16・温泉都市アルストロメリア
温泉都市アルストロメリアは、その豊富な資源を活かして発展した観光都市だ。
城壁に囲まれた市街には川と温泉が点在し、住居で溢れている。
この街の市民は、きたるビッグイベントに向けて精を出していた。
「いよいよ今日は"宝剣祭"だな!」
「宝剣様に選ばれるヤツは、はたしているのかねぇ!」
祭の準備で街は大賑わいとなっており、あちらこちらでそんな会話が聞こえてくる。
そんな慌ただしい雰囲気の街を、上空から監視する者がいた。
――――ジー、ジジ......――――
上空数千メートル以上という高高度に、真っ白で流線的なフォルムをした物体が飛行していた。
あまりに高い場所を飛んでいるそれは、『RQ−4グローバルホーク』という高性能無人偵察機。
搭載された高解像度カメラを用いて、誰にも気づかれないよう街を探っていた。
『グローバルホーク旋回中、王国軍駐屯地の画像を送信します』
『コピー、1個連隊規模の騎士団を確認、カメラ、市街地上空に戻します』
基地内オペレーターたちが、無表情で作業をこなしていく。
次々に流れ込む情報を見た基地司令、ベルナール准将はすぐさま声を出す。
「ハルバード少佐たちは確認できるか?」
「お待ちを」
旋回したグローバルホークが、城壁沿いにカメラを向ける。
「特殊作戦軍のハンヴィーは、現在南門にて停車中」
「オペレーター、拡大しろ」
司令のオーダーをつつがなくこなすと、モニターに顔がわかるレベルで拡大された映像が映る。
常に冷たく、しかし情熱的な仕事人として振る舞うイグニスの姿をカメラで見た司令は、胃に痛みを覚えた。
「頼むから派手なことはしないでくれよ......」
◆
数週間の月日が経ち......快晴の下、俺は立派な城壁を前にハンヴィーを降りた。
「驚いたわ......こんなに早く【アルストロメリア】へ着くなんて。馬車や魔導ビークルよりもずっと凄い......」
一緒に下車したフィオーレが、感嘆の言葉を漏らす。
彼女の常識において、近代車両なんて存在しないだろうから当たり前か。
「歩んできた文明が違うからな、それよりフィオーレ。時間は大丈夫か?」
「コロシアムの受付は10時まで、今は7時前だから十分間に合うわ」
「ならいい」
周囲の人混みに混じって進んでいくと、声が掛けられる。
「君たち、通行証は?」
長槍を持った、中世っぽい風貌の騎士。
彼らがこの南門の門番なのだろう。
「あぁ、彼女が持っているよ」
俺が目線を向けると、いかにもな手帳をフィオーレが見せつけた。
「よし、入っていいぞ。今日はお祭りだ、楽しんでいってくれ」
「えぇ、祝福の降る一日たらんことを」
街に入ると、まず大通りとそれを挟むようにして住宅街が視界に飛び込んできた。
さすがに観光地、あちこち人だらけだ。
手はずでは、ここで俺たちとフィオーレは別行動をとる。
だがその前に聞きたいことがあった。
「そもそもフィオーレ、優勝賞品というのはなんなんだい? 『トロフィー』は君が持ってるんだから焦ることはないと思うが......」
世界を滅ぼす存在がトロフィーにあるというなら、躍起になる必要などない。
むしろ守りに徹するのが普通だ。
「そういえばまだ言ってなかったわね、トロフィーが"扉"だとすれば、優勝賞品は"鍵"。外見としては真っ赤な血のような液体とされているわ」
「血か〜......、俺は見慣れてるのであれですが、そんなんが大会の優勝賞品ってセンスを疑いますね」
ガンケースを背負ったスカッドが、会話に混じる。
「まぁ得体が知れないのもわかるわ。一口に言えば『潜在能力解放』の手助けをしてくれる希少な薬......というのが世間の認識よ」
「あぁ、なら納得です。努力を嫌う人間がこうして大勢集まるのも理解ができる」
「言い方......」
相変わらず気だるそうながら、辛口意見。
髪の毛に隠れた彼の眼は、とても暗かった。
「普段の努力を貫徹する根性すらない連中があるかも不明確な"潜在能力"にすがって、鯉のように群がる姿は滑稽そのもの。ブルジョワジーの暇つぶしになってることにすら気づかないからいつまで経っても底辺彷徨って、そういえば前の世界でもSNSで大金持ちが現金ばら撒いてフォロワー作ってましたよね、あはは、現代だろうがファンタジーだろうが人間はまったく変わらな――――――」
「OKスカッド!!! そのへんでストップ! ここでエンジンかけなくていいから!!」
だめ、それ以上はダメだ!
一線を超えそうなスカッドを止め、俺たちはT字路に差し掛かる。
「じゃ、じゃあわたしはコロシアムの受付行ってくる、そっちは任せたわ」
「ほんま気をつけてやフィオ〜! なんかあったらすぐに連絡してな!」
彼女にはウチの高性能小型無線機を持たせている。
原理の理解はともかく、使い方なら一通り教えた......。
件の"トロフィー"はキャリアケースに入れて、この街のマギラーナ支部に預けるらしい。
さて――――――
「エミリア」
「はっ!」
「連中は必ず動く、"爆破解体"の準備に移れ」
「りょうかい!」
かなり大きなバッグを抱えたエミリアが、白い軍服の上から迷彩ポンチョをかぶって走り去る。
「スカッド、もし自分が"革命"を宣言するなら.....どこがいいと思う?」
「革命ですか......そうですね、やっぱり存在感をアピールすることが第一。一番目立ち、かつ象徴的な場所が好ましいですね」
「なるほど、なら――――――」
俺は街の中心部にそびえるコロシアム......ではなく、その奥にあるであろう市役所の方角を見た。
「あそこが適切だろう、ここはひとつ......テロリストの気分にでもなってみよう」