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夢の中でさえも

「話が変わるけどさ。今日は一人で帰ったのか?」

 通話をしているキユとゴールデンウィークのデートの時間を決めた後で、ぼくはなぜかそんな質問をしていた。

 幽霊の彼女も、チョコレートケーキを食べおわったからか眠たそうに欠伸をしている。

「眠っても良いよ」

 スマートフォンを受け取ろうとしたが……幽霊の彼女は首を横に振って、さらにぼくのほうに近づいてきた。

「今日だけだもん」

 耳もとで、幽霊の彼女がささやいている。それなりの間、一緒に暮らしているおかげでなんとなく言葉の意味は分かってしまう。

「変な質問。どこかの誰かが一緒に帰りたくない、って言ったんじゃなかったっけな?」

 幼なじみにしては、意地悪な言葉を選んでいるけど。ぼくから今回みたいな質問をするのは珍しいので、からかっているんだろう。

 声も明るいし、うそつきとしてはまだまだ未熟だな。

「そこまでは言ってないような」

 幽霊の彼女がスマートフォンをもっているのとは反対の手でぼくの右手を触っている。

 まるで、なにかをこわがっているかのように震えていて。

「悪かったとは思っているよ」

 思わず幽霊の彼女の手を握りしめていた。もう死んだりしないことは分かっているはずなのに。

「本当かな? きみはうそをつくのが誰よりも上手だからね」

 ベッドの上で幼なじみが両足でもばたつかせているのかスマートフォンからそんな感じの音が聞こえた気がした。

「そうかな? ぼくはこれまで一回もうそをついたことがないんだけどな」

「いやいや。今、うそをついたよね?」

「今のはジョークだ。うそじゃない」

「ものは言いようだね」

「ところで」

 今日、誰かと一緒に帰っているのを見たんだが? そうキユに聞こうと思ったのと同時くらいに幽霊の彼女がもたれかかってきて。寝息、眠ってしまったようだな。

「ん? どうかしたの?」

「いや。スズナが二人きりにしてあげるって自分の部屋に戻っただけ」

「へへっ、その部屋では一人なのにね」

 笑いどころは分かるが、やっぱり幼なじみとは笑いのつぼのあるところが違うらしい。

 幽霊の彼女の手からスマートフォンを引き抜こうとしたが、上手くいかない。しかも、寝ぼけているようで抱きついてきた。

 幽霊語でも使っているのか訳の分からない言葉をぼくの耳もとで口にしている。

「もしもし? また電波が悪くなった?」

「いや。聞こえているよ」

 幽霊の彼女のやわらかく透明な身体をもち上げようと、目が開いた。

「にひひ、タヌキ寝入り」

 ナギサは悪戯好きだな。そう適当に返しただけなのだが幽霊の彼女的にはうれしかったらしく、ぼくの頬にキスをしている。

「あ。手も握らないとね」

 そう言いつつ、幽霊の彼女はぼくの右手を力強く握りしめていた。先ほど、彼女の手が震えているように感じたのは気のせいだったのかもしれない。

「ところで今日、キユが誰かと一緒に帰っているのを見たんだけど?」

「うん。ミドリサカと一緒に帰ったよ」

「ミドリサカ。ミドリサカリョウか?」

「そう、だけど。あっ。ふーん、へへっ……そうかそうか。きみがね」

 なにかを勘違いしているんだろうな。スマートフォンから、幼なじみのにやついているような声が聞こえていた。

「わたしはミドリサカと仲は良いけど。好きではないからさ、安心したまえ」

 ぼくが嫉妬をしていると考えているのか、幼なじみが声を弾ませている。

「それにしても、ぷふっ。きみが嫉妬をするなんてね。そんなにわたしのことを気にしてくれているの?」

 誤解だ、とは言い切れないが。幼なじみが勘違いをしてくれているのにそれを否定する理由もないしな。

「自分の恋人のことを気にするのは普通じゃないか。しかも、放課後に二人きりで帰っているのを見てしまったら、慌てるだろう?」

「相手が普通ならね。少し変わっているきみが慌てているからこそ面白いし、可愛いとか思っているんだよ」

「ぼくも男だからな。可愛いと言われても」

 幼なじみがそう思い、楽しんでいるのならぼくが言えることは別にないけどさ。

「そっか。でも……きみを可愛いと思ったのも。わたしに嫉妬してくれたことをうれしいって感じたことも本当だからさ。受け取ってくれると助かるかな」

 幼なじみの本音にどんな言葉を返せば良いのか迷っているとスマートフォンからうなり声が聞こえてきた。

「ほら。はやく受け取って」

 悪戯をしているつもりはなかったのだが、先ほどの台詞は本人も恥ずかしかったようで幼なじみが口ばやに言っている。

「先ほどの言葉、受け取りました」

「うん」

