41・慢心の結果
照明の消えた部屋に、いくつものけたたましい銃声がこだました。
硝煙の中「クリア!」という声だけが響く。
「ありがとうございます! さすがは白の英雄......! 噂通りの強さだ。あなた達が来なければどうなっていたか......」
市役所地下の大ホールで、スカッドは10人ほどの隊員たちを従え立っていた。
イグニスの命令どおり、人質たちを救出して回っていたのだ。
「あ〜礼とかはいいんで、とりあえず騎士団のいるところまで逃げて保護してもらってください。一応俺ら部外者ですし」
事務的な口調なのは、彼がイグニスにしか興味がないからである。
元々が内向的な性格なので、コミュニケーション能力が乏しいのだ。
「だとしてもこの御恩は忘れません、よければ市長も救出していただけますか? 彼女はこの街に必要な存在なのです」
「あー......」
スカッドは知っていた。
さっきからオープン状態の無線で、エミリアの嗚咽とフィオーレの激しい息遣いが垂れ流されているのを。
聞いていたかぎり、どうもその市長が黒幕のようだった。
おそらくエミリアは何かしらの方法で身動きを封じられ、フィオーレが単独で戦っているのだと推測できる。
が、この場で彼らに事実を教えても意味はない。
避難を遅らせるだけだと、スカッドはGM6リンクスに次のマガジンを差しながら思考した。
「わかりました、保証はできませんが善処します」
「ありがとうございます......!! では、我々はこれで失礼いたします。幸運を」
職員たちが地下から出ていく。
耳に装着している無線からは、苦戦の様子がうかがえた。
「ったく、帰ったら真っ先に『舐めプしてるから痛い目見るんだぞ』って、キッチリ叱らなきゃな」
「大尉は手厳しいですな」
「当たり前でしょ、俺や少佐ならコミュニストだのナショナリストだのヤツが言う前に、速攻で弾丸ブチ込んでる。現実はマンガじゃないんだからさ」
「おっしゃる通りです」
「この展開は自業自得だよ。この際いい授業になるでしょ、エミリアも......あのフィオーレっていう冒険者も。どうせ俺らにはどうしようもできない」
スカッドは忌々しげに、怒りを込めて壁へ拳を打ちつけた。
「クソがッ!!」
◆◆
「こんな......、こんな壁......!!!」
バヨネット・ナイフを取り出したエミリアは、全力で光の壁を再三切り付けていた。
人体を切り裂くことに特化した武器ではあるが、やはり壁には傷もつかない。
ストックを折り畳んで、跳弾覚悟で破ろうとも一瞬考えたが思い止まる。
万一上手くいったところで、数発の5.56ミリ弾では人の通れる穴など開けられないからだ。
「がっは!?」
エミリアの眼前に、蹴り飛ばされたフィオーレが転がってきた。
「紅髪だの何だの囃されても、能力に頼りきった小娘じゃ私には勝てないわよ?」
土埃の向こうから、無傷のエリーゼ市長が姿を現した。
戦いは終始一方的であり、変身によって能力を向上させているにもかかわらず、フィオーレは圧倒されていた。
「ごめんエミ......、ちょっとヤバいかも」
炎剣を杖代わりにしてなんとか立ち上がる。
今までピンチはいくつもあったが、自身の武器をこのように使ったのは今回が初めてだった。
「さすがはエリーゼ市長、武闘派だとは聞いていましたがここまでとは」
見物に徹していたアーノルドが、不愉快な笑みを浮かべて近づいてくる。
「アクシオス召喚までの暇つぶしには、ちょうど良い遊び相手だわ」
「なら、もっと遊びやすくして差し上げますよ」
アーノルドが詠唱すると、空中に魔法陣が出現。
飛び出してきた幾何学模様の帯が、フィオーレの右手と首に巻きついた。
「あっ......ぐぅ!」
乱暴に締められると同時、空中に持ち上げられる。
またも拘束魔法のようだった......。
向きを変えられ、無防備な背中をフィオーレは向けさせられる。
「さっ、あとはお好きにどうぞ」
数歩近づいたエリーゼは、握った拳を彼女の背中へ叩きつけた。
「あが......ァッ!?」
「ふっふ、フィットネスにちょうどいいわね。それワンツー!」
「んぐ! がはっ!! あぁ......!」
目を見開いたフィオーレは、襲いくる激痛に抵抗することもできず殴られ続けた。
大広間に、打撃音と悲痛な声が響いた。
「おいやめろや!! これ以上フィオを殴んなッ!! わたしがいくらでも代わりになるから!! お願いだから!!」
「人に物を頼むときの態度じゃないわね、親に教わらなかったの?」
しばらく続いた理不尽な殴打は、やがてフィオーレが剣を落とし......ガックリとうなだれることで止まった。
「くたばったか?」
「まだよアーノルド、髪が紅いままでしょ?」
そう言うと、エリーゼ市長は取り出した葉巻に火をつけ、先端をフィオーレの背中へグリグリと押しつけ始めた。
再び絶叫が辺りを覆う。
エミリアは、己の無力さに大粒の涙をこぼしながらその場へ崩れ落ちた。
完全に慢心していた......、あんな戯言など聞かずサッサと射殺していれば良かったのだ。
床へ涙がシミを作る......。
見上げた先では、とうとうフィオーレの髪色が元の金髪へと戻っていた。
受けすぎたダメージで、遂には紅髪まで解除されたのだ。
「変身系の魔導士は、こうやって判断するのよアーノルド」
「後学として覚えておきます」
「さて、もうほとんど意識なんてないみたいだけど......もう1本押し当てたらどうなるかしら?」
乱暴にフィオーレが床へ落とされる。
エミリアは、遂にほとんど嗚咽のような声を絞り出した。
「お願い......します、もう、エグッ......フィオに酷いことしないでください。わたしが......いくらでも代わりになりますので......」
自分のミスでこうなったのだ。
プライドは、とっくに砕け散っていた。
「なんて? 聞こえないわよ?」
エリーゼは、倒れていたフィオーレを蹴り飛ばした。
数メートル離れた場所に転がる。
歯を食いしばり、煮えたぎる怒りと殺意を必死で堪える。
もう自分に出来ることなんてこれしかない、そう思考停止しかけた時だった––––
『まだあるさ、とにかく姿勢を低く保て』
無線から上官の声が聞こえた。
エリーゼとアーノルドの後方、一面のガラスの奥......騒音と共に黒色の機体が映っていた。
ホバリングして、ヘリコプターの機体側面をこちらへ向けている。
フィオーレを痛ぶるのに夢中で、気づいていなかったらしい。
敵2人も慌てた様子で振り返っていた。
「ちょっ!?」
ヘリから突き出されていた兵器を見て、つくづく自身の手で片付けられなかったことを悔やむ。
【恒久不落の英雄】は、本当にイカれてると思いながら。
『そのまま伏せてろよ、鋼鉄の鉄拳制裁タイムだ』
イグニス・ハルバードは、MH-60ヘリコプターに積載されていた“RPG-7V2ロケットランチャー”をぶっ放した。




