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幽霊も成長する

「話の続きだけど、きみに殺してほしい生徒がいるんだよね」

 ベッドの傍らで服を着ている保健室の先生がぼくに背を向けながら、そう言っている。

 声は聞こえているが、少し意識が遠退いているような感覚。ベッドの上で保健室の先生と遊んだおかげか恋人を殺したい気分は落ち着いていた。

「先生のきらいな相手ですか?」

「まあ、そんなところだ」

「自分で殺したら良いのでは?」

「おいおい。先に報酬を受け取っておいて、そんなことを言われるとは思わなかったな」

 それとも、わたしに甘えているつもり? と、保健室の先生がにやけている。いささか力不足かと思っていたが、満足はしてくれていたっぽい。

「彼女がいるので、甘えているつもりはないですよ。それに、ぼくが面倒なことがきらいなのは知っているでしょう」

「お互いに似ているからね」

「それなら」

「自分で殺すのが面倒なんだよ」

 人の命をなんだと思っているんだ! ってつっこむ立場じゃないよな、ぼくも。

「なるほど。そんな理由が」

「つっこんでくれても良いんだよ。人の命をなんだと思っているんだ! って」

「面倒なので、やめておきます」

 別に笑わせるつもりはなかったが保健室の先生が声をだして笑っている。妹もだけど、笑いのつぼが変なところにあるよな。

「それで誰を殺せば良いんですか?」

 ベッドの上で身体を起こしつつ……パイプ椅子に座っている保健室の先生のほうに視線を向けた。

「ミドリサカリョウ、って名前の男子生徒。きみと同じ学年だったはずだよ、確か」

「そうですか」

「わたしとの関係とか聞かないのかい?」

 ぼくに嫉妬でもしてほしいんだろうか? うれしそうに口を動かしている。なんと言うか、子どもっぽい表情をするよな、保健室の先生。

「ぼくと先生が恋人同士だったら聞いたかもしれませんが、そうじゃないですし」

「友達だもんね」

「すっげえ、うそっぽいですよ」

 ある意味で、友達って関係が間違いでないことは確かだけど、かなり不本意だな。

「悪いね。それは生まれつきだ。昔から本当のことを言っても信じてもらえなかったな」

「それは、うそですよね?」

「うん。こんなに真面目そうな顔をしている女の言葉を信じない人間は少ないからね」

 本人が言っているように、顔つきだけなら善人そうだし。だまされるのも分かる。

「なのに、きみはわたしを見抜いた。これは運命だと思わないかい?」

「からかわないでくれますか」

 個人的には特に面白くもない会話だったと思うが、保健室の先生は楽しそうに手を叩きながら笑っていた。

 なつかれている、って言うのも変な感じだけど保健室の先生はぼくのことを気に入ってくれているんだろうな、多分。

「ん、おお。やっとこさ、わたしを友達だと判断してくれたようだね」

 なんのことを話しているんだと思っていたが。保健室の先生が見ているところに視線を向け、納得がいった。ベッドをすり抜けて、顔だけをだしている幽霊の彼女がぼくの顔を見上げている。

