしながら、ミドリサカが目を見開いていた。左足のほうからもひとりでに血がながれだしているように、見えているんだろうな。

 幽霊の彼女の姿が見えてないのなら。

「これで良いの?」

 見えない制服のスカートで包みこんでいるナイフを、幽霊の彼女がミドリサカの左足につき刺している。

「ああ。そのナイフを引き抜いて、こっちにおいで」

 上手く発音をできたか不安だったが、言葉は通じたらしく。幽霊の彼女が笑みを浮かべながらミドリサカの左足につき刺したナイフを引き抜き、ぼくに抱きつこうと。

「ナギサ。ストップ」

 左足を床につけているミドリサカを尻目に幽霊の彼女が首を傾げている。自分のもっているものを思いだしてくれたのか口を大きく開けていた。

「ん? ああ、そっか。死んじゃうもんね」

 珍しくぼくが慌てていたからか幽霊の彼女は不思議そうな顔をしていたけど、理解してくれたようだな。

 ナイフで、のどを切られた経験がないので分からないが痛いらしくリコーダーみたいな音を鳴らしながら、ミドリサカが転げ回っている。

「このまま死ぬのを眺めてても良いんだが、ぼくはそんなに善人じゃなかったり」

 相手は幼なじみじゃないし、多少の抵抗は覚悟していたが歯をなん本も抜かれるとは。

「男と遊ぶ趣味はないんだけどな、さすがに今回は腹が立っているみたいだ」

 お返しと言う訳でもないが荒く呼吸をくり返しているミドリサカの顎を、思い切り蹴り上げた。歯を抜くことはできなかったけど、痛そうにしている。

「た、助へ……て」

 のどに穴が空いて、上手くしゃべることができないと思っていたが声をだせるようだ。

「悪いな、もう手遅れだ。ぼくの歯をなん本も抜いたんだし、お互いさまだろう」

 ミドリサカがなにかを言おうとしているが空気の抜けるような音しか聞こえてこない。そろそろ、お迎えがきたってことかね。

「そうそう、聞いておきたいことがあったんだった。それに答えられたら助けてやっても良いぞ」

 先ほどの言葉が聞こえてなかったか、死にかけになるとまともに頭が働かなくなるのか分からないが、ミドリサカが床を軽く叩いている。

「はい。いいえ。で質問に答えてくれるってことか?」

 ミドリサカが一回だけ、床を叩いた。話のながれで考えれば肯定しているってことなんだろうな。

「床を叩く回数が一回なら、はい。二回だったら、いいえ。ってことで良いんだな?」

 同じように一回だけ床を叩いている。のどからあふれている血のせいか、叩く力が弱くなっているような気がした。

 時間は思っているよりもなさそうだな。

「殺す、って言葉を知っているか?」

 二回。

「アカイユウナと言う名前の同じ学年の女子生徒を知っているか?」

 二回。

 この状況でも、うそをつけたら大したものだが助かりたい一心でそんなことはできないはずだ。数分前まで、きらきらと輝いていたミドリサカの目が暗くなってきている。

 こちらが質問をしてないのに、ミドリサカがなん回もゆっくりと床を叩いていた。

「限界か?」

 こちら的にはミドリサカに聞きたいことはなくなったし……さっさと保健室にいきたいところだが、このままって訳にもいかない。

「ナギサ」

 幽霊の彼女のほうに右手を伸ばすと、やわらかな左手で握りしめられてしまった。

「甘えたがりだね」

「そうかもしれないな」

 口の中の痛みのせいでつっこむ気力もなくなってきている。幽霊の彼女がぼくの考えていることを理解してくれるまで時間がかかりそうなのでミドリサカが眠らないように蹴り続けていた。

 死なないように、手心を加えて。

「あ。ナイフか」

 ぼくの血で唇を赤くしている幽霊の彼女がやっと気づき、右手にもっていたナイフを。もともと生前の彼女のものなんだから借りると言うほうが正しいか。

「なにするの?」

「こうするの」

 幽霊の彼女と手をつないだままで正座し、ミドリサカの心臓があるところに、思い切りナイフを振り下ろした。なん回も……微かに動いている彼の身体が動かなくなるまで。

「ぼくの女に手をだすな」

 死んでいるやつに言っても意味はないけど生まれ変わった時にでも思いだしてくれ。

「ごめんね」

 まだ脳が揺れているようで足がふらついている。なんとか立ち上がって、幽霊の彼女の身体にもたれかかりながら耳もとでそう口を動かしていた。

「良いよ。今日は甘えたいんだよね」

 また勘違いをしているみたいだが、ぼくも普通の人間の男の子らしく幽霊の彼女に抱きしめられて。

「そうじゃなくてさ、ナギサにナイフを使わせたことに対して。ごめんってこと」

 本当は、もう少し違う言葉にするべきなのかもしれないが、それを伝えたところで。

「別に良いよ」

 今みたいに幽霊の彼女はなんの悩みもなさそうな笑顔を向けてくれるだけだしな。

「はっ。なにか悪口を言われたような?」

 幽霊だからテレパシーでも使えるらしく、ぼくの顔をのぞきこむとそんなことを言いだした。個人的には悪口じゃないんだけどね。

「そんなことないよ」

「本当に?」

 幽霊の彼女が唇をとがらせている。つもりなんだと思うが……うれしそうにぼくの頭をなでていて、色々とばればれだったり。

「本当だから、ナギサに甘えて」

「なるほど。納得しました」

 せめて、最後まで聞いてからだまされて。

「納得をしたから、だまされてあげる」

「ありがとう。でも」

 言い切る前に、幽霊の彼女に唇を奪われてしまった。口の中が痛いので、舌をねじこむのは。

「歯が生えてきた」

 正確にはミドリサカが死んでしまったのでぼくの歯が抜けたことも。

「ナギサがキスをしてくれたおかげかな」

「うそつき」

 幽霊の彼女の言葉が頭に響いていく。黒髪から甘い匂いがしているからか眠たくなってきているようで欠伸を。

「保健室にいこうか」

「舌を取り替えてもらうんだね」

 うそつきのぼくに相応しい罰だけど、少しだけジョークとしては笑いづらいな。本当にあの世で舌を引き抜かれそうだし。

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