根っこは子ども
「どうしても仲良くしないと駄目なの?」
幽霊の彼女の口振りだと、保健室の先生と仲良くできなくないと判断できるが、がまんをさせる訳にもいかない。
できることなら、本心から保健室の先生と仲良くなってほしいしな。
「なんだ……わたしとナギサちゃんに仲良くしてほしいのか。きみは」
「ええ。まあ、できることなら」
先生と親友になりたいので、と伝えるのはうそっぽいか。ジョークとして聞きながしてくれるだろうけど、幽霊の彼女にさらに嫉妬されても面白くない。
「それなら、わたしに任せたまえ」
ぼくの耳もとでそう言い、ウインクをすると、保健室の先生が幽霊の彼女の唇にキスをした。
目を見開き、小さく声を上げている幽霊の彼女の反応が面白いようで、唇をくっつけたまま保健室の先生が笑みを浮かべている。
やっぱり、人間がして良い種類の笑顔じゃないよな……これ。と言うか、それよりも。
保健室の先生も、幽霊の彼女に触ることができるのか。多分だが、この世界のルールを知っているからなんだろう。姿が見えていたのが分かった時点でなんとなくできそうだと思っていたけど、こんな風に判明するとは。
「おっと、シャイなようだね」
自分の唇を舌でなめながら、保健室の先生がぼくの後ろに隠れている幽霊の彼女を見つめている。
「いや。シャイとか以前に、いきなりキスをされたらそうなりますよ」
「そうなのかい。それじゃあ、きみもそんな気分だったのかい?」
保健室の先生の言葉を聞き……幽霊の彼女がなにかを言いたそうに口を開閉していた。先ほどのキスで上手く舌が回らないようで、声がだしづらいのか?
「ん、んん」
のどに焼きそばパンでも引っかかっているのか、保健室の先生がせき払いをしている。似たもの同士だと、あんまり思いたくないのだけど、先生の考えていることがなんとなく分かってしまう。
「そうですね。でも、ぼくは普段からそんなことをするタイプの人間だと分かっているので、それなりに理解しているつもりですよ」
「そんなことをするタイプ?」
話が気になるようで、幽霊の彼女がぼくの制服の袖を引っぱっている。茶番劇にもほどがあると思っていたのだが意外とだまされてくれるようだ。
「親しい人にキスをするタイプ」
さすがに全てを信じた訳ではないようで、自分なりに考えているらしく目をつぶって、首を傾げている。
「本当に?」
目を細めている幽霊の彼女が、ぼくの顔を軽くにらみ、横腹の辺りを人差し指でついていた。尋問でもしているつもりなんだろう。
「ぼくはナギサが一番好きだよ」
「そうじゃなくて、証拠とか」
「ナギサもキスをされたよね?」
そのことが頭によぎったのか、幽霊の彼女が顔を真っ赤にしている。そんな可愛い姿をだまって見つめていると……小さく首を縦に振った。
「いきなりキスされたから、びっくりした」
「ぼくもだよ」
「ふーん。でも、うれしそうだったよ」
一緒に暮らしているせいか、ぼくの微妙な変化が分かってしまうらしい。言いあぐねていると思っているようで幽霊の彼女がしたり顔をしている。
「まあ、その通りだね」
ぼくの言葉を聞き、幽霊の彼女が頬をふくらませていく。反応が分かりやすいから楽で良いな。
「でも、勘違いをしているかな」
「なにが勘違い? そこにいる先生とキスをしてうれしかった、ってことでしょう?」
「それは否定しないよ。ナギサの言う通り、うれしかったんだと思うよ」
怒っているらしく、ぼくの右肩を楽器でも叩くように……左右の平手を交互にぶつけている。そんなに痛くないけど、なかなか良い音がでていた。
「ナギサはドーナツが好きだよね?」
「好きだけど。そんなていどだったら許してあげないよ」
かなり立腹なようだが、話は聞いてくれるレベル。人間だろうと幽霊だろうとなんでも良いが会話の成立しないやつほど面倒なものはないからな。
「ドーナツで許してもらうつもりはないよ」
幽霊の彼女的にはドーナツをもらえる予定だったらしく、ぼくの右肩を叩いている力が弱くなった気がする。
なにかを思いついたようで、幽霊の彼女の黒髪が勢い良く逆立った。
「ま、まさか。プリンとか?」
意外なことにプリンを食べさせれば、今回のことは許してくれるっぽい。
「だったら許してくれるの?」
一応、聞いてみただけなのに。幽霊の彼女は真剣に考えているようで、低いうなり声を上げている。逆立っている髪もくるくる回転しているし。
ジョークだよ、と言える空気でもなさそうなので……幽霊の彼女がどちらを選ぶのかを待つ。どちらにしても、こちら的には同じだしな。
答えがでたらしく、幽霊の彼女の逆立っていた髪がもとに戻っていく。
