いじめたくなるのは
学校から真っすぐ家に帰り、自室のベッドに幽霊の彼女を寝かせ、目を開いた。
保健室のベッドで眠っていたはずなのに、どうしてぼくの部屋にいるのかな? とでも思っているのか、幽霊の彼女が不思議そうに首を傾げている。
「おはよう」
「はよん」
腹の痛みはなくなったようで、笑みを浮かべている幽霊の彼女。プラシーボ効果、なんだろうけど。ぼくを信じていると言うよりはだまされやすい体質なんだと思う。
「どうやって帰ってきたの?」
ベッドの上で起き上がっている幽霊の彼女がなにかを期待しているような目つきでぼくを見つめている。
「ナギサを」
「うんうん」
「風船みたいに飛ばしながら帰ってきた」
「わたしは眠っていたのに空中に飛ばすことができたの?」
「ナギサは軽いからね」
女心は分からないが、重いと言われるよりはうれしかったようでベッドを叩いていた。
「そんなことよりも、腹のほうは平気か?」
「うーん、お腹が空いて。あっ」
変なことでも思いついたのか、幽霊の彼女がせきこんでいる。うそつきのぼくに演技をしてくるとは。
「ごほ。ごほ。お腹からガスがあふれてて、口からでてきて。空いているけど自分で食べられない」
明らかにうそだと分かるし。幽霊だから、基本的に風邪を引かないと思っているが。
こんなに目を輝かせている生きもの相手にどうこうしようと思うほど……ぼくは人間をやめてないらしい。
「そうなのか。じゃあ、ぼくが食べさせないといけないな」
「えっ、良いの?」
うそをついている本人がこれだ、だまされようとするのも大変だな。
「あ、違う違う。今のはジョークだよ」
幽霊の彼女的には、まだうそをつけていると思っているようで慌てていた。
「ジョークはさておき。なにか食べたいものはあるか? 腹からガスがあふれているから食べられないかもしれないけど」
「チョコレートケーキ」
そう言えば、最近……家の近くでケーキができていたような気がするな。今朝も、目の前を通る時に幽霊の彼女が見ていたっけ?
「家の近くにあるケーキ屋ので良いか?」
「うん。今日は甘味が強いんだね」
「からかわないでくれ」
なんて言いつつ幽霊の彼女に背中を向け、しゃがんだ。少しの間ぼくがなにをしているのか理解できなかったらしいが両肩に太ももをのせて。
「肩車だね」
「あー、そうだな」
考えてみれば、重さを感じないとは言え。幽霊の彼女を背負うと両手を使いづらくなるから肩車のほうが都合は良いのか。そもそも意識があるんだから、空中に浮いてもらったほうが楽だったな。
らしくもなく動揺しているのか?
「にひひひ……高い高い」
幽霊の彼女を肩車しつつ立ち上がり、自室の外に移動しようと扉を開けると。
「わ」
「おお。スズナか、悪いな」
タイミングが悪かったようで、扉を開けたのとほとんど同時に自室の前を歩いていた妹を驚かせてしまったようだ。
「平気か?」
転んでしまった妹のほうに手を伸ばしつつ声をかけたが。大したことはなかったようですぐに立ち上がっていた。
「平気平気。ありがとう……兄さん」
自室の前で幽霊の彼女を肩車しているぼくと妹が、だまったままで見つめ合っている。
なんだか変な空気になっているような? そう思っていると魚の真似でもしているのか妹が口を開閉させていた。
「悪いな。兄さんはテレパシーが使えないんだ、なにか用か?」
「今日の兄さんは鈍いね」
昨日の兄さんなら気づけたことなのか? と、つっこみたいところだけど妹の頬がふくらんできている。
「これだと思うよ」
幽霊の彼女が……ぼくの頭を触っている。いや、正確には髪の毛を。
「今日はツインテールなんだな」
どうやら正解だったようでふくらんでいた頬がもとに戻っていく。間違っていたら妹の顔が爆発していたのかもしれない。
「危なかったね。もう少し遅かったら、今夜は兄さんの部屋で眠っちゃうところだよ」
「そうか。それは助かったよ」
可愛い罰ゲームだな……なんて言ったら。それはさておき、妹の言っているように今日のぼくは色々と鈍いみたいだな。肩車をしている幽霊の彼女に、エネルギーでも吸われているのかね。
「そうだ。今から近くのケーキ屋にいくんだけど、スズナもなにか買うか?」
「じゃあ、シュークリーム」
「オッケー」
自室の前に立っている妹の頭を軽くなで、階段のほうに移動しようとすると。
「あ。兄さん」
ツインテールを揺らしながら、追いかけてきた妹が声をかけてきた。
「うん? どうかしたか? やっぱりシュークリーム以外にもなにかほしくなったか?」
「んーん。シュークリームだけで良いけど。えーっと、兄さん。肩がこったり、頭が痛くなったりしてない?」
幽霊の彼女が見えていたのなら、もう少しリアクションがあるはずだよな。肩車をしているんだし。
「特には。万全だと思うけど」
「わたしの気のせいかな? 昨日よりも顔色が悪いからさ、なにかあったのかな? って思ったんだけど」
