生きている幼なじみ
保健室で幽霊の彼女となん回かキスをしていると、引き戸が開いた。ぼく以外には見えないんだから慌てる必要はないのだがベッドの下に隠れている。
「仮病のほうは、なおったようね」
白衣を着ている保健室の先生がにやつき、ベッドに座っているぼくの両目を真っすぐに見つめていた。
「仮病じゃないですよ。本当に頭が痛くて、身体がふらついていたんですから」
「ジョークよ……ジョーク。それくらいしゃべることができるのなら、もう平気そうね。顔色のほうも良くなっているみたいだし」
演技の上手いきみのことだから、わたしが知らない間に女の子を連れこんでいたのかもしれないけどね。
そう言いつつ、こちらに近づいてきている保健室の先生が笑って、ないな。
「そんなこともしてないですよ」
「それもジョークだよ。保健室の先生は少し退屈でね、可愛い生徒との数少ないコミュニケーションを大切にしているのさ」
体温計を使うのが面倒なようで、保健室の先生がぼくの額や頬……首の辺りを触った。
幽霊の彼女が近くにいるからか心臓の音がはやくなっているような気がする。
幽霊が嫉妬するのかは知らないけど、全くしないって確証もないし。
「んー、あははは。少し達観しているのかと思ったけど、そうじゃないみたいだね。年頃だね? 意識してくれているのかな?」
「先生はきれいですから」
幸いにも、嫉妬してないようでベッドの下から顔をだしている幽霊の彼女が楽しそうにぼくの顔を見上げている。暗く、狭いところが好きとはネコみたいだな。
「そう、ありがと。うれしいよ」
頭を軽くなでると、保健室の先生はベッドからはなれ、回転椅子のあるほうに移動していった。
こちらのほうに身体を向けるように保健室の先生が回転椅子に座っている。自慢かどうかは分からないが、ストッキングに包まれている黒く長い足に視線を向けてしまう。
「熱もないようだから、帰りたいなら帰っても良いわよ。もう放課後だし」
「もしも、帰りたくないって言ったら」
「両親の電話番号を教えてもらうことになるね。きみを家まで送ってもらうために」
もっと、大人な返答をされるとでも思っていたのかい? とでも言いたそうな顔つきをしている保健室の先生。
「ところで、きみ。身体が重かったり、なにかの視線を感じたりすることはないかな?」
幽霊の彼女が見えているのか保健室の先生がベッドの下の辺りを見つめている。
「ないですよ」
「そうかい。それなら良いんだけど。それでどうする? 自分の足で帰る?」
「また保健室にきても良いなら、自分の足で帰れると思います」
「全く……どちらにしてもくるつもりだろうに。分かった分かった。きみの好きにしたら良いさ」
保健室の先生なりにぼくのことを心配してくれているのかもしれないな。
「まあ、なんだ。きみは若いんだから色々と悩みはあるんだろうけど」
「うそっぽいですよ」
「それは、お互いさまだ。きみのうそを言及しないんだ、わたしのうそも許容してほしいね」
それにお互いに面倒なことが苦手できらいなタイプだろう? そう保健室の先生がにやついている。
うそをついたとしても先生には見抜かれてしまうみたいだし。
「まあ、そうですね」
「うん? おお。やっと本当のことを言ってくれたね。同類だと認めてくれたのかな?」
保健室の先生が子どものように笑いながら手を叩いている。
「同類かどうかは知りませんが先生と仲良くしていたほうが良さそうだな、と思っただけですよ」
「良い判断だね。わたしも、きみみたいなのとは仲良くしておいたほうが良さそうだな、と思っているし。興味もある」
ぼくに興味があると言うよりは、ベッドの下に隠れている幽霊の彼女に……だろうな。
「ところで、この学校の生徒が死んじゃったって話を聞いたんだけど、本当?」
「本当ですが。どうして、ぼくにそんな話を聞くんですか?」
「んー、深い意味はないよ。友人と世間話をしようと思っただけで、たまたま話題がそれだったってことさ」
なにか都合が悪かったかい? と保健室の先生が笑っていた。目の前に座っている友人のことを言えないが、いやな性格だな。