「可愛いと思いました」

 幼なじみに対する言葉なのに、自分に向けられたものだと勘違いしたのか、幽霊の彼女がにやけていたり。

「そ、そんなことまで言わなくて良いから」

「本音なのに?」

 あ……ありがとう。と幼なじみの顔は見えないが、頬を赤くしている彼女の姿が頭の中で浮かんでいた。

「それでミドリサカのことなんだけど」

「おい。切り替えがはやいな」

「ん? もっと言ってほしいの?」

 ち、違うし。からかわないで、的な言葉が幼なじみから返ってくると思っていたけど。

「うん」

 しばらく声が聞こえなくなったので、通話を切られたかもしれない。そう思いはじめたくらいに小さく肯定された。

「らしくないのはそっちもじゃないか?」

「今日はきみもらしくないんだから。こんな風に甘えても変にならないでしょう」

 アカイユウナもだが、殺したくなるように甘えてくるのが……本当に上手いよな。頭を冷やそうと少し残酷な想像をしようと思ったのだが、目の前に座っている幽霊の彼女の顔を見ると、なぜか落ち着いていた。

「確かに、今日は少し変みたいだな」

 月でもでているのかと思い、窓のあるほうに視線を向けたけど、雲に隠れているせいで全く見えない。多少……光が漏れているので浮かんではいるんだろうな。

「いや。普段のきみはもっと変だから」

「そう。ほめ言葉として受け取っておくよ」

「それじゃ、そのお礼に。わたしに甘い言葉を投げかけてもらおうか」

 きんちょうでもしているようで、幼なじみの声が震えている。それと、お礼って要求をするものだったっけな?

「ほらほら。はやくはやく」

 幼なじみと連動でもしているのか、幽霊の彼女も座った状態のままで上下に身体を揺らしていた。

「ナギサに言う訳じゃないからな」

「うん。後で聞かせてもらうから平気」

 もう一回……幽霊の彼女に同じことをしなければならないのか。と思いつつ、スマートフォンに甘い言葉を。




「このわたしにも甘い言葉とやらを聞かせてもらおうか」

 ぼくが殺したはずのアカイユウナが真っ白な空間の中で、仁王立ちをしていた。相変わらず自分の身につけている兵器には気づいてないようだな。

「今日の夢は、ユウナが主役なのか?」

「そうみたい」

 やっぱり善人だよな。夢の中なのに、律儀に答えてくれるなんて。

「ゆっくりしていきなよ。って……わたしが言うのも変な感じだね」

 夢の中だから、なんでもありなのか真っ白な空間だったはずが、一瞬でアカイユウナの部屋に変わっていた。

 確か、ぼくも立っていたと思うのだが白いテーブルの前に座っている。

「頭が変になっちゃうね」

 主役であるアカイユウナも、知らない間に目の前に座っていたようでそんなことを口にしていた。と言うかマグカップなんてあったっけな?

 なんて思いつつぼくも白いテーブルの上におかれているマグカップをもち上げていた。中身は、紅茶みたいだな。

「そうだそうだ……ミドリサカくんのことについて聞きたいんだったよね?」

 個人的には、別の殺しかたを試してみたいと思っているが。今日の夢はアカイユウナが主役だからか、思うように身体を動かすことができない。

「そう。誰かさんが一緒に帰ったからね」

 しかも台詞まで決められているらしく口が勝手に動いている。夢の中までもが、色々と不自由なのか。

「うん? ミドリサカくんとは友達だから、一緒に帰ることもあると思うけど?」

 今の幼なじみ……アオハラキユと違って、アカイユウナは悪意がないからこそ、厄介な時があったりするよな。

 心配になると言うか、だまされたりしないかと不安にさせられると言うか。

「あ、そっかそっか。えっと、ごめんね」

 首を傾げていたアカイユウナがゆっくりと紅茶を飲んでいる。にやつくのをがまんしているのか変な顔になっていた。

「別に、ユウナが謝ることじゃないような」

「ミドリサカくんと、一緒に帰ったことじゃなくて。きみが珍しく嫉妬しているのを喜んじゃったことに、です」

 今の幼なじみもだけど、ぼくが嫉妬をしたくらいで面白がったり、喜ぶとはな。

「そんなに珍しいのか?」

「珍しいよ。ほら、きみってあんまり表情を変えないからさ」

 でも、わたしをナイフで切り刻んでいる時はうれしそうだったね。とアカイユウナ本人が言わなさそうな台詞を口にしている。

「楽しかった?」

「そんなことよりミドリサカの情報を教えてほしいね」

 ぼくがそう答えると分かっていたようで、アカイユウナは目を細めて、笑っていた。

 身体が自由に動くのなら、間違いなく彼女の唇にキスをしていたと。

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