19・アルストロメリア・コロシアム
「これより! 宝剣祭のメインイベント! アルストロメリアコロシアムの記念すべき第1回戦を開始します!!!!」
熱気に包まれる会場――――その中心部、コンクリート製の広いバトルリングでフィオーレは愛剣を手に立っていた。
退屈な開会式を終え、ようやく始まらんとするショーに観客たちのボルテージは上がり調子となる。
「注目のカードは序盤から大注目! 商業ギルドの名で馳せるマギラーナの若き剣士! フィオーレ・アーカディアス!! その実力はトップ戦闘ギルドのリーダー級と謳われております!!」
金髪を揺らすフィオーレを見て、多くの男たちが彼女に期待の目を向ける。
それら視線を意識したフィオーレは、しっかりと手を振ることでサービスに務めた。
「対するカードは王国騎士団所属! アルストロメリア駐屯地 第21大隊 第1中隊中隊長! ギリス・グローラーだ!!」
全身を鎧で覆い尽くした男は、長身の剣をゆっくりと構えた。
この装備は彼の私物であり、高い金を払って職人にオーダーメイドした特注品である。
「いやー凄い気合の入り方です! さすがは王国騎士団の精鋭! 満身も傲慢もその身から感じることはできません!!」
熱の入る司会を無視して、両者は正対した。
「噂には聞いているぞ"紅髪"、いつかこうして対峙できないかとずっと夢見ていた」
「わたしもよギリス中隊長、貴方の王国への献身は――――ずっと前より聞き及んでいたから。光栄極まるわ」
「ハッハッハ! 俺なんぞ部下に煙たがられる老兵ですよ、優勝賞品なんか興味ない、暇つぶしがてら戦いに興じる変人とだけ記憶くださいな」
歓声に覆われる会場で、司会が両手を振り上げた。
「これより1回戦を開始します! 構え――――――始めェッ!!!」
オーガのように力強く突っ込んだのはギリスだった。
彼の剣を受け止めながら、フィオーレは攻撃に混じる感情をすぐさま読み取った。
「楽しんでますね中隊長」
「当然だ、なにごとも職務のように全力で、かつ楽しむのが俺の矜持なものでしてね!」
ギリスの剣さばきや体さばきは、訓練され抜いた騎士のそれ。
合理的で無駄のない攻撃に、フィオーレはすぐさま場外の淵まで追い込まれた。
「ッ! あっぶな!」
「ぬぅんっ!!!」
ギリスの足元に魔法陣が出現する。
「王家の加護は我にあらん! エンチャント――――『身体能力強化』!!!」
絶対的優勢に立った瞬間、強化エンチャントを発動する。
「さすが、容赦ない......」
汗を垂らすフィオーレ。
満身を一切しない戦闘姿勢、先程の数倍はあろうスピードで突っ込んだギリスはトドメの一撃を振り下ろし――――――
「ッ!?」
その剣が激しい金属音と共に止められたことに、動揺を隠せなかった。
「さすがです中隊長......、この王国の安全保障を担う騎士団員に恥じない実力と姿勢。王家の目は狂ってないことを再認識しました」
敬語と共に、フィオーレから火災現場かのような熱量が放たれた。
思わず目を奪われる。
彼女の金色だったしなやかな髪が、先端――――1本の例外なく真紅に染まったのだ。
剣には炎がほとばしり出ており、エネルギーが溢れていた。
「ようやく本気を出したか、そうこなくては」
距離を取り、剣を構え直すギリス。
これこそ、彼女が"紅髪"と呼ばれる由来。
炎属性魔法を極めた彼女だけが変身可能な、白の英雄にも見劣りしない姿。
「モード!『炎神王』ッ!!」
会場全体を熱波が襲う。
踏み込んだフィオーレは、防御に移ったギリスへ一閃――――炎剣を横に振った。
「なっ......!?」
この大会用に作った特注の剣が、身長を半分に縮めていた。
まさかと刹那の問答をした彼は、宙を舞う剣先を見て確信する。
「我が防人の剣を一振りで焼き切るとは......見事なり!!! フィオーレ・アーカディアス!!!」
高熱を纏った剣が、ギリスの眼前で寸止めされた。
これが紅髪、これがマギラーナの切り札。
圧倒的な力を実感したギリスは、満足そうに口開いた。
「俺の負けだ」
まだ1回戦とは思えない高揚と共に、会場に歓声が溢れた。
剣を収めたフィオーレから熱が消え、髪色も元に戻る。
「素晴らしい戦いだったわ、中隊長! あなたになら......」
柔らかい手を差し出しながら、フィオーレは他の誰にも聞こえない声でつぶやく――――――
「我が王国の防衛を、引き続き託せますね」
手を握ったギリスは、彼女の身分が――――本来及ばない遥か高みの存在であると確信した。