「違うと思いますよ」

 幽霊の彼女のこの顔つきは腹が空いたからはやく帰ろうって感じだろう。それに保健室の先生を友達だと判断したのなら。

「それじゃあ、腹が空いているんだろうね。焼きそばパンをあげよう」

 そう言いながら……保健室の先生が白衣のポケットから、透明な袋に包まれている焼きそばパンを取りだして、幽霊の彼女に渡そうとしている。

「なぜに焼きそばパンを?」

「お昼に食べようと思っていたんだが白衣のポケットに入れていたのを忘れていたのさ」

 毒なんか入ってないよん。と、すでに死んでいる幽霊の彼女に、ジョークっぽいことを言っていたり。

 まだ、保健室の先生のことを警戒しているようで、幽霊の彼女が焼きそばパンをにらみつけている。

「良いですか?」

「うん? ああ。どうぞ」

 保健室の先生から透明な袋に包まれている焼きそばパンをもらった。白衣のポケットに入れっぱなしだったせいか、あたたかい。

 透明な袋を破き、幽霊の彼女に見えるように焼きそばパンを一口だけかじった。

「ほら、毒は入ってない」

 焼きそばパンのかじった部分を幽霊の彼女の口もとに近づけていくと。ぼくと保健室の先生の顔を交互に見ている。

「肩でも組みますか?」

 多分、幽霊の彼女はぼくと保健室の先生の仲が良いかどうかを確認して。

「いやいや。それよりも」

 幽霊の彼女が、目を見開いている。どちらかと言うと、その表情は保健室の先生にいきなりキスをされた、ぼくがするべきものだと思うが。

「きみは、あんまり驚かないからいじめがいがないね。幽霊の彼女みたいに驚いてくれると思ったのに」

 不満そうな顔をしている保健室の先生。

「あるていど、先生のやりそうなことは予想できますからね」

「似たもの同士だから?」

 なにも言わないままで……首を縦に振っておいた。邪推するような性格ではないだろうし、変なことを言うつもりもないが。できるだけ面倒が起こる可能性は低くするべきか。

 殺すって言葉を、知っている相手でもあるんだからな。

「と言うか、逆効果だったのでは?」

 ベッドから顔だけをだしている幽霊の彼女が頬をふくらませている。けど空腹には勝てなかったようで焼きそばパンは食べていた。

「ありゃりゃ、これは嫉妬されているね」

「誰のせいですか。全く、今まで天井にしか嫉妬をされたことがなかったのに」

 この天井? とでも言いたそうに保健室の先生が人差し指を上に向けている。

 だまったまま首を縦に振って、同じように人差し指を。なぜか……幽霊の彼女もぼくの真似をしていた。

「天井から人間にね、成長したのかな」

 面白いことでも思いついたのか、保健室の先生が笑みを浮かべている。とてもじゃないが人間のして良い種類の笑顔じゃないよな。

「胸も大きくなっているよね? この子」

「発情期と成長期が、一緒にきているみたいなので」

「ん? 人間に発情期なんてあったっけ?」

「幽霊にはあるみたいですよ」

「あー、そうだったね。忘れていたよ」

 お互いに真面目に会話をするつもりなんてないことを分かっているからか保健室の先生もつっこまない。反応があることも面白いがその逆もなかなか楽しめる。

「友達って関係、もしかしたら適切かもしれませんね」

「わたしも今……全く同じことを思っていたよ。うそをついても気にしない。そもそも、真面目に話すつもりがないのを、互いに理解しているからこそ楽って感じかな」

 幽霊の彼女がアカイユウナや今の幼なじみに嫉妬しなかった理由もなんとなく分かったような気がした。

 でも。

「姉弟みたいな関係とも言えるので恋愛感情はでてきそうにないですね」

 ぼくの言葉を聞くと、保健室の先生が目を丸くしている。

「おやおや……意外だね。わたしはアリだと思っていたのに。年上は苦手かい?」

「幼なじみ以外の女の子とつき合ったことがないですからね」

「一途だね」

「うそっぽいですよ」

「それは、お互いさまだ」

 ああ。またキスをするつもりなのか、そう思っていると。ぼくと保健室の先生が、唇を重ねられないように幽霊の彼女が右手を差しこんできた。

「キスするの、駄目」

 先ほどより、さらに頬をふくらませている幽霊の彼女が抱きついてきている。保健室の先生がキスをしてこないように注意しているのか、にらんでいた。

「キスなんて挨拶みたいなものなのに、嫉妬をするなんて可愛いな」

 保健室の先生が幽霊の彼女の頭をなでようと手を伸ばすと、うなり声を上げている。

 個人的には、幽霊の彼女と保健室の先生の関係が良かろうと悪かろうとどうでも良いのだが。このままだと、ぼくがここにくるのが少し面倒になってきそうだよな。

「ナギサ」

「ん? んんっ」

 幽霊の彼女の唇にキスをした。全く恥ずかしくないかと言えば、うそなんだろうけど。保健室の先生と関係を悪くしないためには、これしかなさそうだし。

「こっちを見て」

 からめていた舌を引き抜き、幽霊の彼女に命令をする。

「はい」

 保健室の先生に教えてもらったキスを……試してみたおかげか。うっとりと目を細めている幽霊の彼女が身体を震わせていた。

 頭をなでつつ、幽霊の彼女の唇にもう一回キスをする。焦らすように舌をからめ、続きは家でするべきか。

 そのほうが幽霊の彼女もこれから言う命令を聞きやすくなるはずだ。

「なんだいなんだい……やめてしまうのか。見ていて面白かったのに」

 この保健室の先生の前で続きをやるほど、ぼくは人間をやめてないみたいだしな。

 幽霊の彼女も、保健室の先生と同じように続きをしてほしいと思っているのか、ぼくの顔を真っすぐ見つめている。

 顔を近づけると、幽霊の彼女の頬がさらに赤くなった。ぼくから目を逸らしているが、なにかを期待しているような顔つき、かな。

「続きをしたい?」

 耳もとでささやくと、幽霊の彼女が保健室の先生に見えないように……小さく首を縦に振っている。

「それじゃあ、帰ってからね」

「うん」

「それと」

「うん? それと?」

 首を傾げている幽霊の彼女に保健室の先生と仲良くするように伝えると……いやそうな顔に。少し言いかたを間違えてしまったか。

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