普通に良いやつそうだけど
昼休み。幼なじみと別れて、ぼくはミドリサカがいるであろう教室にきていた。引き戸の近くにいた女子生徒に呼びだしてもらうと爽やかそうなやつが、こちらに近づいて。
「おう。ミドリサカはおれだけど。悪いな。どこかで話したことがあったっけ?」
「いや、会うのもはじめてだな。アオハラのことで話をしたいと思っただけなんだ」
幽霊の彼女は見えてなさそうか。
今の姿が見えているのなら、男として反応しないなんてことはできないはず。女の子に興味がないタイプって可能性もあるが、それはなさそうな感じだな。
「アオハラ? ああ。そうか」
幼なじみから話を聞いていたのか、ミドリサカは笑いながら目を逸らしている。
「移動しても良いか? 別に悪いことはしてないんだけどさ、なんか動揺していてさ」
悪いことをしてないのは本当だと思うが、それが全くないのなら声を震わせないよな。
多少の後ろめたさはある、ってところか。
「そうか。それじゃあ、保健室は? 先生もいるから倒れても安心だと思うが」
「ナイスアイデア。って言いたいところだが昔から保健室は苦手で。ほら、小学生くらいの時に幽霊がでるとかでないとか聞いたことなかったか?」
分かりやすいやつだな。なにがあったのか知らないけど目を動き回らせるほどに、保健室に近づきたくないらしい。
なにをしたんだろうな、あの人。
「聞いたことないな」
本当にこわいのは……保健室の先生のほうなんじゃないのか? そう言いたくなったが男をいじめる趣味はないのでやめておこう。
「保健室が駄目なら、空き教室なら? 仲の良い先生がいて、鍵を借りられるし」
「保健室じゃないなら、どこでも良い」
それにしても見かけによらず、なかなかの悪人なんだな、お前。とでも言いたそうな顔をしているミドリサカ。
「やっぱり、女子ってのは少し悪っぽいやつにほれやすいのかね。そうだ、名前は?」
ぼくは自分の名前を教えた。うそをついても良かったが。これから、ミドリサカにすることを考えたら、別にどちらでも結果は変わらないしな。
「良い名前だな」
「それはどうも。けど、ぼくは自分の名前が少し苦手でさ。できるだけ呼ばないでくれると助かる」
「そうなのか」
大体、このことを話すと。変わった考えのやつだな……的な表情になるのだが。
「まあ、確かに自分の名前って勝手につけられるものだからな。一番近くにいる他人って感じる時があるよな」
ミドリサカなりに、ぼくと仲良くしようとしてくれているようで訳の分からないことを口にしていた。
「なかなかの詩人だな」
「お前からの話題だろうが」
「悪い悪い。でも、自分の名前は一番近くにいる他人だっけ? その言葉は良い感じだと思うぜ」
「本当にそう思っているやつはスルーをしてくれるもんだ」
思っていたよりも、ぼくが友好的に会話をしているおかげかミドリサカのきんちょうが解けてきているっぽいな。
「ん?」
笑みを浮かべているミドリサカのほうに顔を向けつつ、顔を赤くしている幽霊の彼女に視線を向けた。
多分……今の自分がしている姿を客観的に想像でもしたのか恥ずかしそうにぼくの制服の袖を引っぱっている。
カップルはそんなプレイをするんだよ、と幽霊の彼女に言い聞かせていたが。その効果もうすれてきたってところか。
「すーすーするから、返して」
顔を赤くしている幽霊の彼女の耳もとで。
「ナギサのことを、ナイフで刺したくなっているのに?」
そう言うと、幽霊の彼女が激しく足踏みをしはじめた。理由は分からないけど、ぼくがこの言葉を使うことがうれしいらしい。
「ナイフで刺しても良いよ」
ぼくの真似をしているのか、幽霊の彼女も耳もとでささやいている。
刺せないんだよね。って、つっこみたいが今、へそを曲げられると面倒だしな。
「後でやらせてもらうよ。二人きりのほうが楽しいからさ」
「えっろー、ってやつだね」
幽霊の彼女の言葉に首を縦に振っておく。意味は違うような気もするが、本人が納得をしているんだから別に。
「どうかしたのか? 口をぱくぱくさせて」
ミドリサカには色っぽい姿をしている幽霊の彼女の姿が見えないので、ぼくが魚の真似をしているように見えたんだろう。
その姿を想像してみたが、なかなか不気味な感じだな……ぼく。
「のどが渇いただけだよ。ジュースでも飲みにいかないか?」
「そろそろチャイムが鳴るのにか。ま、たまにはサボタージュってのも良いか」
