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非道の王と災厄の魔女  作者: 春川 こばと
プロローグ
6/23

6

「目に見えて付け焼き刃だが、多少マシになったな」


ティーカップを口に運ぶ私を見て、シリウス・レイノルズが意外そうに告げる。場所は食堂ではなく、シリウス・レイノルズの執務室。私は食堂で…勿論フィズ・シャノンの指導の下で夕食を食べたが、宰相が私に付きっきりになったことでシリウス・レイノルズは政務に追われているらしく、この部屋で軽食を摂っただけだとさっき聞いた。

なので契約事項にある1日何をしていたかの報告のために、私がわざわざ執務室へ出向いてやっている。


「宰相に1日中小言を言われ続けたら、多少はマシにもなる」

「はい、やり直しです。カップを置くときは、」

「音を立てないだろ…!知ってる!」


瞬時に飛んできたフィズ・シャノンのお小言に、今日何度目だと全力で食って掛かる。そうすればフィズ・シャノンは、今日何度目になるか分からない深い溜め息を零した。


「でしたら実行してください。それと明日からは美しい言葉使いも学びましょう」

「お前、それはあそこで仕事してる自分の主人を正してから言えよ」


私が言えた義理じゃないが、シリウス・レイノルズは決して“美しい言葉使い”なんてしてないだろ。


「貴女が知らないだけで、陛下はそれ相応の場ではきちんとなさってますよ。一人称も『私』に変えてます」

「シリウス・レイノルズが『私』…!?」


疑いの視線を向ければ、シリウス・レイノルズは何を言うでもなく余裕げにふっと笑う。…くそぅ、やっぱり私はこの男が嫌いだ。分かっていたけど、昨日の魔法を見て態度が改まった様子も無いし。


「…人間というのは本当に図太いな」

「貴様ら魔女には言われたくない」


軽く言い放ちながらも、シリウス・レイノルズは手元にある書類に目を通している。観察するようにじっと見つめていれば、視線を上げた緋色の双眸と目が合った。


「なんだ」

「『非道の王』でも仕事は真面目にするんだなと思っただけだ」

「当然だろう。政務もせずに自国を滅ぼすなんて、馬鹿のすることだ」


言いながら、シリウス・レイノルズは書類を置く。そのタイミングでテーブルの端に紅茶を用意したフィズ・シャノンには一瞥もくれず、私と視線を合わせたまま再び口を開いた。


「貴様が城仕えになれば、政務も格段に楽になるんだがな」

「断る」

「俺が貴様に何を与えればその気になる」


たとえ何を与えられようが、私が城仕えになることは絶対にない。仮にシリウス・レイノルズが『非道の王』などではなく、無条件に手を貸したくなるような善人であっても。

ただまぁ、この男がどれだけ本気なのか測ってみるのも一興か。


「そうだな…。床に膝をついて私に媚び諂い、懇願するなら考えてやらんこともない」


どうせできるはずもないだろ。そう高を括って、 紅茶を飲もうとティーカップに指をかけた矢先。


「なんだ、そんなことでいいのか?」


平然と告げて、席を立つシリウス・レイノルズ。そのまま床に膝をつきかねない流れに、私は慌てて声を上げた。


「待てやめろ!そんなことされても城仕えにはならん!」


ガタッと音を立てて立ち上がった私を見てフィズ・シャノンは顔を顰めるけれど、今はマナーなんてどうでもいい。その気も無いのに跪かせるほうが気が引ける。


「貴様が言い出したわりに、随分な慌てようだな」

「お前のことだから絶対実行しないと思ってたんだよ!」

「何故だ?それで『災厄の魔女』を城仕えにできるなら安いものだろう。気に食わん子供ではあるが、貴様の魔法は本物だからな」


こんな傲慢不遜な男が、跪き媚び諂い、懇願することを簡単に“安いもの”だと口にする。本気で私を城仕えにしたいのだということは嫌でも解った。世の魔女も魔法使いも、誰も私には逆らえない、それは事実だ。事実だけど、でも本当は…。


「…別に他の魔女でも魔法使いでも、使える魔法は本物だ。私を口説くより、他を探したほうが早いぞ」

「貴様でなくては意味が無い。だからこうして時間を割いている」


予想外なほど真剣な声音に、何故か一瞬息が詰まる。他の魔女や魔法使いではなく、私……『災厄の魔女』でなくては意味が無い理由。


「どうして私なんだ」


『災厄の魔女』を欲する強欲な権力者は、きっとシリウス・レイノルズの他にもいる。しかし噂の真偽が不明な以上、実際に私に寄ってくる者なんていなかった。それが人間にとってはあまりに危険な行為だと認識されているからだ。なのに実際詠唱無しの粉砕魔法を目の当たりにしたシリウス・レイノルズが、人間の中では誰より私の危険性を知ってるはずの男が、『災厄の魔女』に固執する理由はなんだ。