「プリン一個くらいじゃ、許してあげない」
それは残念、と言うべきなんだろうけど。三個くらいプリンを渡せば、許してくれるんだね、なんてからかってみたくもある。
「それは残念」
が、幽霊の彼女は子ども扱いをされるのはいやなタイプだと思うしな、変に関係を悪くするのも面白く。
「そんなにがまんをして、つまらなくはないのかい?」
ぼくと幽霊の彼女のやり取りを見て。なにかを思ったのか、保健室の先生が妙なことを口にしている。
「この前ここで会った時もそうだったけど。どうして、きみは自分の本音をがまんするんだい?」
「ぼく自身は、がまんしているつもりはないですが。そう見えたのなら、先生が自由すぎるんでしょうね」
直接的な罵倒こそないが。ぼくと保健室の先生が険悪になっているのを感じ取っているようで幽霊の彼女が慌てていた。
「自由か。わたしは、わたしのやりたいようにやっているだけなのにね」
「ぼくが不自由だと?」
「いや。そんなことも言ってないし、思ってないよ。わたしは」
自ら、そんな言葉を口にするってことは、本当はそう思っているんじゃないのかな? とでも言いたそうに、保健室の先生が笑みを浮かべている。
「でも、きみもわたしと同じで黒い。いや、とても暴力的な想像をすることがあるんじゃない?」
きれいなものを壊したい。人間が正しいと思いこんでいる道徳ってやつを否定し。自分の感情を、頭に浮かんでくる暴力的な想像のおもむくままに。
保健室の先生は口にしてないがそんな言葉の羅列がぼくの頭の中に響いていく。
「ぼくは」
ん? 幽霊の彼女のやわらかな手がぼくの手を握りしめて、キスをされた。がまんできなくなったのかと思ったがそうではないようで、すぐにはなれている。
ぼくに背中を向けて、パイプ椅子に座っている保健室の先生のほうに……幽霊の彼女が四つんばいで近づいていく。
「うん? どうか」
保健室の先生にもキスをしている。ぼくと違い、幽霊の彼女がそうしてくると分かっていたのか目を細め、抱きしめていた。
保健室の先生に後頭部を押さえこまれて、逃げられないのか唇を重ねている幽霊の彼女が両足をばたつかせている。
「甘えてくれているの?」
互いの唇がはなれると保健室の先生は幽霊の彼女の耳に息を吹きかけていた。くすぐったいのか、先生の言葉を否定しているのかは分からないけど、首を横に振っている。
が、すぐに幽霊の彼女は首を縦に振った。
「それなら、わたしとも仲良くしてくれる。ってことかしら?」
言葉にはしたくないのか、保健室の先生の質問に対し、幽霊の彼女がなん回も首を縦に振っている。赤べこみたいだな。
「だから、二人も仲良くしてね」
なにかを訴えかけるように幽霊の彼女が、ぼくと保健室の先生の顔を交互に見ている。なんだろう? 仲なおりの握手でもしないといけないのか?
「こう言っているんだ、やるしかないね」
勝手に人の心を読まないでほしいが。保健室の先生の言う通りに、握手をしないと満足しなさそうだしな。
「女の人の手って、なんでこんなにもやわらかいんだろうな?」
「人の心をねつぞうしないでもらえません」
それはさておき……ぼくと保健室の先生が仲なおりの握手をしたおかげか幽霊の彼女が笑みを浮かべていた。
「仲良し」
ベッドの上に座っている幽霊の彼女が保健室の先生に向かって、奇妙なポーズを見せている。幽霊の間で、はやっているのかね。
「おー、仲良し」
意外と、ノリが良いタイプらしく保健室の先生も奇妙なポーズを取っていた。先生が、同じ動きをしてくれたことを喜んでいるのか幽霊の彼女が目を輝かせている。
いやいや……そんな風に見つめられても、ぼくはやらないからな。その奇妙なポーズ。
「ノリが悪いね」
「先生のノリが良すぎるんですよ」
幽霊の彼女が保健室の先生になついているところを見ると、計画通りだったんだろう。それか先ほどの奇妙なポーズに親交を深める意味があったのかもしれないな。
「それと次はもう少し分かりやすいアドリブにしてくれると助かります」
「似たもの同士なんだし、あれくらい分かるでしょう? それに、相手はきみなんだし」
「一応、ほめ言葉と受け取っておきます」
なんにしても、幽霊の彼女と保健室の先生が仲良くなったんだから目的は達成した。
「先生。一つ、質問しても良いですか?」
保健室の先生よりもぼくのほうが好きなんだよん、と伝えてくれているのか。こちらに近づいてきた幽霊の彼女が、背中のほうから抱きついている。
重いからはなれてくれない、とか言ったら面白い反応をしてくれそうだが今日はやめておこう。