それほど意外でもないけど頭のやわらかいタイプ。幼なじみのことがなければ、普通に仲良くなっていたかもしれないな……今さらだが。
「悪いやつだな」
「ははっ。お前には言われたくねーよ」
快活に笑っているミドリサカの顔を見せられたからか、ぼくも笑みを浮かべていた。
授業をサボタージュし、ぼくとミドリサカは体育館の近くにおかれている自動販売機の前で、缶ジュースを傾けていた。
「殴らなくても良いのか?」
ミドリサカに見えないように注意しながら幽霊の彼女にリンゴジュースを飲ませていると背後からそんな台詞が聞こえて。
「こんなところで話すことじゃないな。もう少しだけ落ち着いて話をできるところに移動するか」
旧校舎のほうにいかないか? ミドリサカはそう言い、体育館の裏手を指差している。
「そうだな。ここから屋上や空き教室に移動するのも面倒だしな」
こちらとしてもできるだけ人目につかないところのほうが都合は良い。
お互いに、空になった缶ジュースをゴミ箱に捨てて、旧校舎の玄関に向かっていった。
「そうだ。知っているか? 旧校舎には幽霊がでてくる、ってうわさがあること」
ぼくがスニーカーを脱いでいると、下駄箱にもたれかかっているミドリサカが妙なことを口に。なぜか、靴を脱ぐような動きをしている幽霊の彼女の姿でも……見えたんだろうかね?
「聞いたことがないな」
でも、幽霊がでてくる可能性が高いことは納得できる。だって、ここでは。
「おれも小耳に挟んだていどだから、詳しくは知らないんだが。なんか日本刀を振り回す女子小学生の幽霊がでてくるとか」
女子高校生の幽霊なら近くにいるんだが。
なんか知らないけど幽霊の彼女が得意そうな顔をしている。別に彼女のことがうわさになっている訳じゃないのに。
「女子小学生の筋力で、日本刀を振り回せるのか?」
「そこは……幽霊パワーみたいなもので振り回しているんじゃないか? と言うか、いると思っているんだな」
てっきり、幽霊のことは全く信じていないタイプだと思っていたのにさ。そう言いつつミドリサカは笑っていた。
「そんな類いの話は存在していると思うほうが会話としても楽しいだろう?」
妹の時も似たような会話をした気が。
「確かにな。否定をすることを悪いとは言わないが、単なる雑談でそこまで真面目になられても反応に困るよな」
ミドリサカがなにかを言おうとしたのか、こちらを見ていたけど。結局だまったままでぼくの前を歩いている。
それなりにきれいにしているみたいだが、床のきしみが廊下に響いていく。自分のせいで音が鳴っているとでも思っているようで、後ろを歩いている幽霊の彼女が、爪先立ちで移動をしていたり。
「おれが聞いても、あんまり意味のないことなんだけど。お前さ、本当にアオハラが好きなのか?」
床のきしみをすり抜けていくかのように、前からミドリサカの声が聞こえてきた。真剣そうな台詞とは裏腹に感情はなく落ち着いた声をしている。
いや。逆か、怒りを通りすぎているのかもしれないな。基本的には良いやつそうだし。
「本当に意味のない質問だな。ぼくが本音を言っても、うそをついてもミドリサカは納得をしないと思うが」
そもそも……そんな質問をしている時点で断罪することは確定しているんだから。
そう、ぼくが言うと。図星だったらしく、ミドリサカが自身の頭を軽くかいている。
「お前は冷静だな」
「会話をするつもりなんだろう? だったら冷静になってもらわないとできないからな」
ただただ感情をはきだすだけなら獣の叫びと同じだ、意味がなさすぎる。人間同士なんだ、せめて会話はできるていどにしてくれ。
とか本当は言いたかったが、ケンカをするつもりはないし。ミドリサカなら今の言葉で理解してくれるはず。
もしも理解してくれてなかったら、手順が少しはやくなるだけか。
人間らしく会話をするために頭を冷やそうとしているようで、ミドリサカが大きく呼吸をととのえている。
幽霊の彼女もミドリサカの真似をしているらしく思い切り息をはきだし、どうやら欠伸だったみたいだな。
眠くなってきているのか幽霊の彼女が背中から抱きつくように、くっついてきている。
「落ち着いた。ここで会話をしようぜ、人間らしくな」
そこまで言ったつもりはないが、顔にでもでていたのかもしれないな。そんなことよりも……運命と言うか、なんと言うか。
生前の彼女が、人を殺していた教室で話をすることになるとはな。でも、幽霊になったからか当の本人は忘れてしまって。