「貴様は自身のことを何も話さないのに、俺からは核心を聞き出そうとは勝手が過ぎると思わないか?」


それなら、どれだけ時間を積み重ねようが永遠に変化なんて訪れないだろう。そう思ったけど、言葉にはしなかった。だって私は、何を聞かされようが秋には必ず森へ帰る。帰ったらもう二度と、アゼリアの地に足を踏み入れない。


「…そうだな、無駄な質問だった」

「貴様が俺の質問にひとつ答えるなら、俺も貴様の質問にひとつ答えるぞ」

「結構だ。私はお前という人間に興味が無い」


気になることがひとつも無い、と言えば嘘だが。結論を変えるつもりが無いのなら、どれだけお互いの核心を曝け出そうが無意味だ。


「それは残念だ。俺は貴様に聞きたいことがいろいろとあるんだがな」


さして残念でもなさそうに、シリウス・レイノルズは椅子に座り政務を再開する。だから私もそれ以上は何も言わず、座り直して改めてティーカップを手に取った。


***


面倒事が飛び込んできたのは、私がアゼリアに来てから4日…、春の祭典当日の朝だった。

外では空は晴れ渡り、城下では城にまで届くほどの賑わいと音楽が流れ、風に乗って運ばれてくる白色や薄桃色の花弁がそこら中で舞っている。フィズ・シャノンにマナーを叩き込まれること早2日、今日は春の祭典ということでマナー講習も休み。姿勢や歩行の矯正で全身筋肉痛ではあるけれど、祭も初めて見るしせっかくだから城下へ行こうと思っていた。でも昼過ぎくらいからでいいなと惰眠を貪っていた矢先、私はけたたましく響くノックの音で強制的に目を覚ました。


「………」


誰だ、朝っぱらから私の部屋のドアを激しく叩いてくるのは。まぁこの城の中じゃ、そんなことをしてくるのはシリウス・レイノルズかフィズ・シャノンの二択しかないが…。ノックするくらいだからきっとフィズ・シャノンだな。シリウス・レイノルズと一緒なら話は別だが、フィズ・シャノン1人なら勝手に入ってくることもない…。


「失礼、入りますよ!」

「…は!?」


お前もか…!お前も勝手に部屋に入ってくるのか!?マナー講習時に嫌味なくらい私をレディーと言ってくるのに、レディーの部屋に無遠慮に入ってくるのはマナー上いいのか!?


「朝っぱらからなんなんだ…。今日はマナーは休みだって、宰相が言ってたんだろ」

「今はマナーなんてどうでもいいんです!」


必死の形相でずかずかと入室してきたフィズ・シャノンは、勢いよく私から布団を剥ぎ取る。あまりのことに呆気にとられ、私は怒ることもできずに戸惑いながら口を開いた。


「ちょ、どうした?何よりもマナー重視の宰相だろ」

「重視していられないほどの緊急事態なんです…!」


シリウス・レイノルズが相手なら、どうせまた嘘だろうで片付けるところだ。しかしこの2日で、フィズ・シャノンのマナーへの熱の入れようは常軌を逸していると言っても過言ではないということを思い知らされている。そんなフィズ・シャノンがマナーを差し置くほどの緊急事態なんて…。


「何があった?」


外は普通に祭で盛り上がっているようだが…、もしかしてまた事故でもあったのか?


「北の3カ国からの使者です」

「使者…?」


まぁアゼリアは西の大国だし、他国の使者くらい来訪してくることもあるだろう。


「それがどうした?」

「使者は3名」

「1国につき1人か。政はよく知らないが、存外身軽に他国へ入れるものなんだな」

「いいえ、異例のことです。訪れたのは魔法使いが2人、魔女が1人」

「え…」

「3名とも、貴女に会わせるようにと陛下に申し出ています」


アゼリアには今まで、魔女も魔法使いも来たことはないはずだ。それは数日前の、私の魔法を見た城下の人間達の反応からも察することができる。なのに突然訪問してきた、他国に仕える魔女と魔法使い。確かにこの国の人間からしてみれば、異例の緊急事態だろう。

しかしどうしても、解せないことがひとつある。


「何故私がアゼリアにいると…?」


シリウス・レイノルズは腹立たしい男だが、契約している以上私のことを他国に話したりはしていないはずだ。私自身も、自分の正体を明かしたりはしていない。それなのにどうして…。


「この国で貴女の正体を知っているのは城の者だけですが、花の時計台の一件である噂が他国まで一気に広まったようです」

「どんな噂だ」

「『杖を持たない少女が魔法を使い、アゼリアの民を救った』と。何故か貴女が城に逗留していることも知られています」

「あ…」


アレかー!!!言った、確かに言った!“感謝の気持ち”があまりにも大量になったから心配されて、ついポロッと城の部屋に直接帰るって自分で言った…!!逗留してるのも自分で言った…!!