「殺されたみたいですよ、その生徒」
「そうかい。それはまた、ぶっそうな話だ。きみも同じ生徒なんだから色々と気をつけたまえよ、特に女の子に」
そう言いつつ、保健室の先生はベッドの下の辺りに視線を向けている。幽霊の彼女が、見えているのかと思ったがそうでもなさそうだな。
同じうそつきみたいだし、安心はでき。
「はやく帰ろう」
ぼくの人差し指をかじることに飽きてきたのか、ベッドの上で寝転んでいる幽霊の彼女が袖を引っぱっている。
「どこかへいくんですか?」
回転椅子から立ち上がろうとしている保健室の先生を見て、つい口が動いていた。
「特に用はないんだけどね。きみが保健室をでるまで、わたしはここにいないほうが良さそうだと思って」
相変わらず視線はベッドの下の辺りに向けられたまま。保健室の先生が楽しそうに笑みを浮かべている。
多分だが、ベッドの下に女子生徒が隠れている、とか思っているんだろうな。それほど的外れでもないから笑えない。
「そうですね。そのほうが助かります」
「そうだろう。そうだろう。まあ、なんだ。可愛い彼女によろしく」
保健室の先生がそう言ったのと、ほとんど同時に幽霊の彼女が身体を震わせている。
「目が合った」
保健室の先生がでていき……少ししてから幽霊の彼女はそう言っていた。
うそつきは色々と信用ができないな。
「そっか。こわかったね」
傍らに立ち、震えている幽霊の彼女の頭をなでた。キスをしてほしいのか目をつぶり、唇をとがらせている。
「それは、また後でね」
幽霊の彼女にそう言いながら、ベッドの下を見ておく。確かに人間一人くらいなら隠れられそうだが、今は誰もいなかった。
「ありゃりゃ……今から起こしてあげようと思っていたのに。少し遅かったか」
幽霊の彼女と保健室をでると、そんな台詞が横から聞こえてきた。律儀に、身体が反応をしているようで声のしたほうに目を向けてしまう。
「それともサボタージュだった?」
赤みがかった茶髪を揺らしながら、ぼくのスクールバッグをもっている幼なじみが楽しそうに笑っている。
ぼくも男らしく、つい身体の一部を。
なんとなく、幽霊の彼女のも見る。大きさだけが全てではないけど、幼なじみのほうに軍配を上げるべきなんだろうな。
「いや、頭が痛くてね。ちゃんと寝てたよ」
「そうなんだ。平気?」
「平気平気。眠りすぎて頭が痛いくらいだ」
幼なじみがなにかを言いたそうに……口を開けていたが、すぐに閉じてしまった。
「そっちの意味じゃなかったんだけどな」
そんな幼なじみの声は聞こえていたが。
「なにか言ったか?」
一応、聞こえなかった振りをしておいた。幼なじみのアカイユウナは良いやつすぎて、心配になる時がある。
個人的には好都合なことでもあるけど。
「ううん。なんでもない」
「そうか。スクールバッグ、悪かったな」
もってくれているぼくのスクールバッグを受け取る。律儀にも机の中の教科書やノートを入れてくれたらしい。
「ごめん。教科書とかノートを入れたから。それと心配しなくても机とかスクールバッグに変なことはしてないから」
「変なこと? 例えば?」
「え。うーん、ネコのフィギュアを入れて、びっくりさせようとするとか」
良いやつと言うか、ただの可愛いやつだよな……そんな悪戯をするのって。
「ネコのフィギュアを入れたりするのは悪戯じゃないと思うぞ。個人的には」
「そうかな? びっくりすると思うけど」
「びっくりはするかもしれないけど。そんな類いの驚きは、悪戯とは言いづらいってことだな」
「ふーん。それじゃあ、どんな」
と、口を動かしている幼なじみの手を思い切り握ってみた。スクールバッグの中にネコのフィギュアが入っていた時と、同じくらい驚いているのかは分からないが目を丸くしている。
「こんな感じだな」
唇にキスをしようかと思ったが、学校だしな。今はこれくらいで良いだろう。顔を赤くしている幼なじみが、ぼくから顔を逸らしているが。
それなりに……ぼくに好意があるようで、幼なじみは自ら手をはなそうとは。