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砂糖と塩とフウセンカズラ  作者: 谷川千里
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バレンタインには手作りを


「あら。何やってるの、絵里」

エプロンを着けて腕まくりした私を見つめ、母が尋ねる。


「明日、バレンタインでしょ。クッキーを作ろうと思って」

横やりを入れられ、私は多少不機嫌になって答えた。

母に勘違いさせぬよう言い足す。

「友チョコだからね。部活の子にも配るし」

「ふうん、それにしては随分、気合いが入ってるじゃない?手作りなんて珍しい」

「普通だよ普通。気分が向いただけ」

のぞき込むようにして茶化す母を、台所から閉め出した。


 母はおおかた分かっているに違いない。

 これは、ただの友人用などじゃないこと。気が向いたからなんてのは嘘で、考えに考えた末の手作りであること。


 私はこのクッキーを、幼なじみのユウにあげると決めているのだ。


 「ユウ」というのは幼稚園の頃の呼び方で、高校生になった今ではきちんと名前で呼んでいるのだが。

 私の心の中では、密かにずっと「ユウ」と言っていた。

 それは私だけの呼び方なのだ。

 クラスメイトも部活のメンバーも、幼稚園から高校になった今ではメンバーがほとんど入れ替わり、ユウと呼ぶ人は誰もいない。私がこの呼び方を知っているのは、昔からずっと仲が良かった証拠に思えて、内心とても得意なのである。



 私はユウが好きなのだ。


 そう気付いたとき、ユウには既に好きな人がいた。

 バスケ部の寺嶋さんは、ボーイッシュだけど笑ったときの表情がすごくかわいいんだよ、そこが好きなんだと、ユウははにかんで話した。


 その時に、唐突に気付いた。

 他人のことを考えて微笑むユウ、私ではなくて別の人を一番に想うユウの姿に、私は傷ついているのだと。私たちは今まで何の疑問もなく一緒にいたけれど、恋人という関係はいとも簡単に、幼なじみで親友という立場よりもずっと、ユウの近くに行けるのではないか、と。


 好きな人という存在に、ユウが取られるのは嫌だ。私は今までずっと、ユウの一番近くにいたのに。ユウのことを誰よりも分かっていて、ユウも私のことを誰よりも理解してくれる、二人で完結した存在だったのに。

 後から現れた他人に、あっさりと私のこの位置を取られるなんて、たまったものじゃない、私はそう思った。


 それでも、寺嶋さんの話をするユウは、心の底から彼女を想っているようで、まぶしかった。

 そんなユウはかわいいと、私は本気で思ったのだけど、口には出せなかった。うんうんと、頷きながら聞いて、笑ってユウのために行動した。その結果、私の段取りのおかげで、二人はめでたく恋人になったのである。


 ユウの幸せは私の幸せ。あの笑顔が見られるのなら、私なんかが邪魔をしてはだめだ。そう言い聞かせて、今まで一切の気持ちを押し隠して、私は過ごしてきた。


 でも、聞いてしまったのだ。職員室で、寺嶋さんが先生と進路の話をしているのを。

 彼女はずっと遠くの県に進学するつもりのようだった。それはユウの進路とは、地域的にも内容的にもかけ離れていた。

 つまり、寺嶋さんはユウと別れる可能性が高いのではないか。


 そう思ったら、悲しむユウの顔が浮かんだけれど、それよりも計算高い自分の方が勝ってしまった。

 これはチャンスだ。寺嶋さんの進路をユウに話して、二人の仲を引き裂いてしまえるじゃないか。ユウを慰めつつ、上手くいけば私が、後釜の恋人になれる可能性も高い。


 運良く、バレンタインデーが目前に迫っていた。

 私は作戦の実行日をそこに定め、寺嶋さんの進路をばらして、その後にユウに渡すため、本命チョコを作ったというわけである。



 チョコクッキーは幸い、なんとか上手くできた。

 リボンを掛けたそれを鞄に忍ばせ、私はいつもの登校道、曲がり角でユウを待つ。

 ぱたぱた、軽やかな靴音が近づいて来た。いつもより少し遅れているから、慌てて来たのだろう。


「絵里ちゃん、ごめん、遅れて……」

ユウが走ってくる。

 癖のある髪が風で乱れて、前髪が飛んでいる。この真冬に頬を上気させて、一生懸命に来たのに違いない。まっすぐないい子なのだ。ああ、必死な姿もかわいいなあなんて、思ってしまう。


 それでも、そんな友情以上の好意を表に出さないように、私は笑いかける。

 まだだ。もう少しの辛抱。あと数時間後、このクッキーを手渡す時まで、友人としての完璧な振る舞いを保たなければならない。



「おはよう、優花ちゃん」


角を曲がって現れた少女に、私は、いつもと変わらぬ朝の挨拶をする。








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