人間には解らなくても、杖を持たない少女という時点で各国にいる魔女や魔法使いにはバレバレだ。せめて偽名でも名乗っておけばよかった。……いや、それでも杖を持たない少女の時点で気付かれるな。


「阿呆か、私は…」


ベッドの上で項垂れていれば、察したらしいフィズ・シャノン「貴女が発端ですか」と疲れたように呟く。ああもう、こういうことも起こり得るから私がアゼリアにいることを誰にも知られたくなかったのに。

北の3国ということは、アイツらか…。まぁ南や東の連中が来るよりはマシだな。


「……仕方ない、会うか」

「えっ、よろしいんですか!?」

「いいも何も、宰相は私を呼びに来たんだろ」

「それはそうですが…。3名とも、なんと申しますか…」


…ふむ、一応心配らしいことはしてくれるんだな。私の見た目が子供なわけだし、ある意味当然か。


「ああ、3人とも可愛げが無いだろ?なにせ魔女と魔法使いだからな」

「………」

「身支度したら行く」

「…かしこまりました。では部屋の外でお待ちしております」


一度頭を下げて、フィズ・シャノンは部屋から出ていく。フィズ・シャノンがここにいるということは、もしかして今はシリウス・レイノルズだけで3人の相手をしてるのか?それはそれで面白い状況になっていそうだな。


「でもまぁ仕方ないから、早めに行ってやるか」


寝巻きを脱ぎ捨てて、いつもの服に袖を通す。そしてパウダールームで歯磨きや洗顔を済ませ、手早く髪を梳いてから自室の扉をガチャッと開いた。


「早すぎませんか…!?」


扉脇で控えていたフィズ・シャノンが、信じられないようなものを見る目を私に向ける。…なんだその反応は。緊急事態だというから急いでやったのに。


「もっとゆっくりしていいなら、喜んで二度寝するぞ」

「いいえ、準備が整ったのであればすぐにご同行ください」

「ん。どっちだ?」

「こちらです」


促され、フィズ・シャノンの後に続くようにして廊下を進む。窓の外をちらつく花弁を横目に、ふあっと大きく欠伸を零した。…くそぅ、本当ならもっとゆっくり寝ていられたのに。


「3人はいったい何しに来たんだ?」

「それは貴女が直接尋ねてください。我々に対しては『人間に用は無い』の一点張りですので」

「なんとも“らしい”な」


北の国を選んだ連中は、軒並み気位が高いからな。間違っても人間に対して下手に出るはずがないし、きっとシリウス・レイノルズとは相性最悪だろう。

そんなことを考えながら歩いていれば、両開きの扉の前へと辿り着く。なんというか、妙に豪華な扉だな。


「ここから入ればいいのか?」

「ええ。こちらは謁見の間で、陛下もいらっしゃいます」

「ふぅん」


適当に頷きながら扉を開ければ、目に入ってくるのは中央に置かれた玉座と、そこへ座るシリウス・レイノルズの姿。しかし正面ではなく横から見る形になっているので、この扉が本来は玉座へ向かう王やその側近しか使えないものだと察しがついた。…なるほど、だから無駄に豪華な扉なのか。


「なぁ宰相」

「はい?」

「今気付いたが、この部屋私が最初に縛られて転がされてた部屋じゃないか?」


玉座の前の段差といい、壁のタペストリーといい、窓の細工といい、ものすごく見覚えがある。転がされながら、霞む視界で見たものばかりだ。


「そうですが、今はそれについてお怒りになったりはしないでくださいね…!?これ以上場を混乱させないようにお願いします!」


小声で耳打ちしてくる宰相に、私もはいはいと小声で返す。さすがの宰相も、ろくにコミュニケーションを取ろうとしない北の連中にはお手上げらしい。この位置から訪問者の姿は見えないし、シリウス・レイノルズの近くまで行くしかないな。

溜め息混じりで足を出し、玉座の傍まで歩み寄る。歩きながらなんの気無しに段下を見れば、今まで出会ったことのない数の兵が壁際に控えているのが映った。来訪者が魔法使いと魔女の3人ともなると、『非道の王』もそれなりに警戒しているということだろうか。それにしても玉座に座る本人は、普段と変わらず偉そうに足を組んで座っているが。


「来てやったぞ」


小声で話しかければ、シリウス・レイノルズはこちらを見ることもなく「遅い」と低く告げる。せめて感謝しろと胸の内で毒づきながら緋色の視線の先を追えば、兵に囲まれながら怯むわけでもかしこまるわけでもなく、むしろ人間など数にも入っていないという態度で堂々と立っている例の3人がいた。どれだけ数が揃おうと、剣を携えていようと、奴等にとって所詮人間は人間…か。

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