気づいてないだけで、妹の言っているように疲れているのかもしれないな。自宅まで、幽霊の彼女を背負ってきたんだし。
「わたしは空気よりも軽いから」
幽霊の彼女はテレパシーを使えるらしく、ぼくの頭を軽く叩いていた。重い、と思ったつもりはないのだがね。
「スズナの言う通り、疲れているのかもしれないから。はやく眠ることにするよ」
「その前に家の近くのケーキ屋さんのシュークリーム。普通のじゃなくて」
「分かっているよ。あの長ったらしい名前のやつだろう」
風呂に入り、自室でくつろいでいると……ベッドの上に寝転んでいる幽霊の彼女がぼくのパジャマを引っぱってきた。
先ほど自宅の近くのケーキ屋で買ってきたチョコレートケーキでも食べたいのか、赤い舌をだしている。
「あーん、してくれるんだよね?」
「あー、そうだったな。でも、寝転んだままで食べるのは良くないから、ここに座って」
ベッドにもたれかかっている、ぼくの近くにおいてある座布団を叩くと、幽霊の彼女がその上に正座したが。
すぐに膝を崩し、女の子座りをしている。幽霊でも足がしびれるみたいだな。
最近のケーキ屋ならではなのかもしれないけど、プラスチック製の皿やフォークが箱の中に入っている。
個人的には珍しいサービスだと思っていたのだが、長ったらしい名前のシュークリームを頬ばっていた妹は驚いていなかった。経験値の差かね。
プラスチック製の皿の上に、チョコレートケーキをのせると幽霊の彼女が女の子座りをした状態で上下に身体を揺らしはじめた。
「ナギサ……動かないで。あーんできない」
「じゃあ、後ろから抱きしめて」
幽霊の彼女はそう言いながら、ぼくの右肩にもたれかかってきている。
腹が痛かったのは本当みたいだしな、これくらいの要求なら可愛いものか。妹も風邪を引いた時は、同じように甘えてきていたような気がする。
「分かったよ」
言われた通りに幽霊の彼女の背後に回ろうとすると……スマートフォンから着信音が。
保健室の時と同じで、幼なじみからか。
「浮気相手から?」
言葉の意味が分かってなさそうに、幽霊の彼女が棒読みで言っている。
「いや。キユからだな」
「チョココロネの彼女?」
「間違ってはないね」
今の幼なじみを幽霊の彼女はそう認識しているのか。アカイユウナには、どんなニックネームをつけていたのやら。
「ふーん、でなくても良いの?」
テーブルの上においてあるスマートフォンが動いているのが気になるようで幽霊の彼女が視線を向けていた。
「今は、ナギサにチョコレートケーキを食べさせるので忙しいからな」
「それじゃあ、わたしがもっててあげるからチョコレートケーキを食べさせて」
目の前に移動した幽霊の彼女が手に取ったスマートフォンを、ぼくの右耳にあてがっている。そうするくらいだったらチョコレートケーキを自分で食べてほしいけど。
目を輝かせている幽霊の彼女にそんなことは言えないか。ぼくも甘いよな、色々と。
「おーい、聞こえている?」
「ん。ああ……悪い悪い。聞こえているよ」
そう言うと、スマートフォンから幼なじみの息をついたような音が聞こえてきた。
先ほどから声は聞こえていたのだが、今日のぼくは意地悪をしたいみたいだな。
「電波が悪いの?」
「そうかもしれないな。そろそろゴールデンウィークだし」
「それは関係ないような」
真相は、ぼくが幽霊の彼女にチョコレートケーキを食べさせるたびに、スマートフォンを動かしてしまうから聞こえづらい。だが、説明できないしな。
「もしかして忙しい? だったら」
「いや。そんなことはないよ」
放課後に電話にでなかったことを、地味に気にしているのかもしれない。
「隠してても、ばれてしまうことだから先に言っておくけどさ。妹が近くで勉強しているんだ」
隣の部屋で今日も真面目に勉強をしているだろうし、全くのうそとも言えないはず。
「仲が良いことで。もしかして放課後の時もスズナちゃんから電話があったとか?」
ぼくが思っているよりも電話にでなかったことを気にしていたのか、変な勘違いをしてくれている。
説明するのも面倒だし、ぼくに都合の良い勘違いだ。否定をする理由がないよな。
「そんなところ。けど、キユもユウナちゃんと仲が良いんじゃないのか?」
「姉妹と兄妹は違うと思うよ。わたしにお兄ちゃんがいたとしたら絶対に仲良くならないと思うし」
「仲良くはないのに、お兄ちゃんって呼ぶんだな」
ぼくをお兄ちゃんと呼んでいる訳ではないのは分かっているのだが……なんだか背中がこそばゆい。
妹からは兄さんとしか呼ばれたことがないからかね。
「普通じゃないの?」
「スズナは、兄さんって呼ぶからな」
「ふーん、それなら……わたしがお兄ちゃんって、呼んであげようか?」
「今日は、遠慮しておくよ。そんなプレイをしたくなった時に、お願いするかもしれないけど」
それに個人的には幼なじみよりも、その妹のユウナちゃんに呼んでもらいたかったり。