友チョコの真実
「優ちゃん! 今日はバレンタインの日でしょ、友チョコ作ってきたよ」
「わぁ、すーちゃんありがと。これ手作り?」
可愛い包装紙に入っていたのは、可愛いくまさんの絵が描かれたビスケット風のチョコレートだった。
「うん。そうだよ、優のこと想って作ったんだ。食べてくれる?」
「もちろんだよ! すーちゃんが作ってくれたんだもん」
「ありがとう! 優ちゃん大好きー」
「私もすーちゃん大好きー。すーちゃんにだったら食べられてもいいよ?」
「えーほんとー?」
「ほんとほんと」
「じゃあ食べちゃう」
パクリとすーちゃんが私の耳たぶに甘噛みする。
「もう、すーちゃんったら。私たち去年別れたでしょ」
「年に一度くらいは会おうって話を振ってきたの優ちゃんの方じゃん!」
私とすーちゃんは高校2年生の時から、去年まで付き合っていた。
別れた原因は――浮気だ。
「だって、別れた後、すーちゃん距離取ってたし、社会人になってから会う機会が全然減ったもん。私は全然気にしてないのに」
「優ちゃんが気にしてなくても、わたしは気にしてるの!!」
こういう頑固な所は昔から変わっていない。
「それならしょうがないけどさー」
パクパクとクマさんチョコを食べる。やっぱりすーちゃんは料理上手だ。すっごく美味しい。
「でもごめんね。私、今年チョコ作ってなくて、すーちゃんにお返しできないや」
「そんなのいいよ。急だったし、それより今日うち来る?」
「すーちゃんのお家か〜。久しぶりに行ってみようかな」
「じゃあ、今すぐ行こ。見せたいものがあるから」
「えー何だろー!? 楽しみー」
私とすーちゃんは学生の頃に戻ったように、会話を弾ませ、すーちゃんの家に向かった。
◇◆◇◆◇
すーちゃんの家は、去年私と一緒に住んでいた頃と全く変わっていなかった。
いや、まるであの頃のままだ。
倒れた傘立て、あの日の日付のままのカレンダー、あの日の新聞。
「どうしたの優ちゃん?」
「う、ううん。何でもないよ」
「そっか……」
カチャリとすーちゃんが扉を閉める。その音が、何故か怖かった。
「あ、わたし先にリビングに行ってるね」
「分かった」
リビングは生活感漂うもので、少し安心した。
ソファーに腰を下ろして、テレビをつける。リモコンの場所はいつもと同じ所にあった。
リモコンの横には、私とすーちゃんがショッピングに行った時に買ったお揃いのマグカップが置かれていた。
「ねえ、すーちゃん、これ…………」
「あ、優ちゃん、こっちこっち」
「え、そっち? うん、分かった今行く」
すーちゃんに手招きされ、上に向かう。確か上は私とすーちゃんの部屋があったはず。
階段を登る途中、何かが足にべっとりとひっついた。
「チョコ?」
階段には、チョコを引きずったような跡が残っていた。
(もしかしてすーちゃん。私のために大きなチョコを作ってくれたのかな? やだ、健気なすーちゃん!!)
階段を登りきると、すーちゃんが寝室の前に立っていた。
「優。ここだよ」
そしてすーちゃんが扉を開けると……。
「え……? なに、ここ?」
ダブルベッドは無くなって、代わりに、巨大なミキサーや、ボウルが置かれていた。それだけで、部屋の半分以上を圧迫している。
そして壁や床には、チョコがこれでもかというほど、付着していた。
まるで血のようだ。
私が後ずさると、すーちゃんは私の背中をぽんっと押して、部屋に押し込んだ。
「え? ねえ、なに、怖いよ、すーちゃん!」
「見て分からない? これで優ちゃんをチョコにするんだよ」
すーちゃんは、ミキサーのボタンを押し、ギュイーンとミキサーは大きな音を立てる。
「え、やめてよ、すーちゃん、ねえ!! 私たち友達でしょ、それに元恋人だし……」
「――先に裏切ったのはどっちだよ、おいッ! てめえが先に浮気したんだろうが」
「ひっ!?」
急にすーちゃんのトーンが変わり、すーちゃんの手には赤く染まったナタが握られていた。
「いや! やめてよ、すみれ!! こんなことしても何も生まないよ」
すみれはナタを持ちながら、私にゆっくりと近づいてくる。部屋に逃げ場ない。私は後ろに下がることしかできない。
「優、大丈夫だよ。これ、ただのチョコレートだから」
「そんなわけないよぅ〜」
後退りしていくと、何か大きくてどろっとしたものにぶつかった。それが壁ではない事は確かだ。
「優へのプレゼントだよ」
それは大きな人型をしたチョコの銅像だった。
「え、なにこれ? チョコの銅像?」
「そのチョコ。誰かに似てない?」
「え?」
すーちゃんに言われて、チョコの銅像を見上げる。
「あ」
それは、すーちゃんからしたら浮気相手。私からしたら今の彼女が、チョコレートになってそこに立っていた。
(あの引きずった跡は、もしかして…………)
チョコレートにされた彼女の顔は、絶望に染まり、カッと目を見開いていた。
「わたしは優ちゃんの事が好きだった。骨の髄まで愛してたの!」
「すーちゃん…………ごめんね」
きっと今から私もそうなる。
「これからはずっと一緒だよ――優香」